2021年8月5日、防衛省は「航空自衛隊のF15戦闘機の能力向上に伴い、搭載予定だった米国ロッキードマーチン社製対艦スタンド・オフ・ミサイルJASSM(ジャズム:Joint Air to Surface Stand-Off Missile、射程900km)の搭載は継続するが、LRASM(ロラズム:Long Range Anti Ship Missile、射程900km)の導入の見送りを決定した」と発表した。
防衛省の令和3年度行政事業レビューシートによれば、政府は2018年の「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」において、南西諸島防衛の強化を念頭に、F15約70機について、(1)脅威環境下で残存性を高める電子戦装置の強化、(2)多数目標を同時攻撃できるレーダーの更新、(3)搭載弾薬数の増加、(4)相手の脅威圏外から対処できるスタンド・オフ・ミサイル運用体制の確立による能力向上事業を決定した。8月5日のNHKの報道によると、F15の改修は、初期費用約800億円であったが、その後約3,240億円に上昇し、さらに部品枯渇や改修後の飛行試験に変更があり、2020年12月には約5,520億円まで膨らみ、事業計画の実行が困難な状況となった。
新聞報道によると岸防衛大臣は、2021年3月16日、東京都内でオースティン米国防長官と会談し、改修費用の削減を要請した。その結果、約600億円削減され、約3,980億円まで抑えられたが、日本政府は、これでも受入困難と判断し、事業見送りとなった。このため、防衛省は2020年度予算に計上した改修の初期費用約390億円は執行せず、2021年度予算の213億円の計上も見送ることになった。この夏の2022年度予算の概算要求については、金額を明示しない「事項要求」で改修計画を盛り込むとのことだ。
南西諸島防衛については、2022年3月までに、ノルウェー・コングスベルグ社製の対地・対艦ミサイルJSM(Joint Strike Missile、射程500km)を採用する予定だ。これによって、F35の胴体内部に搭載し、レーダーに探知されにくいF35のステルス性を活かした対地・対艦攻撃が可能になる。また、LRASM見送りで注目されるのが、国産スタンド・オフ・ミサイルである陸上自衛隊の12式地対艦誘導ミサイルの長射程化だ。概ね、4年から5年程度かけて艦艇発射型、7年程度をかけて航空機発射型の開発も見通しが立ちつつある。12式地対艦誘導ミサイルはF2戦闘機やF2の後継となる次期戦闘機に搭載される計画であったが、F15へ搭載する可能性が高まったことになる。
安全保障上、他国に武器体系を依存せず、自国での武器体系開発は意義があると言えよう。防衛装備移転3原則を遵守し、軍事秘密の守秘義務を前提として友好国に提供することができれば、大量生産による価格低減効果を見込める可能性もあり、被供給国と友好信頼関係をつくることで日本の安全保障環境の強化にも役立つかもしれない。
敵基地攻撃にも使用できるスタンド・オフ・ミサイルの保有や研究開発は、島嶼防衛に極めて有益で、必要不可欠な兵器体系である。2020年8月、陸上イージス導入断念を受けた自民党検討チームは、当時の安倍首相に、今後のミサイル防衛の在り方として「相手領域内でもミサイル発射を阻止する能力を憲法や国際法の範囲内で保有する」必要性についての提言を提出している。これまで、「敵基地攻撃能力」と言っていたものを「ミサイル阻止力」と言い換えたのだ。2021年3月、岸田文雄前政調会長も「敵のミサイル発射能力そのものを直接打撃し、減衰させることができる能力の保有が必要だ」と主張した。
今後は、スタンド・オフ・ミサイルの保有、運用による敵基地攻撃能力と憲法9条に基づく専守防衛の理念の整合性について、国民的な議論を深めていく必要があるだろう。
サンタフェ総研上席研究員 將司 覚
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年から現職。
写真:Keizo Mori/アフロ