実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2024.07.02 外交・安全保障

テレビ討論会でトランプ節、ウクライナ即時停戦に新リスク

実業之日本フォーラム編集部

 11月の米国大統領選挙を前に日本時間で6月28日午前、再選を目指す民主党のジョー・バイデン大統領と返り咲きを狙う共和党のドナルド・トランプ前大統領によるテレビ討論会が行われた。外交・安全保障やインフレ、税制政策など多岐にわたるテーマで論戦が交わされたが、両者の自画自賛や非難の応酬が目につき、争点が分かりにくい面もあった。そこで、米国の政治・経済情勢に詳しい日本総合研究所の栂野裕貴研究員に地経学に関わるテーマに絞り、注目されるトランプ氏の発言や政策の違いなどについて解説してもらった。

――ウクライナ戦争に関する発言をどう見るか。

栂野 トランプ氏はプーチン大統領とゼレンスキー大統領に会って即座に停戦に持ち込むと強調した。プーチン氏が提示したウクライナの占領地の取得といった停戦条件に関して「容認できない」と強気の姿勢を示したものの、戦争終結に向けた具体的な戦略は検討されていないだろうと感じた。

――対中政策については。

栂野 トランプ氏は中国に高関税をかけて、そのコストを負わせるとし、これまで通り中国に対する強い姿勢を示した。ただ、具体策な方法に言及していないので、欧州や日本などの同盟国にとって不確実性が増し、中国との向き合い方が難しくなるだろう。

――NATOとの関係をどうか。

栂野 トランプ氏は以前からNATO不支持の立場を取っているものの、お金に関わるディールをしっかりやることが大きな行動原理になっていると思う。そのため、NATO各国の負担金や防衛費の増加などで貢献できれば、米国のNATO離脱に歯止めをかけることができ、軍事的な秩序を維持できる余地は残されていると思う。

――インフレの見解に違いがある。

栂野 バイデン政権でインフレが起きたのはまぎれもない事実。ただ、バイデン氏は雇用の大量創出のトレードオフとしてインフレが生じたかのように述べるが、トランプ氏は雇用が回復したのはコロナ禍の反動や不法移民の大量流入が大きく寄与したためと反論した。バイデン氏の説明が説得力に欠け、有権者にはマイナス評価になったのではないか。

――税制に関しても意見が分かれていた。

栂野 税制に対する取り組みは、トランプ氏が全体的な減税によって国民の豊かさをめざす一方、バイデン氏は高所得者に課税した分を中間層の社会保障などに振り向けるという点で異なる。ただし、両者とも中間層には増税せずに支援していくという点で一致している。

――その他、気になった点は。

栂野 2024年の選挙結果を認めるかどうかについて、トランプ氏が「合法でいい選挙なら認める」と留保を付けたのが気になる。米連邦議会襲撃や分断加速の懸念が払拭されず残ったからだ。中国やロシア、北朝鮮など安全保障を脅かす国々は米国の内政混乱を願っていると思うので、今回の選挙リスクとして認識する必要があると感じた。

写真:ロイター/アフロ


栂野 裕貴:日本総合研究所調査部 研究員
2019年3月、東京大学法学部(政治コース)卒業。2021年3月、東京大学公共政策大学院修了。2021年4月より現職。担当分野は米国経済・政治情勢、エネルギー政策。

地経学の視点

 異例づくしのテレビ討論会だった。開催時期を例年の9、10月から大幅に前倒しし、主催者も非営利団体からテレビ局に変更。4年ぶりの因縁の対決は、バイデン氏の年齢やトランプ氏の大胆発言に注目が先行した。

 しかし、2024年の「選挙イヤー」を締めくくる米大統領選は、地政学リスクの観点からも極めて重要なイベントだ。ウクライナや中東の紛争、台湾有事などを巡る米国の外交・安全保障政策は同盟国だけでなく、敵国にも大きな影響を及ぼすからだ。

 即時停戦を豪語するトランプ氏からは戦略が全く見えてこないが、トランプ再選による米露関係の改善は、ウクライナ戦争を有利に運び、さらに領土拡大をめざすプーチン氏にとって渡りに船だろう。また、栂野氏の言うように選挙結果によっては米国の分断加速を招く恐れもある。2025年はこうした「トランプリスク」を織り込む1年になるかもしれない。

実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

著者の記事