北朝鮮では2019年に行われなかった軍事パレードが、2年ぶりの2020年10月10日午前0時~2時頃(推定)に行われたようである。ちょうど北朝鮮の労働党の創建75周年に当たる日である。金正恩北朝鮮労働党委員長の健康不安説が漂う中、平城の金日成広場で、党委員長の出席下、大々的な式典・軍事パレードが行われた。
この軍事パレードには、新型大陸間弾道弾(ICBM)及び新型潜水艦発射型弾道弾(SLBM)が登場した。報道された朝鮮中央テレビの映像によれば、このICBMは、これまでの最大級と思われる2017年に発射された「火星15」の大きさよりも一回り大きいタイプ(全長、直径)のミサイルであり、移動型の車両(「火星15」搭載車両は片側9輪の車両であったが、今回のは片側11輪の車両)に搭載されていた。また、SLBMは「北極星4-A」と記載されており、昨年の10月に発射された「北極星3型」とは異なるミサイルの様であった。
もともと北朝鮮は、これまでに、各種弾道弾の発射試験や訓練を重ね、米本土まで届く長射程化のみならず、弾頭の極超音速化、多弾頭化、不規則飛行(滑空)化、低高度飛翔化、精密誘導化等を追求してきていた。そして、昨年末には、金正恩委員長自らが「そのうち、全世界は我々の新兵器を見ることになる」との声明を出していた。
そして多分、本物と思われる金正恩北朝鮮労働党委員長は、今回の軍事パレードで「今後も正当防衛手段としての戦争抑止力を強化」するとの方針を述べるとともに、「これらの兵器は誰かに向けられたものではなく自衛のための兵器」であることを強調した。一方では演説の中で、「但し、いかなる勢力であれ、我々を狙う勢力には、我々の強力で攻撃的な力を先制的に行使する」と警告に近い言葉も述べた。これは、米国や中国を意識しつつ、新型弾道弾を戦争抑止の為の兵器で自国の防御の為のものであることを強調し、新型弾道弾の保有理由を正当化するとともに、特に米国に対する交渉再開を求めたのではないかと考えられる。
私は、朝鮮中央テレビの報道で驚くことがあった。その一つは、金正恩北朝鮮労働党委員長が、軍事パレードに先立つ演説で、先ず「愛する南の同胞にも温かい気持ちを伝え~」とコロナ禍が一日でも早く収束する事を願うメッセージを韓国に送ったことである。そして、二つ目は、北朝鮮国民に対して「新型コロナの流入阻止に成功したものの、長引く国連制裁や洪水等の自然災害に直面しており、人心に報えず申し訳ない。努力が足りず多くの人民が生活の苦しさから抜け出していない。それにも拘らず人民は私に対し忠実である」と時々涙ぐみながら国民にお詫びするとともに、感謝を述べた事である。そして三つ目は、この演説や軍事パレードへの参加をこれまでの人民服ではなく、背広で行ったことだ。また、時間帯が深夜(10月10日午前0時~2時間程度)であり、おそらく未明の式典や軍事パレードの開催が初めてではないか等々、驚かされることが多かった。
この労働党創建75周年記念行事に先立って、北朝鮮から韓国にある手紙が送られていた。9月23日に起こった韓国との北朝鮮の国境線付近の北朝鮮領海内で起こった「韓国人殺害事件」に関する北朝鮮側の謝罪の手紙である。
この一連の北朝鮮の態度の変化、韓国への謝罪の手紙、軍事パレードでの人民に対する謝罪と感謝、そして新型ICBM/SLBMをどう解釈すべきなのであろうか?私は以下の様に考えている。
(1)今回の新型ICBM/SLBM:国民への国威発揚とともに米国・中国に対する強さの誇示。北朝鮮は「いろいろな制裁や軍事的圧力に決して屈しないし、仮にどこかが我が国を攻撃するのであれば、攻撃も辞さない」という強いメッセージ。
(2)人民へのお詫びと感謝:国民への愛を表現して国民からの尊敬を得、国民の一致団結・結束を促進。
(3)韓国への謝罪の手紙及び演説での暖かいメッセージ:韓国との融和を促進し、食料等の援助を期待。
以上のことから、私は、「北朝鮮は、長引く国連制裁、コロナそして長雨による洪水と農作物の不作等々で、極度に体力が低下している。国家の緊急事態」なのであろうと考える。北朝鮮はなりふりをかまっている場合でないのである。
それでは、この様な事態に我々はどうすべきなのであろうか?
(1)我が国のBMD能力の更なる向上
現在わが国はミサイル防衛(BMD:Ballistic Missile Defence)能力を着々と向上させてきているものの、2020年6月の河野防衛大臣の“イージス・アショアの導入停止”判断を受けて、政府として今後のミサイル防衛を再検討中である。特に最近の脅威の進化に対応可能な防衛システムの導入や「座して死を待つ」事が憲法の趣旨でないとすれば、どのような手段で我が国の国民の生命財産・主権を守るのかの議論を真剣に進めるべきだろう。
(2)北朝鮮の国内事情は極めて憂慮すべき事態
我が国は、北朝鮮が最終手段に出た場合の最悪の事態を想定し、対応案を早期に策定しておくべきである。この際、軍事的な対応策とともに、北朝鮮国民が爆発し、難民化して周辺国へ拡散した場合の対応策も持っておくべきである。
以上の様な北朝鮮対応は、我が国のみでは不十分である。米国・韓国そして中国との連携が必要である。(令和2.10.13)
岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。
提供:KCNA/UPI/アフロ