2021年1月10日、イランの国営メディアは「イラン革命防衛隊サラミ司令官がペルシャ湾沿岸部にある海軍戦略ミサイル施設のミサイル発射装置などを公開した」と報じた。また、1月6日、ウォールストリートジャーナルは「イランが中部フォルドゥの地下核施設で核兵器級に近づく濃縮度20%のウラン製造に着手し、欧米などから2015年の核合意の重大な違反であると批判が起きている」と報じた。
新型コロナウイルス感染拡大に苦しむイランではトランプ政権による経済制裁を受けて経済が低迷している。一方、2020年1月の革命防衛隊ソレイマニ司令官暗殺、11月の核科学者モフセン・ファクリザデ氏の殺害への「報復」を主張する強硬な世論が盛り上がっている。また、イランの国会では、多数を占める反米の保守強硬派が核開発強化を政府に求める法律を成立させた。
2015年の「イラン核合意」の目的は、「イランに核兵器を持たせないこと」であった。そのためイランに対し、高濃縮ウランと兵器級プルトニウムを15年間生産させない、プルトニウム濃縮に必要な遠心分離機を削減させ、イランの核施設を国際原子力機関(IAEA)の査察下に置くという制限を課すものだった。仮にイランが核開発を再開しても、核弾頭1発分の原料生産に1年以上を要するレベルに抑え込んでおくというものだ。ところが、2018年5月にトランプ政権は核開発に加え弾道ミサイル開発の制限を含めた新たな枠組みを提唱したが賛同を得られなかったことから、「核合意」を脱退し、米国独自の経済制裁を課している。
バイデン次期政権は、米国のイラン核合意への復帰を表明している。しかし、2015年合意成立時と比較し、2021年では戦略的環境が大きく異なり、バイデン次期政権の前途には数多くの難関が待ち構えている。中東情勢は、不透明、不確実で混迷の度合いが増してきている。戦略環境の変化として、まず第1に、トランプ大統領による「イラン核合意」からの一方的な離脱、イランへの新たな経済制裁の開始、イランの英雄ソレイマニ司令官暗殺などの政策である。トランプ政権の政策により、米国への信頼は失われ、イランの国民や議会などに米国への憎悪が強まっている。
第2の変化は、イランと中露の関係の深化である。ロシアは、イランと協力してシリアを支援しており、軍事面でも、ロシアはS-300防空システムをイランに提供している。さらに、中国は、イランを「一帯一路」における重要な拠点と位置付けている。2020年7月にニューヨークタイムズは、「中国とイランが大規模な経済安全保障協定を締結する計画を検討している」と報じた。25年間で総額約4千億ドル相当の投資(空港、鉄道、第5世代移動通信システムなどのインフラ整備など)が行われ、これと引換にイラン産原油を安価で購入し、人民解放軍の駐留や共同訓練の実施など軍の交流の活発化などが盛り込まれているという。イランは、ロシアや中国からの軍事技術などにより、ドローンや精密誘導ミサイルの技術も格段に向上している。
第3の変化は、2021年1月、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、エジプトがカタールと国交を回復し、アラブ諸国のイラン包囲網が出来上がったことである。これに先立ち2020年には、UAE、バーレーン、スーダン、モロッコがイスラエルと国交を回復している。アラブ諸国は、これまでパレスチナ問題のためイスラエルとは対立することが多かったアラブ諸国が、イスラエルよりもイランを敵視するようになっている。このため、イランに対し極端に宥和的な態度をとるのは、湾岸地域のパワーバランスを崩してしまう危険性を孕むだろう。
バイデン次期政権の中東政策は、ブリンケン国務長官はじめ、シャーマン国務副長官、サリバン国家安全保障担当補佐官などオバマ前政権の中東政策の専門家で構成される見込みだ。イランは、すでにウラン濃縮作業を再開し、貯蔵量も合意枠を遥かに超える量を保有しているという。イランではバイデン政権誕生により経済制裁の解除というチャンスを逃すべきではないという機運も高まっていると言われる。しかし、旧来の核合意がそのまま復活することは考えにくい情勢だ。バイデン次期政権は、戦略環境の変化を見据え、「イラン核合意」復帰を実行するためには、まずは、イスラエルやサウジアラビアという同盟国と連携を図りながら、イランとの信頼関係の再構築から始め、解決策を見出していくことになるのだろう。
サンタフェ総研上席研究員 將司 覚
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年から現職。
写真:ロイター/アフロ