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2024.10.28 外交・安全保障

渡部悦和・元陸将が分析する「ウクライナ戦況の現在地と終着点」

実業之日本フォーラム編集部

 8月にウクライナ軍はロシアのクルスク州で越境攻撃に成功したが、10月に入るとロシア軍がウクライナ東部ドネツク州の要衝からウクライナ軍を撤退させ、同州全域の掌握へ攻勢を強めている。こうした中、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は9月下旬に訪米。ジョー・バイデン大統領らに「勝利計画」を説明し、ウクライナが勝利するための広範な支援を求めた。ただ、11月に控える大統領選挙で、即時停戦を唱えるドナルド・トランプ前大統領が返り咲けば、ウクライナにとっての命綱が途切れる可能性もある。今後の戦況や政治的駆け引きはどうなるのか。元陸上自衛隊陸将の渡部悦和氏がウクライナ戦争を分析し、将来展望や日本への影響を語る。

※本記事は、実業之日本フォーラムが会員向けに開催している地経学サロンの講演内容(10月9日実施)をもとに構成しました。(聞き手:末次富美雄=実業之日本フォーラム編集委員、構成:一戸潔=実業之日本フォーラム副編集長)

――ウクライナ戦争におけるロシア軍の作戦をどう評価していますか。

 現在はロシア軍が主導権を取って攻撃していると思います。特に2024年から、ウクライナ東部では逐次、攻撃・前進している状況です。ロシア軍は戦争開始当初、準備不足などで劣勢を強いられましたが、2年7カ月にわたる戦争の中でさまざまな課題に直面して改善してきました。ロシア軍は世界第2位の軍事力を備えているため、戦い方に適応すればその力を発揮できるということです。中でもポイントとなるのが、空軍が作戦に大きく関わるようになったことです。航空誘導爆弾という大型爆弾を大量使用することで、ウクライナ軍の防御が非常に難しくなっています。

――ウクライナ軍は2023年6月から反攻作戦を展開しましたが、うまくいかなかったのでしょうか。

 反攻作戦は完全に失敗しました。一番の理由は、ウクライナ軍が「航空優勢」を確保できなかったことです。航空戦力でロシア軍が優勢であるにもかかわらず、米国が戦闘機F-16の提供を渋ったため、ウクライナの地上部隊は空からの支援を十分受けられず、思うように進軍できませんでした。さらに、ウクライナ軍は正面に戦闘力を集中すべきでしたが、攻撃軸を3方面に分散したことで戦闘力が不足しました。こうしたことが作戦の失敗を招いたと思います。

 米軍は何度も戦闘シミュレーションを行っていましたが、当初から「ウクライナの反攻作戦は失敗する」と言っていました。それでは、なぜ作戦が失敗しないように援助しなかったのか疑問が残ります。

――ウクライナのゼレンスキー大統領が作戦を決行した理由はどこにあるのでしょうか。

 戦争から1年以上はウクライナ軍の作戦が奇跡のようにうまくいきました。ウクライナ軍はロシア軍よりも格段に作戦遂行能力があると世界中の多くの人たちが期待したことが一番大きいと思います。2023年に入ると、ウクライナ軍の反攻作戦に対する期待感が高まる中、攻撃をせざるを得なかったというのが実態だろうと思います。

プーチンが固執するドンバス地域の完全占領

――今年8月6日にウクライナ軍がロシアのクルスク州を越境攻撃しましたが、10月7日時点ではロシア軍がウクライナ東部のドネツク州で占領地を拡大するなど攻勢を強めています。戦況をどのようにみていますか。

 クルスク州への越境攻撃では、ウクライナ軍が2週間で東京23区の2倍に相当するロシア領の土地の奪取に成功しました。これはエポックメイキングな事案だと思います。一方、ウクライナ東部では、ロシア軍がかなり優勢な戦力による攻撃で前進を続けています。ウクライナ軍の最大の弱点は兵員数が少ないこと。兵員数が少ないから、交代できず、1つの場所で長く戦い、疲弊していきます。ロシア軍はそうした点をうまく突いているということです。

――ウクライナ軍にとって要衝となるドネツク州を占領することがロシア軍の一番の戦略目標ということでしょうか。

 そうです。プーチン大統領はウクライナ南東部のドンバス地域を完全占領すると言っています。特に50%超しか占領できていないドネツク州全体を奪取するようロシア軍は強く命じられており、どんどん攻撃を仕掛けて逐次前進しています。ただ、ウクライナ全体の面積から言えば、2024年に入って0.1%程度しか取れていません。ドネツク州全体の奪取は年内では不可能ですし、来年1年かけても難しいと思います。

――クルスク州への越境攻撃は、ウクライナにどのような効果をもたらすと考えますか。

 1つは、緩衝地帯を取ることができたということです。クルスクがロシア領のままであれば、ウクライナの首都キーウをはじめ、その前方の都市スームィに榴弾砲などの射撃がどんどん行われた可能性があります。それを防ぐ意味合いがあります。もう1つは、もともとロシア軍はクルスク方向からウクライナへの攻撃を考えていましたので、その実現を不可能にしたと言えるでしょう。さらに、将来の停戦時に、互いの占領地を交換するなど、交渉材料として使うことも考えられます。

――ロシアがクルスク州への逆侵攻を許したのは、深刻な兵力不足で国境防衛に人員を割けない事情があったのではないですか。

 まず、ウクライナ軍の逆侵攻が迅速に成功したのは、ロシア軍の戦力が圧倒的に不足していたためです。国境警備隊には、戦い方も全く分からないような若い徴収兵しかおらず、すぐに降伏して捕虜になってしまいました。

 ロシアは部分動員令に基づき約30万人を予備役として招集しましたが、国民の評判がとても悪かったため、それ以降動員をかけていません。半面、志願兵をうまく活用しています。アフリカやアジアなどの海外からも志願兵を募って数多く集め、第一線に60万人以上いると言われています。ただ、それでもウクライナでの戦いとロシアのクルスク州での戦いを両立させることはできないということです。

 また志願兵の人数は多いものの、訓練されていない者も多い。それを補う最も効果的な攻撃が、爆撃機からの誘導爆弾です。1日1000発規模を投下し、ウクライナ軍の陣地を破壊しました。また、榴弾砲や爆発物を搭載したドローンなどの火力でも同軍を圧倒しています。

――中国や北朝鮮、イランといったロシア有志国による支援の効果をどう評価していますか。

 最も大きいのが北朝鮮の弾薬支援です。当初は年間100万発と言われていましたが、最近では300万発まで急増しているとの情報さえあります。他の国では到底提供できない弾薬数を北朝鮮が保有しているのは大変な驚きです。その次は中国のデュアルユース(軍民両用)技術の支援です。半導体はもちろんですが、中国製のドローンも提供していると言われています。

F-16支援から垣間見える米国の冷たい態度

――ウクライナ側について伺います。NATO(北大西洋条約機構)の支援によって弾薬の使用量などは回復しており、戦力は向上しているとみていいですか。

 第一線を見ると、ウクライナ軍にとってはまだまだ支援が足りていない状況です。タイミングが遅すぎるし、約束した支援の量はそろっていないと言われています。特に、米国は2023年10月7日から約半年間、下院が予算を承認するまで全く支援ができませんでした。今年4月末から支援をしていますが、まだまだ不十分です。

 中でも問題となるのが米国戦闘機F-16の支援です。パイロットの養成も不十分で、意図的としか思えないほどの冷たい態度です。結局、これがバイデン政権の本音だろうと思います。ゼレンスキー大統領が求める支援には抑制的に対応するということでしょう。

――ゼレンスキー大統領が訪米時にバイデン大統領らに説明した「勝利計画」をどのように評価していますか。

 「勝利計画」という名称に違和感を持つ人がいると思いますが、ポイントは、「ウクライナが勝利するためはこれだけの支援が必要になる」ということです。具体的には、必要とする米欧製兵器の種類や数量を説明し、特に長射程兵器と同兵器のロシア領内での使用許可を求めています。

 また、同計画には軍需産業の強化も盛り込まれ、金銭面だけでなく技術面でも支援を要請しています。さらに、クルスク州への越境攻撃の成功によって戦場がロシア国内にも広がることを示しています。最終的にプーチン体制を揺るがすような状況に持っていきたいという思惑があります。

――ウクライナ支援に対するバイデン大統領の考えをどのように分析されますか。

 私は、バイデン大統領はプーチン大統領の「認知戦」に負けていると思います。例えば、米国からウクライナへの戦車の供与やF-16の提供、ロシア領内への攻撃などが起こる都度、プーチン大統領は核使用に踏み切る「レッドライン」に抵触すると脅しました。この脅しに過敏に反応してしまったバイデン大統領は、この戦争にウクライナは勝てないと思っています。そのため、ロシアが勝つことを前提にウクライナ支援に取り組んでいます。ゼレンスキー大統領が「勝利計画」を策定しても、冷めているのはそうした背景があるようです。

――プーチン大統領がウクライナ戦争に踏み切ったのは、バイデン大統領の弱腰が1つの要因との指摘もありますが、この点はどのように考えるべきですか。

 そういう面はあると思います。好意的に見れば、米国にとって戦場はウクライナだけではなく、中東情勢の悪化や中国の台湾侵攻リスクにも目を向けなくてはなりません。つまり、3方面を同時にカバーすることも想定して兵器や弾薬の提供を考えなければならず、ウクライナ支援をセーブせざるを得ないと思います。

 もう1つは、米国がロシアに独特なリスペクトを持っていることです。ロシア崩壊は世界の大混乱を招くため、プーチン大統領を敗北させてはならないというような気持ちが働いているようです。「ウクライナ戦争が終わっても、米ロはうまくやっていかなければならない」という発想があります。ウクライナの人たちには耐えられないことですが、そういう気持ちがバイデン大統領にもあると思います。

トランプは「ノーベル平和賞」目当てに停戦?

――米国の大統領選挙が注目されていますが、カマラ・ハリス副大統領が勝利した場合、バイデン大統領の考え方を踏襲するのでしょうか。

 バイデン大統領は国家安全保障担当のジェイク・サリバン大統領補佐官と考え方がぴったり合います。支援に消極的なことから、ウクライナの人々が最も嫌う2人です。しかし、ハリス氏が大統領になれば、サリバン氏を退け、後任の大統領補佐官からかなりの影響を受けると思いますので、バイデン氏固有の考え方から変わる可能性があります。

――トランプ前大統領は、自分が再選すれば即日にでもウクライナ戦争は停戦させると豪語しています。

 トランプ氏が大統領になった場合、2つの意見があります。ウクライナ支援は絶対に行わない姿勢を貫くという説が1つ。もう1つは、政権交代に伴う新しいスタッフが「停戦を実現すればノーベル平和賞を受賞できる」とトランプ氏を説得し、ウクライナに最終支援をちらつかせて停戦に持ち込む説です。トランプ氏の考えはころころ変わるので、どちらもあり得ると思いますが、ウクライナ支援は「もうしない」と打ち切る可能性が高いとみています。

ウクライナはAI軍事転用の大実験場

――現状ではロシアとウクライナ、どちらの政権が安定しているのでしょうか。

 両国共に多くのリスクを抱えていると思います。まず、ロシアでは、プーチン大統領に背を向けるオリガルヒ(新興財閥)が最近増えていると聞きます。また、軍内でも反プーチン発言をする者が出ているようです。戦争が長引き、なおかつクルスク州のようにロシア領土内の戦場が広がれば、プーチン政権の基盤を揺るがす要因になるでしょう。一方のウクライナ側も磐石とは言えません。次々に閣僚や総司令官などを交代させています。戦争が長期化するほど、ゼレンスキー政権にとってこうした不都合な事案が増えてくると思います。

――両国の継戦能力を比較すると、資源が豊富にあるロシアが優勢のように思います。

 英国の王立研究所によると、ロシアは2024年に国力のピークを迎え、それ以降落ち込んでいくと分析しています。経済制裁などで生産能力が徐々に低下するためです。プーチン大統領は2026年までにウクライナを完全占領する計画ですが、それまでにロシアは持ちこたえられるのかどうかが注目点です。

――軍事専門家の観点から、ウクライナ戦争は、デュアルユースなどの技術発展にどのような影響を与えると思いますか。

 現在、ウクライナでは戦争を利用しながら壮大な実験が行われています。AIなどの最先端技術を軍事転用させるためです。世界中の有名な大企業やスタートアップが軍事的に使えそうな優れた技術を次々とウクライナに持ち込み、さまざまな試みがなされています。この点に私は一番注目しています。

 戦争が終結した時には、ウクライナは明らかにAIなどを利用した軍事転用の分野で世界トップレベルの成果を得ると思います。例えば、無人機システム。AIを活用して完全自律型の無人兵器にしてしまう領域に近づいています。


渡部 悦和:渡部安全保障研究所長
元富士通システム統合研究所安全保障研究所長、元ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー、元陸上自衛隊東部方面総監。 1978年、東京大学卒業後、陸上自衛隊入隊。その後、外務省安全保障課出向、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学、第28普通科連隊長(函館)、防衛研究所副所長、陸上幕僚監部装備部長、第二師団長、陸上幕僚副長を経て2011年に東部方面総監。2013年退職。

地経学の視点

 米国現地メディアによると、トランプ前大統領は10月17日、ロシアによるウクライナ侵攻を許したとして、ウクライナのゼレンスキー大統領を批判。また、バイデン大統領についても、「少しでも知恵があれば」開戦前に戦争を止めることができたと述べた。トランプ氏のこうした物議を醸す発言がウクライナ情勢を一段と不安定化させる。

 渡部氏はトランプ氏が再選した場合、ウクライナ戦争を巡って2つの見方があると指摘する。当初から主張していた支援打ち切りと、「ノーベル平和賞」を狙った停戦だ。どちらも現実離れした発想だが、トランプ氏ならやりかねいと思う人は少なくない。戦況が悪化するウクライナにとって、米国の支援継続が必要なだけに大統領選の結果は命運に関わる問題だ。

 さらに、米国とロシアには「ウクライナ戦争が終わっても、うまくやっていかなければならない」という発想があると筆者は語っている。米ロの狭間で翻弄されるウクライナが明るい未来を迎えるには、米国だけでなく西側が粘り強くロシアへの制裁を続け、戦後もG7共同声明に明記したロシア資産凍結を継続することが重要になる。(編集部) 

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実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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