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2024.08.02 経済金融

負の先入観だけでは見誤る 提唱10年、中国「一帯一路」構想の「今」

富坂 聰

 6月7日、中国外交部の定例会見で、「一帯一路」を巡って興味深い応酬があった。きっかけは深圳衛星テレビの記者の質問。記者は、バイデン米大統領が「一帯一路」について「世界の誰もが嫌悪し、葬られた構想。アフリカで何が起こっているかを見れば明らかだ」と批判したことに触れ、それに対する見解を尋ねた。

 これに対し、毛寧報道官は「『一帯一路』をどう評価するのか。発言権があるのは参加国の国民だけだ」と一蹴。その上で、「アフリカの多くの国が、初めての高速道路を建設し、初めて海をまたぐ大橋を架け、初めて工業団地を所有し、またアフリカ大陸をカバーする初めての疾病センターを持つに至り、その面貌を一変させた」と説明。

 そして、最後にこうアメリカにこう問いかけた。「他人を批判するのは容易だが、他者より優れた行いはし難い。アメリカが実際に資金を持ち出し、アフリカの発展・振興のために実りあることをすることを期待する」。

「一帯一路」参加国との貿易総額は好調

 伝わってくるのは中国の「一帯一路」への自信だ。

 そもそも、「一帯一路」とは、習近平国家主席が2013年に打ち出した広域経済圏構想だ。同年9月、カザフスタンで「シルクロード経済ベルト」構想を、翌10月にインドネシアで「21世紀海上シルクロード」構想を打ち出した。昨年までに152カ国、32の国際機関が関連する協力文書に署名している。中国と参加国による貿易総額は累計19.1兆ドル(23年時点)に達し、年平均6.4%のペースで増加してきた。しかも、その拡大は現在も続いている。

 中国国家統計局が発表した今年4月の貿易統計によれば、対米、対EU貿易の伸びがそれぞれ対前年比で6.2%と3.3%の増加であったのに対し、対ASEAN(東南アジア諸国連合)と対「一帯一路事業に関わる」沿線国との貿易は、それぞれ14.4%と9%と、伸びが際立った。

 さらに、中国と「一帯一路」参加国との貿易総額を見ると、その経済圏が無視できないことは明白だ。

 中国の税関総署は6月6日、今年1月から5月までの貨物貿易の統計を発表した。それによると、地域別の統計では「一帯一路」参加国との貿易総額が8兆3100億元に達し、前年比7.2%の増加となったことに注目が集まった。「一帯一路」参加国との貿易額は、実に全貿易額の47.5%を占めるまでになったことも驚きだが、その伸び率は貿易全体の伸び(6.3%)を上回ったという。瞠目(どうもく)すべき成長と言える。

 だが、こうした情報は、西側、とりわけ日本の読者の耳には馴染まないはずだ。そもそも、 「一帯一路」に対しポジティブなイメージを持っている日本人は極めて少ない。多くは、中国が経済力を使って相手国への影響力を行使するための一つのツール、もしくは相手国を借金漬けにしてインフラを取り上げ、政治力を担保する。いわゆる「債務の罠」と同義語という程度の認識ではないだろうか。

 少し事情に通じた人であれば、中国国内で過剰となった生産品を消化するため、その輸出先を開拓するために提唱された経済構想だと理解しているかもしれない。いずれにせよ警戒の目を向けるべき対象だ。くしくも今、過剰生産問題は激化する米中経済戦争において、バイデン政権が中国を攻撃するため、喧伝するテーマだ。

 5月8日、フランスを訪問した習主席は、フランスのマクロン大統領に加え、欧州委員会のフォンデアライエン委員長と3者会談を開いた。その席で、フォンデアライエン委員長は中国の「過剰生産問題」を取り上げ、アメリカに追従する姿勢を見せた。

 政府の補助金、過剰生産、安価な中国製品の流入と聞けば中国のイメージとも重なり、フォンデアライエン委員長の指摘に違和感を覚える日本人は少ないだろう。だが、実態は、すでにこうした古い思い込みとはかけ離れたものとなっている。日本人が真に等身大の「一帯一路」を理解しようとすれば、まずはこうした「政治フィルター」を外す努力から始めなければならない。

取り上げられない「一帯一路」当事者たちの声

 整理しなければならないのは報道と現実のギャップだ。

 例えば、「債務の罠」にせよ「過剰生産」にせよ、中国を批判する西側先進国やメディアが、なぜ当事者を差し置いて中国を攻撃しているのかという疑問だ。もし、「債務の罠」というのであれば、まずは罠に落ちた国が怒りの声を上げるのが筋なのだ。例えば、西側が「一帯一路」を批判するとき使う「債務の罠」で、常にスポットライトを浴びてきたハンバントタ港を抱えるスリランカは、中国に怒りを爆発させ、「一帯一路」を離脱すると言ったことはない。

 スリランカの例で言えば、かつて、政権交代が起きたタイミングで、中国との協力が問題視されたことはあった。現在のシリセーナ大統領が誕生した2015年、同大統領がラージャパクサ前大統領と中国との癒着を俎上(そじょう)にのせ、中国が主導するインフラプロジェクトの再検証を命じたことがそれだ。18年にはマレーシアでも、モハマド元首相が「中国からの多額の投資で財政悪化を招いた」と当時のラザク首相を批判し選挙に勝利。首相に返り咲いた。当然、中国との離反が注目された。

 だが、スリランカもマレーシアも結果として中国との関係を見直すことはなかった。それは、両国とも「一帯一路」にとどまる合理性を認めたからだ。

 同じように、「過剰生産」の問題も、本来であれば第一の被害者である競合企業が声を上げ、告発を受けて政治が調査に入るというのが通常のルートだ。つまり、中国製のEV電気自動車(電気自動車EV)に問題があるのであれば、まずはEU域内の自動車メーカーが怒りの声を上げるべきだ。だが、現状はむしろEUのメーカーが中国EVの参入を歓迎している。代表的なのはドイツのフォルクスワーゲン、メルセデスベンツ、BMWで、彼らはそろってEUの対中EV関税引き上げへの動きを警戒し、反対の声を上げている。

 典型的な政治と経済のねじれだが、この現象に関しては日本の方が若干先輩である。政治面と経済面で温度差があることを示す「政冷経熱」という言葉が日本ではやったのは、10年以上も前のことだ。

 つまり、10年前の日本の病が西側先進国全体に広がったのだとすれば、すでに欧米社会も冷静な視点で中国との関係を見るベースを失いつつあるのかもしれない。「一帯一路」を語るときにも、その影響は避けられないのだ。昨年、「一帯一路」が提唱されて10周年のイベントが北京で開催(10月17、18日の2日間)された。それを報じた西側メディアは「債務の罠」、「過剰投資」、「環境破壊」、「住民トラブル」など、批判一色に染まり、評価する記事はほとんどなかった。

 だが、もしそれが実態ならば10年間も続いたのはなぜだろうか。「『一帯一路』国際フォーラム」に世界130カ国以上の首脳や政府関係者が参加したことも説明がつかない。

中国への好感度向上にも寄与

 問題点ばかりが指摘される一帯一路だが、成功した例も少なくない。「一帯一路」に絡むインフラで、うまくいったケースは少なくとも14ある。アルジェリアの大モスク、タイのラーマ8世大橋、パキスタンのグアンダル港、クウェートの中央銀行ビル、カタールのルサイルスタジアムなどだ。中には感謝の意を示すため、現地の紙幣の絵柄になった例もある。

 見過ごせないのは、このことが中国に対する好感度と結びついていることだ。

 日本の外務省が2023年5月25日に公表した「2021年度の海外対日世論調査」(対象はASEAN諸国)によれば、「今後重要なパートナーとなる国は?」との設問に、「中国」と答えた人の割合は48%と最も多く、日本は2位(43%)に後退した。

 4月2日には、シンガポールのシンクタンク、ISEAS(ユソフ・イシャク研究所)がASEAN10カ国の研究者や政府当局者など約2000人を対象に行った調査結果を発表した。注目されたのは、「中国か米国のいずれかと同盟を結ぶことを余儀なくされた場合、どちらの国を選択するか?」という設問だ。結果は意外にも、「中国を選ぶべき」と回答した割合が50.5%と半数を超え、初めて「アメリカ」(49.5%)を上回った。

 政治・戦略上の影響力についての質問では、「中国」が最も「ある」と答えた割合が43.9%と前年(41.5%)に引き続き最多。「アメリカ」は前年の31.9%から25.8%に急落し、中国に大きく水をあけられた。経済的な影響力に関しても「中国」が最多で、59.5%。「アメリカ」の14.3%や、「日本」の3.7%を大きく上回ったのだった。

バックアップインフラとしての期待

 さらに興味深いのは「一帯一路」がいま、世界経済が直面するリスクをヘッジするバックアップインフラとして期待され始めたことだ。指摘したのはアメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』(1月20日、ウェブ版)だ。「紅海危機は中国が時代を先取りしていたことを証明した」と題した記事のリードには〈「一帯一路」構想は邪悪な陰謀ではなかった。それは、不確実性と混乱の時代にすべての国が必要としているものの青写真だった〉とある。

 『フォーリン・ポリシー』は、世界で次々に発生する紛争、例えば、紅海における、イエメンのフーシ派による、民間の船への攻撃を取り上げる。多くの船舶が航路の変更を余儀なくされる中、「陸路の需要が高まったのと同時に、世界の公共の利益のために有意義な集団行動をとる必要が生じた」と説く。要するに「一帯一路」は、そうした問題を解決する一つの答えというわけだ。

 中国が「一帯一路」を推し進める理由はいくつかある。国内経済が新常態へと向かう中、新たな成長エンジンを模索する狙いもある。政治的には「運命共同体」を実現するツールとも解釈される。一方で、エネルギー輸入国として危機感を抱いてきた中国が、輸送インフラの整備に力を入れ、その延長線上としての位置付けもある。

 現在進行形としては、貿易戦争が引き起こすサプライチェーンの変化への対応にも「一帯一路」は一役買っている。

 米中の対立が激化する中、バイデン政権はトランプ前政権時代の関税を引き継ぎ、さらに関税障壁を高めようとしている。そうした中、従来は中国から直接アメリカに向かっていた製品の多くが、ベトナムやメキシコを経由するルートに切り替えられた。そこで機能したのが、「一帯一路」によって建設された「中-ベトナム」、「中-メキシコ」ルートというインフラだ。

 さらに忘れてはならない視点が、「一帯一路」の平和への貢献だ。この構想の最大の成功例は、言うまでもなく、中国とヨーロッパを結ぶ中欧列車だ。そして列車が順調に動き続けるためには、通過する国のすべてが協力的でなければならない。つまり、紛争や対立を抱えてしまえば、直ちに運航に支障が出るため、中国と沿線国、沿線国同士の紛争や対立を一定程度抑止する効果を持っているのだ。また、同時に沿線各国にメリットがいきわたることも大切だ。自国にメリットがなく、ただ通過するだけの輸送路では、協力関係は続かないからだ。

 こうして考えると、日本のメディアが伝える、「『債務の罠』によって世界各地で嫌われる中国」という印象とは違ったイメージを持つ方も多いのではないだろうか。負の先入観だけでこの構想を捉えると、結果として、国際情勢を見誤る危険性をはらむことは意識しなければならない。

写真:ロイター/アフロ

地経学の視点

 私たちが日々接するニュースが、いわゆる西側視点であることは致し方ないことではある。日本で暮らす以上、多数の人が自由主義・民主主義をベースに社会や世界を見ることは自然なことだ。当然、いわゆる専制主義国家の人々から見れば、西側の常識が非常識に見えることもあるだろう。

 「一帯一路」構想と聞いて、多くの日本人はネガティブな印象を受けるのではないだろうか?  本文記事中でも出てくる「債務の罠」は一帯一路の代名詞のように報道されている。今回、著者はそのような視点にとらわれず、客観的な数字や違った切り口からからの報道を紹介し、一帯一路の一面を示している。読者の中には、また違った見方があることに気づかされた方もいらっしゃることだろう。

 「地経学」的視点を磨く上で、自らが置かれた立場を軸に事象を分析してばかりいたら判断を誤る可能性がある。「彼ら彼女らはどういう考え、どういう立場からこう振る舞っているのか?」。当たり前ながら、常に問いかけることの大事さを痛感させられる。もっとも、それが簡単なことではないことは言うまでもないが。(編集部)

富坂 聰

拓殖大学海外事情研究所教授
1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系中退後「週刊ポスト」、「週刊文春」記者を経て独立。2014年から現職。1994年「龍の伝人たち」で第一回小学館国際ノンフィクション賞優秀作受賞。著書に、『中国という大難』(新潮社)、『中国地下経済』(文春新書)、「反中亡国論」(ビジネス社)などがある。