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2021.08.16 安全保障

危うい状況にある日本の海運-中東におけるタンカー襲撃事件が示すもの(2)

末次 富美雄

本稿は「危うい状況にある日本の海運-中東におけるタンカー襲撃事件が示すもの(1)」の続編となる。

軍事技術的観点から見た影響を考えてみよう。UAV(無人飛行機)が航行中の船舶を攻撃し、これに成功したのは今回が初めての事例である。2018年1月にはシリアのフメイミム空軍基地に、2019年9月にはサウジアラビアの石油施設に、無人機等による攻撃が行われている。特にサウジアラビア石油施設攻撃は、長距離巡航ミサイルとUAVを組み合わせた高度な攻撃であり、サウジアラビアの防空システムが全く役に立たなかったことが注目された。

これら、地上目標への攻撃については、GPS信号を利用し、プログラム飛行及び精密な自爆攻撃が可能である。しかしながら、移動目標に自爆攻撃を仕掛けるには、UAVに何らかの誘導装置が必要である。イスラエルが開発したUAVの「ハーピー」は、マイクロ波を感知可能なセンサーを搭載し、特定の周波数を探知した場合、その方向に飛行し、自爆攻撃を行う。米国が開発したMQ-1プレデターは、あらかじめプログラミングされた経路を飛行、無線または衛星データリンクを使用し、所要のデータを管制装置に伝送するとともに、管制官の操作でミサイル等を発射する。

今回使用されたUAVがどのような誘導方式を使用しているか不明であるが、タンカーの船橋に着弾していることから、ハーピーのように、船の航海用レーダーにホーミングする形式であった可能性がある。米中央軍(CENTCOM)は、今後同海域に展開する艦艇にUAVによる攻撃が生起する可能性があると指摘している。各国戦闘艦艇は、装備による優劣はあるものの、防空システムを装備し、一定程度の防空能力を保有している。

米国イージスシステムはその中でも、特に高い能力を持つ。しかしながら、イージスシステムといえども、小型で、低空を飛行するUAVを探知するのは容易ではない。多数のUAVによる同時攻撃を受けた場合、いくつかのUAVがイージスシステムの眼であるレーダーに突入し、任務の遂行が不可能な、いわゆる「ミッションキル」状態に陥りかねない。憂慮すべき事態と言えよう。

防衛省は、同海域に情報収集任務として艦艇及び航空機を派遣しているが、今回の事件については沈黙を守っている。活動の地理的範囲がオマーン湾からアデン湾まで広大であることから、当日近傍に海上自衛隊の艦艇及び航空機が存在しなかったと推定される。自衛隊の活動は、特定の枠組みに参加しないわが国独自の活動であるが、バーレーンの米中央軍司令部に派遣している連絡官を経由して情報交換を行っており、UAVに関する情報は入手していると考えられる。

しかしながら、情報収集のために派遣されている艦艇は、防衛省設置法第4条所掌事務に定められる「所掌事務の遂行に必要な調査研究を行うこと」に基づき派遣されている。このため、極めて限定的な武器使用権限しか認められていない。例えば、自らの周辺を飛行するUAVが一定の距離以内に近づいたならば、自衛隊法第95条の「武器等防護」の規定に基づき武器の使用が可能という程度である。商船や外国の艦艇周辺においてUAVが飛行していることを認めても、これが自爆攻撃を行うかどうか判断することは困難であるとともに、武器を使用し、これを阻止する法的根拠がない。海上自衛隊の艦艇が近傍に存在したにもかかわらず、商船へのUAV攻撃を看過した場合、「張り子の虎」のそしりを受けるであろう。まさに自衛隊が武装集団として存在する意義が問われる事態となる。

今回のUAVによるタンカー攻撃事件に関し、8月7日に行われた国連安全保障理事会非公開会合で英国が問題を提起したと見られるが、安保理は具体的措置については一切言及していない。8月3日にイラン大統領に就任したライシ師は、8月9日、マクロン仏大統領と電話会談を行い、核合意について、妥協しない意志を表明したと伝えられている。国際社会は、イラン核合意の復活を優先し、イランへの強硬措置は取らない可能性が高い。

一方、日本の海運及び自衛隊の武器使用に関しては、大きな課題を投げかけている。2018年度の統計による日本原油輸入量の中東依存度は88.0%である。UAVは安価な兵器であり、運用できるのはイランという国家だけではなく、「フーシ派」のようなイスラム過激派も考えられる。防御力をほとんど持たない民間商船等は格好の目標である。ホルムズ海峡を通過する日本向けタンカー等がUAV攻撃を受ける可能性は低くない。

日本の生存と繁栄を維持するために、所要隻数の船舶を確保することに加えて、危険を冒して同海峡を通峡する民間船舶の安全確保のため、海上自衛隊艦艇の派遣なども検討しなければならない。その場合、UAVという非対称兵器に対応するための装備と、その装備を使用できる法的整理が必要である。海上交通路の安全確保という観点から、現行の安全保障法制で対応できることは限られており、早急に国民的議論を深めていかなければならない。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:ロイター/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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