地政学から見た太平洋・島サミット

地政学から見た太平洋・島サミット

2021年7月2日、第9回太平洋・島サミットがテレビ会議方式で実施された。このサミットは、太平洋島嶼国地域が直面するさまざまな問題について、首脳レベルで率直に意見を交換し、地域の安定と繁栄及び日本と太平洋島嶼国とのパートナーシップの強化を目的として、1997年から3年に1度開催されているものである。

2018年5月に行われた第8回サミットは福島県いわき市で開催され、今回は公募の結果を受け、三重県志摩市で開催される予定であった。しかしながら、新型コロナウィルス感染拡大の影響から、テレビ会議方式に変更された。菅総理とツバルのナタノ首相が共同議長を務め、首脳宣言並びに付属文書である「太平洋のキズナの強化と相互繁栄のための共同行動計画」及び「ファクトシート‐PALM8以降の日本の支援」を採択した。

「太平洋のキズナの強化と相互繁栄のための共同行動計画(「太平洋のキズナ政策」)」は、日本の「自由で開かれたインド太平洋」構想の一環として、オールジャパンで取り組んでいる太平洋島嶼国との関係強化の総称として、今回提示されたものである。「新型コロナへの対応と回復」、「法の支配に基づく持続可能な海洋」、「気候変動・防災」、「持続可能で強靭な経済発展の基盤強化」及び「人的交流・人材育成」の5つの重点分野における今後3年間の具体的行動計画がその骨子となっている。具体策の中には、衛生分野や海上法執行に係る能力構築支援、防災、持続可能な森林経営といった各国の能力を向上させる内容が含まれている。さらに「人的交流・人材育成」の分野では、技術協力だけではなく、文化教育交流に加えて日本における労働機会の提供を促進する等、未来志向の基盤強化策が盛り込まれている。

太平洋島嶼国家に対する国際社会の支援の現状を見ると、経済援助や資金提供といった形をとることが多い。中国は2006年から2014年までの間、太平洋島嶼国家に対し17億ドルを超える援助を行っている。これは、地理的に太平洋島嶼国家に大きな影響を与えている豪州の46億ドルに次ぐ援助額である。中国の多大な援助額は、もともと経済規模の小さな国の政策に大きな影響を与える。対中国債務の増大やその返済猶予に伴う中国の政治的圧力に加えて、港湾や空港への軍事アクセスの要求等が懸念されている。

2018年4月、豪州メディアは、「バヌアツに中国の軍事基地が建設される可能性があり、オーストラリアとアメリカが警戒感を募らせている」と伝えた。バヌアツ政府及び中国国防省は同報道を否定しているが、このような報道が出ることは、オーストラリアやアメリカが中国の軍事的進出に神経をとがらせていることを表すものである。2019年9月に、キリバス及びソロモンが中国と国交を樹立し台湾と断交した際、台湾外交部長は、両国に対して中国が資金を提供し、外交関係の対象を変更するように圧力を加えたと、中国を批判している。太平洋島嶼国家のうち4か国(ツバル、マーシャル共和国、パラオ共和国及びナウル共和国)は台湾と外交関係にあり、今後経済援助を梃に、外交関係の変更を迫ってくる可能性がある。

アメリカも太平洋島嶼国家の一部に強い影響力を及ぼしている。かつて国連から信託統治が認められていた、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国及びパラオ共和国と「自由連合盟約(Compact of Free Association)」を締結、経済援助を与える代わりに国防と外交の一部はアメリカが統括している。これらの国は米国からの経済援助に大きく依存し、観光産業以外の産業が育っていない。米国のパラオに対する政策を、自立を阻害する「動物園政策」と揶揄するパラオ人も存在する。

第9回太平洋・島サミットにおいて示された日本の「太平洋のキズナ」政策は、中国やアメリカの経済援助と一線を画し、それぞれの島嶼国家の自律性を高めるとともに、持続性を追求するものである。「動物園政策」に慣れ親しんだそれぞれの国民が、自ら産業を興し継続的な発展を目指すには、意識改革が必要である。「人的交流・人材育成」は、まさにその意識改革を目指すものである。インフラの整備や資金援助といった一過性の支援ではなく、それぞれの国の能力構築支援事業は効果が出るまで時間を要するが、その効果は長続きすることが期待されている。

アメリカは、中国海軍の活動範囲の拡大及び近代化に対応するため、「Pacific Deterrence Initiative(PDI)」を策定している。2022年度は約51億ドルを投入して、米軍のC4ISR(Command, Control, Communication, Computer, Intelligence, Surveillance and Reconnaissance)能力を向上させるとともに、同盟国等との共同訓練を強化する施策を講じている。昨年9月、パラオ共和国のレメンゲサウ大統領(当時)は、米国防長官にパラオへの米軍施設建設を歓迎する書簡を送付している。パラオの2021年6月18日付「Island Times」紙は、米軍のレーダー建設工事が進捗していることを伝えている。レーダーによる海洋状況の監視は、日本の「太平洋のキズナ」政策で示す「公海及び排他的経済水域における航行及び上空飛行の自由を共有」し、確保する上で必須の機能と言える。パラオ周辺においても、日本周辺と同様に日米の緊密な情報共有が望まれる。

習近平主席は、中国共産党創設100周年を記念するスピーチにおいて、歴代指導部の目標であった「小康社会(ややゆとりのある社会)」の実現を宣言し、中国共産党の指導のすばらしさを強調した。米中対立が激化する中、米中どちらの社会システムが優れているのかということが問われつつある。そのような中、経済援助を梃とする中国の海外活動は、インフラ整備を中心に短期的な効果を生み、経済規模の小さな太平洋島嶼国家にとって魅力的に映る。

しかしながら、持続的な経済発展を目指すのであれば、多少回り道ではあるが人材への投資が欠かせない。日本が主導する「太平洋・島サミット」は、米国防省が主導するハードの整備とともに、太平洋島嶼国家の人材育成といったソフトパワーを強化する効果があるとも言える。そして、このアメリカが提供するハードと日本が支援するソフトのパワーの組み合わせこそが、太平洋島嶼国家の自立を促し、中国の太平洋における利己的行動を制約するレバレッジとなるであろう。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。


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