ウクライナ戦争や原油高が続く中、中東を取り巻く外交関係は変化の兆しを見せている。
ロイター通信は3日、「ロシアによるウクライナ侵略という情勢を背景に世界的な原油価格の高騰が続くなか、米国の要求を受けた世界有数の産油国でありOPEC(石油輸出国機構)を主導するサウジアラビアが産油国に増産を依頼した」と報じた。
バイデン米大統領は7月13日~16日の間中東を外遊し、就任以降はじめてイスラエルのパレスチナ暫定自治区やサウジアラビアを訪れる。イスラエルの指導者やサウジのサルマン国王とムハンマド皇太子、湾岸協力会議(GCC)の各国指導者と会談する予定だ。
ここでは、日本の安全保障に関係する中東主要国の動向について4つの要点を紹介する。
サウジと中国、進む緊密化
一つ目は、サウジアラビア。トランプ前政権において、トランプ氏の娘婿のジャレット・クシュナー大統領上級顧問(当時)はムハンマド皇太子と緊密な関係を有しており、中東和平の実質的責任者を任されていたと言われている。トランプ氏は初の外遊先にサウジを選び、約1100億ドルに及ぶ武器を供与するなどイエメンの紛争解決のための軍事支援を行っている。
また、米議会はトランプ氏に対し、著名なサウジ人記者ジャマル・カショギ氏の殺害にムハンマド皇太子の責任の有無を確定するよう要請したが、これを無視し皇太子を擁護、イランの封じ込めにおいてサウジを中心に湾岸諸国との共闘体制を築こうと画策していた。
一方、人権問題を重視するバイデン政権は、前政権の方針を見直しサウジと距離を置いてきた。カショギ氏殺害事件についてはムハンマド皇太子が殺害計画を承認したとの報告書を公表し、イエメンの内戦を巡ってはサウジへの軍事支援を打ち切っている。両国の関係は完全に冷え切っていた。
米国、中国どちらを選ぶ?
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは3月16日、「制裁の一環としてロシアがSWIFT(国際銀行間金融通信協会)から除外されるなど基軸通貨ドル依存体制のリスクを感じたサウジは、石油代金の人民元での決済を検討し始めた」と報じた。また、サウジは昨年12月に中国支援による弾道ミサイル開発を始め、今年3月には習近平(シー・ジン・ピン)中国国家主席への公式訪問を招請するなど中国との関係緊密化が取りざたされている。
一方、ロイター通信などによると「ムハンマド皇太子は今年に入り、原油価格高騰を解消すべく、6月2日に行われたOPECにロシアなど非加盟産油国を加えたOPECプラスの第30回閣僚級会合において、各国に対して追加増産の決定を推進している。また、イエメン内戦の全面的停戦の実現に貢献しており、米国はムハンマド皇太子の果たした役割を高く評価している」と報じている。
今回のバイデン大統領のサウジ訪問で、サウジは中国と接近するのか、米国との関係強化に回帰するのか、その対応に注目だ。
UAE、募る米国への不信感
二つ目は、UAE(アラブ首長国連邦)との関係だ。トランプ前政権はもともと親米国であったUAEに対し、最新鋭ステルス戦闘機F35の50機売却を計画していたが、バイデン政権は米国製の防衛装備品の秘密保護のためこれを棚上げしている状況だ。
UAEの国営通信社は「UAE政府は、今年1月に起きたイエメン反政府組織フーシ派のUAEの首都アブダビの国際空港や石油関連施設へのドローン攻撃によって9人が死傷した事件について、米国が守ってくれなかったことに不満を募らせている。さらに、その後にフーシをテロ組織として再指定しなかったこともUAE側の不信感につながっている」と報じている。
2月25日には、ロシアにウクライナからの即時撤退を求める国連安全保障理事会決議の採決が行われ、15か国中11か国が賛成した。常任理事国であるロシアの拒否権行使のため採択こそされなかったが、中国やインドに加え、バイデン政権が強く説得していたUAEもが棄権したのだ。これに対し、英フィナンシャル・タイムズは3月5日、「UAEの棄権は、米国の外交政策に対する不信感の表れである」と報じている。
今回のバイデン大統領の中東訪問で、UAEが米国への不信感を払しょくし関係改善できるのか。サウジ同様、その動向に注目する必要がある。
漁夫の利を得たトルコ
三つ目はトルコ。トルコは2019年7月、ロシア製地対空ミサイル「S400」を購入し配備を開始している。これを受けた米国は、トルコ当局の武器調達部門に対し、各種輸出承認の禁止や関係者の資産凍結などの制裁を課した。さらに昨年10月にトルコが同ミサイルを追加購入するという情報を得た米国務省は、その場合には対抗措置を講ずると警告を発している。
また、米誌ニューズウィークは4月6日、「トルコのNATO(北大西洋条約機構)追放を求める声が再び高まり、(トルコの)エルドアン政権の外交政策に対する深刻な懸念が持ち上がった」と報じた。しかし、当初北欧2か国のNATO加盟に難色を示していたトルコは、非合法武装組織「クルド労働者党」の関連組織の支援停止や米国からの戦闘機購入などの条件を勝ち取ったことにより加盟容認に転じたのだ。
混迷極める「イラン核合意」
最後に押さえておきたいのはイラン。イランが核開発制限するのと引き換えに米国からの制裁を解除する「イラン核合意」も混迷を極めている。米国はトランプ前政権時に核合意から離脱しており、その後にイランに制裁を科していた。
東京大学の鈴木一人教授は中東協力センターニュースに寄稿した論考のなかで、「イランが強い意志を持って経済的困窮を厭わず米国に対抗することを決断したので、制裁の効果が生まれないどころか逆にイラン制裁への対抗心や反米意識を強化してしまった。バイデン政権にはイランの核交渉に携わった主要スタッフが多数存在する。この主要スタッフは、イランに何ができて、何ができないかを把握するための十分な情報を持っており、バイデン政権はその情報分析に基づいて判断していくだろう」と述べている。
さらに、「イランは核合意が再度締結された場合、米国が将来この核合意から二度と離脱しないという約束をどう守るのかという大きな問題が残るだろう」と指摘。「(合意が成立すれば)地域や市場が安定に向かう、ロシア産石油や天然ガスの供給をイランが補い、市場価格が安定する可能性がある。逆に合意が不成立となった場合、地域や市場は混乱し問題が複雑化する」と今後の情勢を推測している。
6月28日・29日にカタールの首都ドーハで米国とイランの間接協議が行われた。ロイター通信は、国務省イラン担当特使ロブ・マリー氏の談話として「イラン側が核開発計画とは無関係な要求を追加し、双方の溝が埋まらないまま、2日の日程が終了した」と、合意への進展がなかったと報じている。
イランの強硬姿勢の背景には協議のメンバーであるロシアが米国と対立し、ロシアや中国がイランの主張を支持する可能性が出てきたと判断したからではないだろうか。核合意の進展は、ウクライナ情勢と切り離しては考えられず、関係国の動静や発言を注視しながらその推移を見極めていく必要がある。
日本の原油依存度は約88%
日本の中東諸国への原油の依存度は約88%(エネルギー白書2020年より)で、日本にとって中東は死活的に重要な地域だ。幸い、中東諸国とは、歴史的に友好な外交関係を築いてきた経緯がある。ウクライナ情勢を踏まえた中東諸国の動向を見ていると、エネルギー資源の配分のみならず地域の安定にさまざまな要因が絡み合っていることがわかる。
日本の生存のためには、日本は米国と共に、サウジをはじめとする湾岸諸国と中国・ロシアなどの権威主義国家の間の緊密化を阻止していかなければならない。イランについては、核合意の当事国である米国、英国、フランス、ドイツとともに合意復帰を模索し、この地域の安定への貢献を継続していくべきだ。