脱炭素化のカギの一つとなるのがEV(電気自動車)。米国はEV産業の国内化を急ぎ、欧州ではコスト競争力で急速に力をつけた中国製EVに対し不正競争の疑いの目を向ける。
世界初の量産EVは、2009年発表の三菱自動車「i-MiEV(アイミーブ)」だ。翌年には日産が「リーフ」を発表し、日本は世界のEV市場をリードしていた。同時に、EVのインフラとして急速充電器の規格「CHAdeMO(チャデモ)」を世界に先駆けて提案したのも日本だ。
だが現在、急速充電器の規格は日米欧中がそれぞれ独自方式を打ち立て、北米ではイーロン・マスク率いるテスラが考案した充電方式が「事実上の標準」となる見込みだ。チャデモを推進するはずの日本の自動車メーカーも、北米向けEVはテスラ方式を採用する方針を次々に表明。このままではチャデモは「日本のガラパゴス規格」になりかねない。なぜ日本は一日の長を生かせなかったのか。
EVの充電器には「普通充電器」と「急速充電器」の2種類がある。
普通充電器の出力は10kW(キロワット)未満で、数時間かけて充電する。低出力だが設置・運用コストは低く、自宅や集合住宅、商業施設などに設置される。自宅などにユーザーが長時間滞在している間、駐車しているEVの充電が完了する——といった利用シーンが想定されている。
一方、急速充電器は出力が高く(国内のものは平均出力約40kW)、30分ほどで一定程度充電できる。その主な用途は、道中の「つぎ足し」だ。一般に、通常のエンジン車に比べてEVの航続距離は短い。一回の満充電で500㎞以上走れるEVは一部の高級車種に限られるため、遠出の際は「つぎ足し」をするわけだ。高速道路のサービスエリアや道の駅などに設置されており、軽い休憩の間に、目的地(あるいは次の急速充電器設置場所)までの電気をバッテリーに蓄える。EV普及には、普通充電器と急速充電器、双方のインフラ充実が欠かせない。
世界初の量産急速充電器が生まれたのは、三菱アイミーブが市場に送り出された2009年。当時、三菱自動車でアイミーブの開発プロジェクト責任者を務めた日本電動化研究所代表取締役の和田憲一郎氏は、「アイミーブを出すに当たり、普通充電だけでは使い物にならないので、当時、複数の日系自動車メーカーと東京電力、コネクターメーカーと共に開発をしていた急速充電機器を、複数の企業に開発依頼し、製作していただいた」と話す。これがチャデモの原型となり、翌10年3月に東京電力、日産自動車、三菱自動車、富士重工(現スバル)、トヨタ自動車の5社を幹事会員としてチャデモ協議会が設立された。メンバーには欧米の自動車メーカーも入った。
急速充電器が世界で普及すれば、「日の丸EV」の発展に大きく弾みがつく。経済産業省は同協議会設立の翌月に「次世代自動車戦略2010」を公表、チャデモ規格の国際標準化を戦略の柱の一つに据えた。さらに7月、協議会は国際標準機関にチャデモ規格を提案、欧米に先んじて急速充電器の規格標準化に向けた動きを進めた。
欧米中の「後出し」で規格争いに
2011年にはアイミーブの姉妹車が欧州で販売され、チャデモは12年1月に国内外で累計設置台数1000台を達成する。こうしたなか、ドイツ勢を中心とした欧米自動車メーカーは危機感を抱き始めた。12年5月、ドイツと米国の大手自動車メーカー8社は急速充電の新規格「Combined Charging System(CCS)」を提案、充電器の現物もないうちに国際標準化の働きかけを強め、チャデモと全面対決することとなった。
さらに、当初チャデモを推していた中国も、「GB/T」と呼ばれる独自規格を国際標準機関に申請した。GB/T の実体は「チャデモの端子配置とプロトコルの一部を変えた、チャデモに極めて類似した規格」(和田氏)であるものの、最終的には欧州の「CCS2」、米国「CCS1」、そしてチャデモと共に、国際標準規格として承認された。
GB/Tは中国の国家規格でもあるため、中国で発売するEVはGB/T準拠が必須となる。その他の地域でチャデモはCCS陣営と争う形となるが、旗色は悪い。米国でCCS1の普及を図る充電設備大手エレクトリファイ・アメリカ(EA)は、今後チャデモを増設しない方針だ。欧州では、紆余曲折を経て、「少なくともCCS規格の充電器を設置すること」というルールとなった。つまりチャデモは、CCSと双方のケーブルを備える充電器であれば設置できるが、CCS2のシェアが過半を超えるなか、チャデモ規格の充電器を新設するインセンティブは乏しい。
伏兵の急襲
国際標準化争いを尻目に、伏兵も現れた。米テスラが2012年に導入した自社車両専用規格「スーパーチャージャー(TPC)」だ。最大出力250kW、普通・急速兼用(プラグ形状が同一)で、充電器のケーブルも軽く、小柄な女性や高齢者なども取り扱いが楽だ。同社のセダン「モデル3」の最新モデルは、カタログ値で706㎞の航続距離、TPCを使えば15分で282㎞分の充電が可能とうたう。
「軽量・高出力」を武器に、テスラは独自規格から標準化への道を歩み出す。2022年11月、TPCを新たにNACS(North American Charging Standard=北米充電標準規格)として公開し、北米標準を目指す方針を打ち出した。現在、北米では1万2000基以上のTPC(NACS)が設置されており、地域内で最も普及している。NACSには、GM、フォードといった米国メーカーに加え、チャデモを推進してきた日産、ホンダ、トヨタ、そしてスバルも、北米向けEVについてはNACSを採用すると相次いで表明。結果、充電規格は5つで争われることとなった(図)。
チャデモ(日本) | CCS1(米国) CCS2(欧州) | GB/T(中国) | TPC(北米) | |
出力 | 平均40kW(事実上の最大出力は150kW) | 最大350kW | 最大240kW | 最大250kW |
備考 | 日中共同で最大出力900kWの新規格チャオジを開発中 | 欧米の姉妹規格 | 日中共同で最大出力900kWの新規格チャオジを開発中 | テスラの独自規格から北米標準規格(NACS) |
現在、チャデモは日本国内では圧倒的シェアを保つものの、「国際標準」の夢はかすんだ。今後NACSが日本で普及する可能性も否めない。
アンフェアだった「世界の土俵」
EVと共に世界に先駆けて充電インフラ規格を提案したチャデモは、なぜ先行メリットを生かせなかったのか——。
理由の一つは、欧米のルールメイクのしたたかさだ。
チャデモとCCS陣営が争った、電気・電子機器に関する国際標準機関であるIEC(国際電気標準会議)では、議決に際し国を代表する会員による投票が行われる。日本の議決権は1票だが、EU域内の会員は「欧州有利に運ぶべく、党議拘束のように20数票が投じられる」(チャデモ協議会の姉川尚史会長)という。
市場で平等に戦う機会も奪われた。米国で昨年成立したIRA(インフレ抑制法)は、多額の補助金や税額控除でグリーン技術を支援する法律だが、EVの最終組み立てが北米で行われることを必須とするなど、実質的には米国の保護政策だ。「CCS1はIRAの補助金支給対象だが、チャデモは対象外だ(姉川会長)」。チャデモは、欧米の「パワー」の前にアンフェアな戦いを強いられた。
だが、劣勢の背景はほかにもある。チャデモのコンセプトが「理想的過ぎた」ことだ。
姉川会長は「協議会が世界に提案したのは規格ではなく、急速充電というアイディアだ」と話す。つまり、自宅などでの充電に加え、「つぎ足し充電」が可能になれば、安価で合理的なEVが普及する、というのが協議会の提案だった。
EVの弱点は航続距離だ。日産が昨年発売を開始した軽EV「サクラ」の航続距離はカタログ値で180㎞。一般のエンジン車は500㎞を超えるように設計されており、一度の満タンで走れる差は大きい。EVがエンジン車並みの航続距離を確保するには、大容量のバッテリーを搭載する必要があるが、そうしたバッテリーは重く、高価だ。重くなれば「電費」も悪くなる。しかし、道中に急速充電が普及していれば、EVには小さく安価なバッテリーを搭載すればよく、エネルギー効率も高まる。日本では、たまの遠出を除けば一日100㎞を超える運転はまれだ。日常の買い物程度であれば、「サクラ」の航続距離で十分まかなえる。
ただ、大陸で長距離移動が日常の欧米では事情が別だ。一度の充電で長く走れる大容量バッテリーを積み、そのバッテリーに早く充電できる大出力の充電器が市場から求められた。出力が大きい充電器は高価だが、欧米はそこに多額の補助金を付けている。
「正論本位」の落とし穴
チャデモのコンセプト自体は「正論」だ。しかしその手段は、少なくとも欧米の市場ニーズに沿ったものだったとは言い難い。こうした「正論本位」が、ユーザーの利便性を後回しにしてはいないか。
例えばケーブルの重さ。海外では、CCS規格の充電器のコネクタにヒビが入るなどの事故が報告がされているが、これまでチャデモ規格の充電器で地震、水害、水没による事故発生は確認されていない。加熱事故を防ぐために空冷式を採用し、頑丈さを重視してケーブルを太くしているためだ。ただその分、重量はかさむ。
これに対し、テスラの最新充電器は水冷式で加熱の問題をクリアしており、ケーブルも軽量化されている。デジタルマーケティングを手掛け、チャデモ協議会の賛助会員でもあるアユダンテの安川洋代表取締役は、「チャデモ協議会はEVユーザー本位ではない」と語気を強める。
姉川会長は東電出身。東日本大震災の原発事故の経験から、安全には人一倍のこだわりをもってきた。チャデモは相当慎重に安全マージンを見積もって設計されているが、ケーブルの取り回し性は犠牲になった。もちろん安全性確保は「正論」だが、安川氏は「ケーブルを太くするのではなく、耐熱性のある絶縁体で導体部を被覆すればいいと協議会メンバーに提案したが、受け入れられなかった」と話す。
テスラのケーブルが軽いのには、もう一つ理由がある。テスラ車は充電ポートの位置が「左後方部」に統一されており、それに合わせてケーブルを短く設計してある。他の自動車メーカーは充電ポートの位置がバラバラで、チャデモはどの車両にもケーブルが届くよう長くせざるを得ず、当然重くなる。
もちろん、もともとは独自規格で、車両から充電器まで自社設計しているテスラと、標準規格であるチャデモではスタートラインから違う。だが、チャデモ協議会も自動車メーカーが参画しているのだから、もっとEVユーザーの利便性に配慮した規格づくりの工夫があっていい。高出力の急速充電は高価だが、本気で国際標準を取りにいくなら、もっと補助金を付けてインフラを普及させ、欧米にアピールする戦略もとれたはずだ。
経済産業省は10月18 日、「充電インフラ整備促進に向けた指針」を策定、公表した。充電設備の設置目標を2030年までに全国で30万口(普通・急速合計)と、従来から倍増させた。高速道路では150kW級の急速充電器の整備を強化する方針も盛り込んだ。
しかし、2010年の施策のようなチャデモ国際化の戦略は見当たらない。同指針では、日本の急速充電器はチャデモ対応がほとんどだとしつつ、「欧州ではCCS2、米国ではNACS、中国ではGB/Tの規格が、急速充電器の設置基数のうち過半数を超えている」と、現状認識が示されているだけだ。経産省は協議会と共にチャデモ普及を図ってきたはずだが、「規格のシェアは市場が決める。チャデモへのスタンスは『自然体』だ」(製造産業局自動車課)と、にべもない。
「日本のガラパゴス規格」で終わらぬよう、チャデモも大出力化を図ろうとしている。協議会は中国と協力して新たな急速充電規格ChaoJi(チャオジ)を開発中だ。最高出力900kWの「超急速充電」で、将来的に中国では現在のGB/Tから順次チャオジに置き換わる見込みだ。チャデモもチャオジ規格に準拠することで、日中の急速充電規格を統一するロードマップを描く。一方、米中対立が激化し、脱・中国依存が日本を含めた西側諸国の重要な政策課題となっている今、標準規格で中国と組むことがリスクとなることは否めない。協議会、自動車メーカー、経産省は、国際社会やユーザーに響く「あるべき充電インフラ像」を今こそ再考すべきだ。
写真:ロイター/アフロ
地経学の視点
取材中、チャデモ協議会の姉川会長は「地球環境を考えれば、ガソリン車と同じようなライフスタイルは基本的にあり得ない」と語った。
脱炭素のために、EVは航続距離を犠牲にしてでも安価で合理的であるべきだという考えは正しい。だがそれは、移動の自由の象徴であり、日本を含め先進国の基幹産業でもある自動車に対し、公共を優先した行動変容を促すということだ。いわば、「エゴ」から「エコ」への変化を迫るものといえる。
産業の維持・発展の観点からは、EVをテコに自動車業界が活性化するシナリオがベストだが、公共性を優先しすぎれば自動車がコモディティー化し、業界がシュリンクする可能性だってある。国や協議会は、「理想的なEV像」が自動車業界に与えるインパクトを読み切れていただろうか。最後発のテスラは、高出力や独自規格といった「エゴ」優先のEVインフラ普及を図ったが、それが評価され、北米の事実上の標準となりつつある。
チャデモには、他の規格にはない「V2X」という機能が備わる。これは充電だけではなく放電も可能とする仕組みで、電化製品や住宅などと電力の相互融通ができる。例えば災害時にはチャデモ対応のEVは非常用発電機にもなる。こうした「クルマ」と「モノ」をつなげる拡張性の高さをうまく伝えていくことも大切だ。
姉川会長は、今年6月に米カリフォルニア州で行われたEVシンポジウム「EVS36」で、チャデモの安全性やV2Xをアピールし、「CHAdeMO will never die」と聴衆に訴えた。高い理想を広げるためにも、市場から選ばれるために何が必要か、官民でもっと考えてほしい。(編集部)