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2023.06.02 外交・安全保障

広島サミットのもう1つの成果、「日英アコード」の真の意味

末次 富美雄

 3月、岸田首相は、外交専門誌『外交』への寄稿文で、「ロシアによるウクライナ侵略は、欧州のみの問題ではなく、国際社会全体のルール・原則への挑戦」とした上で、日本の厳しい安全保障環境を考慮し、「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」との認識を示した。明らかに中国を意識した言葉である。5月19日~21日に開かれた主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)の首脳宣言の地域情勢に、中国による東シナ海、南シナ海、台湾海峡における行動に懸念を示す項目が加えられたのは、G7首脳が中国に対する脅威認識を共有している証左であろう。

 一方、首脳宣言には、中国に懸念を示しつつも、グローバルな課題や共通の関心分野において中国と協力する必要性も同時に強調している。そして、「デカップリング(分断)」ではなく、リスクをコントロールする「デリスキング」と多様化が必要とし、それぞれが国益に応じて行動すると明確に述べている。ここから読み解けることは、冷戦時代のようにどちらかの陣営に属することに安住し、思考停止に陥る事は許されないということであろう。米国一国頼みではない安全保障にも配慮が必要なのである。

 その第一歩となるのがG7広島サミット中に日英で合意した「強化された日英のグローバルな戦略的パートナーシップに関する広島アコード」であろう。同アコードは、安全保障分野、経済分野及びグローバルな課題における両国の協力指針を示すものである。「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」というG7広島サミット首脳宣言で示された原則と共通の価値観を踏襲するとともに、日英関係の今後の方向性として「欧州大西洋とインド洋の安全保障と繁栄は不可分」との認識の下、共通の安全保障上の能力の強化をうたっている。

 安全保障分野の協力として、「次期戦闘機共同開発協力の機会を利用したサプライチェーンの統合化」、「日英RAAに基づく共同演習等を拡充し、相互運用性を向上」そして「自衛隊によるアセット防護措置適用の可能性を視野に二国間活動をより高いレベルに引き上げ
る」等が挙げられている。これらはいずれも今までの日英協力から大きく踏み込んだ内容である。それぞれ見て行こう。

GSOMIA、ACSA、RAA…強まる日英の絆

 「サプライチェーン」の統合化は、ウクライナ戦争の教訓を反映したものと言える。現在ウクライナが、世界第2位の軍事大国と言われていたロシアを相手に1年以上戦いを継続できているのは、ロシアの戦争指導のお粗末さに加え、北大西洋条約機構(NATO)を中心とした装備等の支援があることは間違いない。装備武器が高度化し、値段の高騰が著しい現在、大規模な紛争などが起きた場合、海外から装備そのものや予備費品などの支援を得ることが今まで以上に必要となる。「サプライチェーン」の統合化は、装備武器の効率的な調達に加えて、有事におけるレジリエンス向上に大きく貢献する。

 「相互運用性の向上」には2つの側面がある。一つは、部隊練度そのものの向上である。共同演習と言っても相手国によってそのレベルは大きく異なる。自衛隊の場合、米軍との共同演習のレベルは他国と比較にならないほど高い。英軍は、米軍と深い関係を持っており、米軍に次ぐレベルの演習となることが期待できる。そしてもう一つは対外的な効果である。日英共同部隊の編成は、一時的とはいえ兵力の増加に他ならない。兵力量が抑止力に直結することから、日英両国が相互運用性を高めることは、日本の抑止力向上に資する。

 G7サミットに先立ち、スナク首相はF-35B搭載のために改造が予定されている護衛艦「いずも」を視察した。将来英海軍空母クイーン・エリザベスが日本周辺を行動する際、相互のF-35Bを共同運用すること、さらには日本に整備が予定されているF-35のアジア・太平洋整備拠点を活用することを視野に入れたものであろう。

 次に「アセット防護措置適用の可能性」である。2015年に改正された自衛隊法第95条の2では、「自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動に従事している米軍等の部隊の武器等を防護するための武器使用」が許されている。「米軍等」とされており、英軍も含まれることは当然である。しかしながら、広島アコードでは適用の「可能性」との表現にとどまった。これは、「我が国の防衛に資する活動」に英国がどのようにかかわるかが不明確であるためであろう。

 米軍の場合は、日米安保条約上、米軍アセット防護に疑問の余地はない。一方、日本防衛に英軍が係る法的枠組みは存在しない。英軍が参戦するのは、自国防衛はもちろんのこと、NATO条約第5条の集団防衛が適用された時である。このことから、現時点では「アセット防護措置適用の可能性」とされているが、NATOとの連携を含め、日英の防衛協力をさらに一段階ステップアップさせることを視野に入れていると考えられる。日本と英国の防衛協力は、外務・防衛閣僚会議(2+2)、防衛技術協力、秘密保護協定(GSOMIA)、物品相互融通協定(ACSA)、そして今年1月に締結された部隊間円滑化協定(RAA)と多岐にわたる。今回の「広島アコード」は、これをさらに強化するものと言える。

インド太平洋と欧州の安全保障は不可分

 地理的に離れている日本と英国の防衛協力は、かつては象徴的な意味しか持っていなかった。しかしながら、ロシアのウクライナ軍事侵攻は、資源やエネルギーのみならず、防衛装備のネットワークが重要なことを我々に現実として突き付けている。その観点から、インド太平洋と欧州の安全保障は不可分という「広島アコード」の現状認識は正しい。5月10日にNATOストルテンベルグ事務総長がCNNテレビのインタビューで、NATOの連絡事務所を東京に開設することを日本政府と協議中であると明らかにしている。NATOも同様に欧州とインド太平洋の安全保障の不可分性を十分に認識している。

 日本は令和5年度を「防衛力抜本的強化元年」に位置付け、約6兆8千億円もの防衛費を積み上げている。しかしながら、「敗戦後遺症」とも言える防衛力に対する過剰な制限が全て解決されたとは言えない。日英伊で共同開発する次期戦闘機を国際市場に提供するためには、「防衛装備移転三原則」の運用指針の改正や携わる人間の「セキュリティ・クリアランス」制度が不可欠であるが、議論が進んでいるとは言えない。更には、自衛隊による英軍アセットの防護には、単に訓練の為だけではない、共同対処の法的枠組みが必要であるが、これについては議論が緒についた様子すらない。防衛力の抜本的強化には制度的担保が不可欠である。インド太平洋と欧州の安全保障は不可分であるとの基本認識の元、重層的な安全保障体制を構築する努力が日本に求められている。

提供:Simon Dawson/No 10 Downing Street/Eyevine/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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