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2021.05.28 安全保障

米中対立のはざま-フィリピンの立ち位置-(2)

末次富美雄

本稿は、「米中対立のはざま-フィリピンの立ち位置-(1)」の続編である。

昨年9月国連総会の一般討論演説においてドゥテルテ大統領は、南シナ海に関する国際仲裁裁判所の判決に初めて言及し「判決を葬り去る試みは断固として受け入れない」と中国の南シナ海における活動を強くけん制した。さらに今年4月19日の記者会見において、「中国とは友好関係を維持する」としつつも、南シナ海における石油や鉱物資源の「領有権を主張するため」、軍艦を派遣する用意があるとの強硬姿勢を示した。ロクシン外相もツイッターで「友人よ、出ていけ」と投稿している。しかしながら、5月になるとドゥテルテ大統領の態度が一変した。5月3日には中国製のワクチンを接種し、中国の援助に感謝を示し、5月5日の記者会見においては、国際司法裁判所の裁定に関し「我々は勝ったが、何も変わらない。こんなものはただの紙切れだ。」と述べるとともに、17日にはドゥテルテ政権の閣僚に対し「南シナ海問題に対し発言を控えるように」命じている。ドゥテルテ大統領の外交姿勢の揺れは、フィリピンが米中のはざまで対応に苦慮する姿を如実に示している。

ドゥテルテ大統領の外交政策の大きな揺れは、アメリカから不信感と危惧が示されている。5月24日付のThe National Interest誌にジョンホプキンス大学のマシュー・ヒューズ氏の「Is the U.S.-Philippines Alliance Obsolete」という記事が掲載されている。筆者は、フィリピンの国防費がGDP比0.959%であり、米国が同盟関係を結んでいる国の中で最低水準であり、国土防衛に対する意欲が低いことを批判している。さらに、アメリカが2017年にフィリピン国防省に対し6,130万ドルとタイの340万ドルに比較すると多額のコストを負担していることも明らかにした。また、アメリカは南シナ海の領有権に対しいかなるコミットメントも行わないが、フィリピン軍が攻撃されたならばこれを守るのが条約上の公約であるとし、フィリピン国軍が国内治安維持を優先し、陸軍予算が海軍予算の3倍であることから海軍の能力が不十分となり、これが南シナ海における紛争生起時に米軍のリスクを高めると主張している。そして、筆者は米比同盟を米国にとって「high-cost/low return」な同盟と評価している。この考え方がアメリカでどの程度広がっているか定かではないが、今後拡大していった場合、第一列島線上にあるフィリピンが、対中国上最も弱いリンクとなるであろう。

日本の外務省は2017年にASEAN10か国において各種世論調査を行っている。その中で、フィリピンは日本をアメリカよりも重要なパートナー国としている。最も信頼できる国もアメリカを押さえて日本が1位となっている。第2次世界大戦中占領下に置いたという負の歴史よりも、戦後の各種交流を積み上げていった効果が出ていると言える。防衛省もフィリピンを重要なパートナー国としている。2016年には海上自衛隊5機の中古練習機TC-90及び関係する器材を提供した。さらに、2020年8月には、警戒管制レーダ4基の移転を行うことが明らかにされている。実際に設置されるのは数年後と見られるが、これは2014年4月に防衛装備移転三原則が策定された以降初めての完成装備品の移転である。日本がフィリピンにおいて存在感を高めることができれば、米中関係のはざまでフィリピンとアメリカの関係が緊張するような場合、何らかの形で仲介することが期待される。

日米豪印によるQUADは4月に行われた日米首脳会談においてその重要性が強調されており、アメリカの期待は大きい。しかしながら、東南アジア諸国においては、QUADを強化することに対し懐疑的な見方が多い。今年2月シンガポールの元外務次官キショール氏は4か国がQUADを重視する理由に理解を示しつつも、「現在大規模な取引は軍事ではなく経済だ」とし、QUADでは歴史の流れを変えられないであろうという見方を示した。また、マレーシアのマハティール首相は5月にオンラインで行われた国際セミナーにおいてQUADを、「古い包囲戦略で中国を刺激すべきではない」と否定的な見解を伝えている。フィリピンのみならず、ほとんどの東南アジア諸国が、中国と経済的結びつきを保ちつつも、安全保障上米国のプレゼンスを期待するというアンビバレントな姿勢を取らざるを得ないという点に留意が必要であろう。

ドゥテルテ大統領の任期は2022年までである。今年5月、フィリピンの民間調査会社が次期大統領候補に関する世論調査を実施した。その結果、トップはドゥテルテ大統領の娘である、現ダバオ市長サラ・ドゥテルテ女史であり、次いでマルコス元大統領の息子、ボンボン・マルコス元上院議員となっている。両者とも中国に対する姿勢は明らかにしていないが、親米的な世論を考慮すると現在の反米傾向は多少なりとも緩む可能性がある。日本の安全保障を考えた場合、軍の海洋監視に係る能力向上に対する支援だけではなく、フィリピンが必要とするインフラ整備に対する資金需要を満たす等の各種施策を講じることにより、中国に傾きつつあるフィリピンを日米サイドに引き入れる努力が必要であろう。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄

防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

提供:Philippine Coast Guard/National Task Force-West Philippine Sea/AP/アフロ