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2021.01.27 安全保障

新中国国防法にみる国防政策の変化(1)

末次 富美雄

昨年10月に行われた中国全国人民代表大会(全人代)において、国防法の改正が行われ、本年1月から施行された。中国は、政治工作条例において、「三戦(世論戦、法律戦、心理戦)」を重視する方針を示しており、法律は国内統治だけではなく、外交における重要なツールとなっている。中国は、台湾問題、南シナ海及び東シナ海問題などの国際的懸念を、国内問題とみなしており、中国国内法の適用を受けるものと整理されている。従って、中国国防法は、日本の安全保障に直結するこれらの海域における、軍の活動とその限界を図る上で重要な法律と言える。更には、中国進出に強いインセンティブを持つ日本企業にとって、中国国防法改正が中国における企業活動や、中国との合弁を進めるに当たりどの程度リスクがあるかを把握しておくことは極めて重要なことであろう。

中国国防法は、1997年に制定されたものであり、すでに20年以上が経過している。今回の改正案を見ると、軍事技術の発達や社会構造の変化に伴う変更と、中国の国防政策そのものによるとみられる変更とが混在している。それぞれの変更点について分析したうえで、中国の国防政策の変化について評価する。

まず、軍事技術の発達や社会構造の変化に伴う変更について見てみよう。第一に、新たな活動領域として、宇宙、電磁気及びサイバーが追加されている。新たな活動領域の追加は国際的なトレンドであり、2018年12月に制定された日本の「防衛計画の大綱」でも新たな戦闘領域として「宇宙、サイバー及び電磁波」に言及されている。中国で2015年12月に創設された「戦略支援部隊」は、この新たな戦闘領域を主管する部隊と見られている。今回の改正は実態を追認したものではあるが、国防法に明示されたことで今後新たな領域に対する投資の拡大が見込まれる。米国はいくつかの分野で、中国が米国を凌ぐ技術を持っていると警戒感を強めており、今後これら新たな領域における競争が激化するものと考えられる。

第二に、軍人の権利と利益の保護が新たに追加されている。特に退役軍人の地位向上については、2016年頃から各地で発生した退役軍人によるデモに危機感を抱き規定されたものと考えられる。2015年から開始された人民解放軍の組織改革により、約230万人から約200万人への削減が図られ、現在中国には5,700万人の退役軍人が存在すると言われている。これら退役軍人への処遇は、現役軍人にとって将来の自分への処遇でもある。急速に高齢化が進んでいると言われる中国社会において、国防法に現役軍人の社会的地の向上や、退役軍人の処遇改善に関する規定を盛り込み、軍の魅力化対策を講ずることは、優秀な人員確保に必要不可欠であろう。

第三に、対外軍事活動強化の方針が示されている。中国は国連平和維持活動に積極的に取り組み、世界各地に軍人を派遣している。また、病院船を東南アジア、大洋州諸国更には南アメリカに派遣し、医療行為を中心とした国際貢献活動を実施している。更には、人民解放軍艦艇を積極的に海外に派遣し、対話や共同訓練を通じて中国の影響力拡大に努めている。これら一連の行動は「Military Diplomacy」と称される活動である。軍をこのような形で使用することは、国際的な潮流であり、日本防衛省も「能力構築支援事業」として、世界各地において自衛隊を活動させている。今回の改正で、改めて対外軍事活動の強化が示された背景には、中国の海外権益拡大という情勢変化があったものと考える。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:新華社/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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