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2023.09.06 安全保障

日米韓首脳会合で確認された3つの「ロックイン」、それぞれの思惑

末次 富美雄

 8月18日、米国キャンプ・デービッドにおいて日米韓首脳会合が開かれた。バイデン大統領が大統領保養地であるキャンプ・デービッドに外国首脳を招いたのは初めてであり、3カ国の首脳が、主脳会合のためだけに一堂に会するのも初めてのことであった。

写真:AP/アフロ

 ただ、報道では「首脳会談」の言葉が使用されているが、外務省は、大統領保養地において行われた短時間(会談約60分、ワーキングランチ約60分)であったためか、「首脳会合」という言葉を使用している。

 しかしながら、外務省の位置づけは非公式な響きがある「首脳会合」でありながら、終了後に発出された3文書、「キャンプ・デービッド原則」、「日米韓首脳共同声明」そして「日本、米国及び韓国間で協議するとのコミットメント」は、今後の我が国の安全保障に大きな影響を及ぼす内容が含まれていた。

 そのキーワードは「ロックイン(固定化)」である。

 「ロックイン」という言葉は、バイデン政権において国家安全保障会議インド太平洋調整官を務めているカート・キャンベル氏が首脳会合に先立つ8月16日に、米国ブルッキング研究所におけるセミナーにおいて使用したものである。同氏は、今回の日米韓首脳会合を「3カ国関係をロックインするもの(lock-in trilateral relationship)」と表現した。サリバン国家安全保障補佐官も、会合終了後の記者会見において、「首脳会談を含む各種定例会合の実施という制度上の視点、あらゆるドメインにおける安全保障協力というフレームワークの視点、そして経済、技術、人と人の繋がり、伝統的な安全保障のあらゆるエリアにおける協力という構造上の視点という3つの視点から3カ国関係を規定するものであり、後戻りすることは困難である」との見方を示している。岸田首相も、日米韓共同記者会見において同様の趣旨を述べ、「日米韓パートナーシップの新時代を拓く」との決意を述べている。

 バイデン大統領は、2015年の日韓慰安婦合意締結の際、米副大統領として合意締結を支持し、強く推進したとされている。文在寅韓国前政権がこの合意を破棄したことを不満に思っていたことは間違いない。従って、今回の日米韓首脳会合の結果が、それぞれの国の指導者の交代によって覆されることを防ぐための仕組みを重要視していたと考えられる。

 そのことを明確に示すのが、今回発出された3文書の中の1つである「日本、米国及び韓国間の協議するとのコミットメント」、英文にしてわずか11行の文書である。日米韓3カ国は、それぞれの国益、次いで日米、日韓という二国間のコミットメントを優先した上で、安全保障に影響を及ぼす事象に対応するために迅速に3カ国が協議するという内容である。文書内に国連憲章や国連安保理事会への言及は一切なく、日米韓3カ国の安全保障協力の枠組みを、二国間の下、国連の上に位置付けた文書と言える。3カ国首脳会合の結果として、このような文書が公表された意味は決して小さくない。

 また、注目しなければならないのは、「ロックイン」されたのは日韓だけではないことである。キャンベル氏は、セミナーにおいて、「米国もロックインされている」と述べた。トランプ前大統領が在韓米軍の削減や在日米軍経費の増額に熱心であったことは、周知のとおりである。各種罪状で起訴されているトランプ前大統領ではあるが、共和党大統領候補として他候補をリードしており、来年の大統領選挙において大統領に返り咲く可能性もある。アメリカ政治では、政権交代、特に民主党から共和党というような政権党の交代があった場合、内政を含めて外交も大きく転換することがある。しかしながら、今回キャンプ・デービッド原則」において日米韓を「共通の価値観に基づく地域全体の平和と安定を促進する枠組み」とし、「長きにわたり我々3カ国のパートナーシップの指針となる」と、3カ国協力の重要性を明らかにしている。トランプ前大統領が次期大統領に就任したとしても、このように文書化された原則を軽々に扱うことはできないであろう。

 今回の日米韓3カ国首脳会合は、従来希薄どころか険悪な時期すらあった日韓の安全保障にかかわる連携強化を図るものであり、東アジアの安全保障に前向きな影響を与える事は間違いない。

 また、もう1つの「ロックイン」にも注目しなければならない。今回示された日米韓首脳共同声明では、北朝鮮のみならず、中国とロシアを安全保障上の脅威又は懸念とすると明示している。これにより、「日米韓」対「中国、北朝鮮、ロシア」という構図が「ロックイン」されたということだ。特に、台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認し、両岸問題の平和的解決促す、という表現が共同声明に盛り込まれたことは、中国を刺激することは間違いない。今後、在韓米軍の台湾有事における役割りなどに関する議論が進むだろう。

 中国新華社は日米韓の共同声明に対して19日、「中国脅威論というデマを拡散させた」と批判。同日中国外交部報道官も首脳会談に先駆けて「いかなる国家も、他国の国益および地域の平和と安定を犠牲にした安全保障を追求すべきではない」とのコメントを公表しただけではなく、3カ国首脳共同声明公表後には「台湾および南シナ海問題について、中国を貶め、攻撃するもの」と強く批判している。

 今後中国は、日米韓3カ国に対する圧力を強めてくると予想される。特に、文前政権と大きく姿勢を変化した韓国に対し、かつてのTHAAD配備時と同様に、経済分野を含め多種多様なおと懲罰的な制裁手段をとってくることが想像できる。また、日本に対しては、福島原発処理水の海洋放出に対する批判と対抗措置をさらに強めてくるであろう。改正された「スパイ防止法」に基づく、中国在留邦人の拘束が増える可能性があることも憂慮される。「ロックイン」された日米韓の絆がどの程度強固なものなのか、厳しい試練にさらされることとなる。

 ここで誤解せず理解しておきたいのは、3カ国首脳共同声明において明らかとなった二重の「ロックイン」は、必ずしも「冷戦時代」の二極対立への回帰ではない、という点だ。経済金融、技術分野におけるグローバル化、ボーダーレス化は二極対立の世界を明確に否定している。5月のG7広島サミットにおいて、「デリスキングが必要であることを認識する」とされたのも、デカップリングでは立ちいかないとの首脳の考えを反映したものであろう。

 デリスキングは、リスク回避と解されているが、要は守るべきもの、妥協できないものと、譲る事の出来るものを切り分ける事である。妥協できないものについては、「デカップリング」せざるを得ない。北朝鮮はともかく、中国、ロシアとのデリスキングには、代替手段の確保が不可避であり、価値観を共有する国との確固な協力が不可欠である。日米韓3カ国関係は、そのコアとなる役割が求められる。

 日米韓の中で、日韓関係が最も弱いリンクである事は間違いない。特に制服組にとって、「旭日旗問題」や「射撃管制レーダー照射問題」が未解決のまま放置されていることには、わだかまりが残っているであろうことは否定できないさら更には、慰安婦問題を例に挙げるまでもなく、幾度となく韓国の「ちゃぶ台返し」にあっていることも事実である。

 しかしながら、中国のみならず、北朝鮮、そして、ウクライナ戦争でその独善的な思考を明確にしたロシアと、権威主義的、かつ核を保有する独裁政権が近傍に所在する日本にとって、民主主義的価値を共有する韓国とは力を合わせていかなければならないことは自明である。事実、福島原発処理水海洋法放出問題について、声高に批判する中国の姿勢が国際的広がりを得てない背景に、「あの韓国でさえ、日本に理解を示している」ことがあるのは否定できない。

 筆者は従前から、日韓関係の関係改善には、米国の担保が不可欠と主張してきた。その観点から、日米韓の3カ国関係を「ロックイン」した今回の首脳会合は、日本のみならず、地域の安全保障確保の追い風になるものであることは間違いない。恩讐を超えて、制度化された3カ国の協力枠組みに魂を入れていく、いわゆる実効性を確保していく努力が3カ国に望まれる。

地経学の視点

 外交と民主主義は相性が悪い。外交の意思決定には高度な戦略眼が求められ、時間軸も長い。内政とは異なりその巧拙が市民の生活にただちに影響することは少ないが、だからこそ国民の利得の多寡ではなく感情の好悪が反映されやすい。史上、優れた外交戦略が民主主義的な手続きによってとん挫したケースは少なくない。本記事にも米国のトランプ政権、韓国の文政権も例が引かれている。

 一方で、民主主義国家は、そうした民主主義が宿命的に抱えるコストを回避できる権威主義国家と対峙しなければならない。筆者が指摘する首脳会談の「ロックイン」は、民主主義の価値観を守りながらもその現実を勝ち抜かなければならない3カ国の苦肉の策と言っていいだろう。自由貿易を標榜しつつも、デリスキリングの観点で貿易を規制しなければならない現実とも重なる。

 民主・自由という価値観を守るために、むしろこれらを制限しなければ、これらに対する挑戦者である権威主義国家に対峙できない——。この現実が、いま私たちの眼前にレアル・ポリティークの時代が立ち現れていることを何より雄弁に物語っている。(編集部)

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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