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2024.10.16 外交・安全保障

中国軍が繰り返す台湾近海での実動訓練、4つの特徴から見える意図と侵攻の形

末次 富美雄

 10月14日、中国東部戦区報道官は「聨合利剣―2024B」と称する訓練のため、陸海空軍とロケット軍兵力を、台湾海峡を含む台湾の東西南北海域に派遣したことを明らかにした。さらに、共同部隊は各方面から台湾に接近、海空戦闘哨戒、主要港湾および海域の封鎖、海陸上兵力への攻撃、総合的優勢確保などの統合作戦能力の検証を行ったと表明した。

 中国が台湾を取り囲むような実動訓練を実施するのは、今回で4回目となる。1回目は、2022年8月のペロシ米下院議長の台湾訪問時。2回目は、2023年4月に台湾の蔡英文総統が米国でマッカーシー米下院議長と会談した時。3回目は、今年5月の頼清徳総統就任式時だ。特に今回の訓練は、5月に実施した「聨合利剣―2024A」に続く訓練であり、継続的な実施を印象付ける。

これまでの訓練には見られない4つの特徴

 過去3回の訓練と比較すると、今回の訓練には以下の4つの特徴がある。

 1点目は訓練期間が短いことだ。中国東部戦区報道官が訓練開始を公表したのが10月14日の午前5時であり、終了を公表したのが同日午後6時だった。約13時間の訓練であり、2022年8月の7日間、2023年4月の3日間、そして2024年5月の2日間と比較すると短期間であった。台湾独立記念日(10月10日)に合わせて訓練を準備していたと考えられるが、対外的には即応能力を示そうとしたものとみられる。

 2点目は参加兵力が多く、空母「遼寧」が初めて参加したことだ。台湾国防省の公表によれば、参加した航空機の数がヘリコプターを含め、今までで最大の153機を数え、111機が台湾防空識別圏に進入した。この機数は、今までで最大である。さらに台湾東方海域において空母遼寧が艦載機の発着艦訓練を実施しているのを防衛省が確認している。防衛省が公表した遼寧の位置は、中国が示した台湾東部の演習海域から離れており、中国海軍が空母を台湾東部の離れた海域において運用する構想を持っていることが確認できる。

 3点目として、中国の海上保安機関である海警局の所属船が東部戦区部隊と合同で活動したことが挙げられる。海警船の活動は「2024A」でも確認されたが、あくまで台湾が実効支配する金門島、馬祖島などでの法執行活動であり、軍との連携は確認されていない。今回は、海警船が台湾本島を周回したと伝えられており、軍との連携が深化したことが確認できる。

 4点目の特徴が、演習海域からバシー海峡周辺と金門島が除外されたことだ。過去の演習海域にはバシー海峡やその近海が含まれていた。2022年のロケット砲発射では、5発が日本のEEZ内に着弾。今回の演習海域の設定に当たっては、中国が周辺諸国に配慮した可能性がある。加えて、金門島が演習海域から除かれたのは、同島における法執行活動がすでに常態化しており、訓練の必要がないと判断したものとみられる。あるいは、すでに相当程度、同島住民の中国傾斜が進んでいることから、警戒感を持たれないために対象外とした可能性がある。

台湾統一への強い意志と垣間見える侵攻の形

 今回の訓練から日本として安全保障上考えなければならないのは次の3点である。

 第一に、中国の台湾統一への強い意志である。頼総統が今月10日の建国記念日の式典で「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」と演説したことに対し、中国側は「自らの出自を忘れ台湾海峡の歴史的繋がりを傷つけるものだ」と批判。中国国防部報道官は、今回の演習の目的については「台湾独立勢力への圧力」と主張している。ただ、演習の規模とタイミングを見る限り、頼総統の演説に対応したというより、頼総統が何を言おうと大規模演習を実施する予定であったことは明らかだ。

 頼総統の演説と同じ10月10日、石破茂首相は訪問先のラオスで中国の李強首相と初会談。その席上、石破首相は台湾海峡の平和と安定の重要性を強調した。李首相は両国関係を重視する姿勢を示したとされるが、その裏で大規模演習の準備をしていた事実は看過できない。台湾有事は、「あるかないか」の問題ではなく、「いつ、どのように行われるか」の問題であることを改めて示したと言えよう。

 第二に、中国軍による台湾軍事侵攻の一端が垣間見えたことと、その課題が明らかになったことである。それは、中国自らが明らかにした演習目的の一つである「港湾施設や海域の封鎖」にある。2022年8月のロケット砲実弾射撃海域と今回の演習海域は近接している。中国が台湾侵攻の一つの段階として海域や空域を指定。その上で、航行船舶や航空機の通航を制限し、台湾に経済的圧力を加える戦術を考えていることは明白である。

 今回のわずか13時間の演習では中国軍の能力を検証するには不十分だが、海上封鎖には多大の兵力と時間が必要となることは筆者が以前指摘した(欧州・中東情勢にみる「台湾海上封鎖」の実効性とさらなるリスク参照)。このことは中国も認識していよう。

 その上で、今回、中国が港湾施設や海域の封鎖に言及したのは、台湾と周辺諸国に対し、有事が起こった場合、台湾周辺を航行したり飛行したりすることの危険性を訴える意図があったと考えられる。関係国がそのリスクを回避することにより、台湾への経済的影響を与えることを示唆した「認知戦」とみるべきであろう。

 最後に指摘できるのは、空母の運用である。空母遼寧は「聨合利剣―2024B」の参加兵力とされているが、今回の運用海域は指定された演習区域よりもさらに東方の海域であった。遼寧は空母とはいえ、早期警戒機を搭載しておらず、しかも戦闘機の数も限定的である。緊張感が高まった情勢下において、エアーカバーが及ばない海域で運用するのは不適当である。加えて、空母は潜水艦の絶好の標的であり、十分な対潜警戒兵力が不可欠である。台湾有事において、東方から来援を試みる兵力をけん制するにはあまりにも脆弱である。

 台湾東方における空母遼寧の存在は、軍事的観点から見ればそれほど脅威ではない。一方で、今後さらに空母を整備することを正当化するため、空母の存在を国内的にアピールする必要性があった可能性は否定できない。

肝要なのは訓練の実情把握

 中国は尖閣諸島周辺に、継続的に中国海警局船を展開し、南シナ海ではフィリピンやベトナムに対する姿勢を強硬化しつつある。中国の海洋権益拡大に対する取り組みは「サラミスライシング」と称されるように、着実に既成事実を積み重ねることで成り立っている。その観点から中国の軍や法執行船などの活動をしっかり把握し、必要に応じ、直接抗議するだけではなく、国際的な場で俎上に載せることで、中国の高圧的な活動を抑制する必要がある。一方で、中国は認知戦の手法を通じ、周辺国に既成事実であるかのように思わせる手法を採ることもある。その場合、過剰に反応することが中国を利する点も頭に入れておかなければならない。

 「聨合利剣―2024」は、そのタイミングと演習海域の公開、さらには中国自身による積極的な広報から、大きな注目を集めている。わが国の安全保障を考える上では、この演習を過大にも過少にも評価しないように実情を把握に努めることが肝要である。まずは、中国による「グレーゾーン作戦」が遂行中であるという認識が必要であろう。

写真:ロイター/アフロ

地経学の視点

 中国が台湾を取り囲むような実動訓練を実施したのは計4回。今年に入ってからは2回目となる。回数を重ねるごとに、中国による台湾統一への強い意志を感じさせられる。もっとも、訓練内容の微妙な変化はそのことを裏打ちしているようにも見える。

 今回の訓練で見られた「港湾施設や海域の封鎖」は、台湾周辺海域にシーレーンを持つわが国にとっては切実な問題だ。海洋国家の宿命とはいえ、台湾有事は起こらないに越したことはない。いかに中国に侵攻を思いとどませるか。わが国の外交・防衛当局者やそれに関わる政治家たちには、世界をリードするぐらいの意気込みで取り組むことを期待したい。

 一方で、筆者が指摘するように、いたずらに挑発に乗り、中国を利しては元も子もない。中国の一挙手一投足にどのような意図が隠されているのか、冷静に分析する目も求められる。何が適切な対応なのか、硬軟織り交ぜたしたたかな外交力が問われる。(編集部)

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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