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2023.05.30 安全保障

ミサイル破壊措置「準備」命令への違和感…小手先の手続きで地元理解は得られない

末次 富美雄

 浜田靖一防衛大臣は4月22日、北朝鮮が発射準備を進める軍事偵察衛星1号機の打ち上げに関し、自衛隊に対し「破壊措置準備命令」を下令した。これにより、沖縄県の離島にPAC3(地対空誘導弾)の配備が進められた。さらに5月29日、北朝鮮が5月31日から6月11日までの間に「衛星を打ち上げる」と表明したことを受け、浜田大臣は「破壊措置命令」を発出。迎撃の態勢を整えた。

 破壊措置命令は、自衛隊法82条の3に基づく自衛隊の活動であり、2005年に同規定が定められて以降、幾度となく発令されている。一方、「破壊措置準備命令」は、同法の規定にはない「一般命令」で、筆者が記憶する限り初めての発令だ。つまり今回は、準備命令を経て破壊措置命令が下されたという形になる。

 しかし実は、「常時、破壊措置命令は下されている」ことは暗黙の了解となっている。
 
 自衛隊法82条の3により、破壊措置命令は原則として内閣総理大臣の承認を得て発令されることとなっている。だが、内閣総理大臣の承認を受けるいとまがない場合を考慮し、期間を定めて破壊措置命令を「常時発令状態」とすることが可能である旨も規定されている。

 北朝鮮が弾道ミサイルを発射した場合、弾道によっては10分程度で弾着する可能性があることから、同命令は常時発令され、3カ月ごとに更新する態勢となっているとされる。防衛省は「自衛隊の運用は明らかにできない」という理由で、常時発令状態にあることを公式には認めていない。しかし、軍事的合理性や、防衛省の市谷の敷地に航空自衛隊のPAC3が展開していることから、「破壊措置命令」が常時発令されていることは間違いないであろう。

ミサイル配備先の地元配慮か

 ここで改めて疑問が湧く。既に「破壊措置命令」が発令されているにもかかわらず、なぜ浜田防衛大臣は今回「破壊措置準備命令」を下令したのであろうか――。

 「破壊措置命令」の破壊対象は弾道ミサイルだけではなく、「その落下により人命又は財産に対する重大な被害を生じると認められる物体であって航空機以外のものをいう」と規定されている。

 北朝鮮が2016年2月に「人工衛星」と称する飛翔体を発射した際は、朝鮮半島西方、東シナ海、フィリピン東方の3カ所に危険海域(ブースターおよび飛翔体先端部を覆う「フェアリング」の落下予想海域)が設定された。官邸対策室は、発射直後に飛翔体は5つに分離、うち2つは朝鮮半島西方および東シナ海の指定された海域に、もう一つが先島諸島上空高度400キロを通過し、本邦南約2000キロの太平洋上(危険区域外)に落下したと公表している。

 今回、北朝鮮が、同国北西部の西海衛星発射場からフィリピン東方に向けて「軍事衛星」を発射するのであれば、打ち上げ失敗に伴う破片のほか、最悪の場合、飛翔体そのものが南西諸島に弾着する可能性は否定できない。従って、既に常時発令されている「破壊措置命令」の対象であることは間違いない。

 防衛省は南西諸島防衛力強化策として、2016年に与那国島、19年には奄美大島と宮古島にそれぞれ陸上自衛隊の駐屯地を設置している。今年3月には石垣島に地対艦ミサイル、地対空ミサイル部隊を主体とする駐屯地が設置された。しかしながら、弾道ミサイルに対応できる航空自衛隊のPAC3は、同地域には配備されていない。

 本来であれば、破壊措置命令は常時発令中である以上、PAC3の沖縄方面への展開は、自衛隊部隊運用の範疇(はんちゅう)であり、防衛大臣からの準備指示は不要である。ただ、これら駐屯地設置に関し、それぞれの地元において反対派と誘致派が対立し、その火種はくすぶり続けている。

 特に、石垣島駐屯地建設に当たっては、基地内の弾薬庫について、防衛省側が「小銃等の小火器の保管庫」と説明したにもかかわらず、実態は「地対艦ミサイルや地対空ミサイルの弾薬庫」だった、防衛省の虚偽説明である――という反対派の批判が高まった。

 専門の立場からすれば、そもそも地対艦、地対空ミサイルの部隊にそれらミサイルを保管する弾薬庫が設置されないというのは常識から外れており、説明に際し何らかの食い違いがあったとしか考えられない。結果として、今年3月の部隊開隊のための弾薬搬入に当たっては、反対派によるデモが行われた。このような不信感が自衛隊の基地に向けられるのは不幸なことである。

 玉城デニー沖縄県知事も、沖縄の自衛隊増強について、「県民に不安がつのっている」と懸念を示し、国に議論と説明を求めている。浜田防衛大臣があえて「準備命令」を明らかにし、その上で(実際には発令済みの)破壊措置命令を下した背景には、段階的な手続きを踏むことによって、地元への説明不足という批判を避けることを意図したものとみられる。

必要なのは防衛費増大だけではない

 政府は2023年度を「防衛力抜本的強化元年」と位置付け、約6兆8000億円もの防衛予算を計上。防衛予算を確保するための予算措置や増税に関する議論が進んでいる。もちろん予算や人員確保は重要だが、忘れてはならないのは国民の理解である。

 昨年11月に内閣府が実施した世論調査では、約91%が自衛隊に良い印象を持っているとの結果が示されている。自衛隊に期待する役割としては、1位が災害派遣(88.3%)、2位が国の安全確保(78.3%)である。いずれも従来と順位は変わらないが、国の安全確保については、前回調査時(2018年)の60.9%から大きく増えている。わが国周辺の安全保障環境の厳しさに対する国民的理解が広がっていることは間違いない。

 しかし、防衛への理解が深まることと、地元に自衛隊基地や米軍が所在することを歓迎するかどうかは別である。いわゆるNIMBY(Not In My Back Yard:わが家の裏庭には置かないで)は世の常だ。北朝鮮の「人工衛星」打ち上げ失敗による被害を防ぐためには、PAC3の配備が必要なことは理解できるが、できれば他の場所にいてほしいということであろう。

 政府は継戦能力向上のため、米国のトマホークを含む長距離ミサイルや他の弾薬、燃料の備蓄を進める方針である。ロシアの軍事侵攻を受けているウクライナが、武器弾薬の補給をNATO(北大西洋条約機構)などに求めている教訓から、ミサイル等の備蓄の必要性は、多くの国民も理解している。しかし、「必要なのだから我慢しろ」では理解が得られない。丁寧な説明と、理解を得る努力がこれまで以上に必要となってくる。

実態を糊塗する説明と、ためにする議論の不幸

 地元対策として必要なのは、その場を取りつくろうための説明ではない。2020年のイージスアショアの配備(秋田・山口県)断念は、悪しき典型例であろう。防衛省の地元説明資料の不具合や不誠実な態度が背景にあったとはいえ、配備断念の最も大きな理由は、「ブースターを演習場内に確実に落下させる」という確証のない約束をしたことである。

 イージスアショアのミサイルが発射される事態は、日本に対する弾道ミサイル攻撃があった際であり、ブースターの落下場所を気にするような事態ではない。地元説明時に「ブースター等が分離した場合、落下したものはどうなるのか」との質問には、日本が弾道ミサイル攻撃を受けた場合のリスクとして甘受せざるを得ないと誠実に説明すべきであった。「リスクがない」という説明に固執した結果、イージスアショア配備断念というさらに大きなリスクを抱えることになったのである。

 防衛力強化の一環として進められているスタンド・オフ・ミサイル(長距離対艦ミサイル)の配備先についても同様の懸念がある。石垣島市議会は昨年12月、石垣島に「反撃能力を持つミサイルの配備を容認できない」との意見書を可決している。昨年12月23日の東京新聞は、同意見書採択を主導した議員の「反撃能力保有は、周辺諸国の受け取り方によって、攻撃の意思があると見なされ、直接的な戦争を引き起こす恐れがある」との意見を紹介している。

 反撃能力に関する政府の説明は、わが国に武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、「武力行使3要件」、すなわち(1)日本や密接な関係の他国への武力攻撃で日本の存立が脅かされる明白な危険がある、(2)その排除のために他に適当な手段がない、(3)必要最小限度の武力行使――に基づき相手の領域に反撃を加える能力である。そして、その手段としてスタンド・オフ・ミサイルの活用を考慮するというものだ。

 その趣旨を理解すれば、相手からの攻撃が前提であり、「相手に攻撃の意思があると見なされる」との指摘は当たらない。そもそも、脅威を判定する場合、相手の「意図」ではなく「能力」に注目するのは、相手の意図を推定するのが困難であることに加え、意図は一晩で変わるからである。一方で、自らの防衛能力に関し「相手に脅威を与える」という解釈は、自らの政権を信頼していない証左であり、ためにする議論でしかなかろう。

残された時間は少ない

 防衛省は、すでにトマホーク400発の購入契約を締結しており、2026年度以降の配備が計画されている。現時点で防衛省は、スタンド・オフ・ミサイルの配備先は未定としているが、これは、言質をとられ、反対運動が広がることを恐れているためであろう。ある意味イージスアショアの教訓を生かしているとも言えるが、時間稼ぎにしか過ぎない。

 当面イージス艦に搭載するとしても、長距離ミサイルの国内開発も同時に進められている以上、スタンド・オフ・ミサイルの配備先はいずれ明らかにしなければならない。地元の理解を得るための特効薬はない。「2026年度以降配備」というスケジュールを考慮すると、残された時間は多くない。早急に地元対策に取り掛かるべきであろう。

 今回の「破壊措置準備命令」の発令、そして改めての「破壊措置命令」の発令は、切迫した有事においても、段階的な手続きを踏まなければPAC3のような装備の持ち込みはできない、という「前提」になりかねない。また、米海兵隊が進めつつある、長距離攻撃能力を持つ「海兵沿岸連隊(MLR= Marine Littoral Regiment)」沖縄展開の障害となる能性もある。

 もちろん、防衛力の抜本的強化には国民、特に防衛拠点を置く地元の理解が不可欠であり、そのためには丁寧な説明を重ね、信頼獲得を積み上げるしかない。辺野古基地建設に執拗に反対している玉城デニー沖縄知事も、日米安保が東アジアの平和と安定に寄与してきたことや、沖縄県民の自衛隊に対する理解が進んでいることは認めている。

 自衛隊の強化やスタンド・オフ・ミサイルの配備に関し、そのリスクを糊塗(こと)するのではなく、リスクがあることをきちんと説明した上で、地元理解を求めていく必要がある。イージスアショア配備断念の二の舞は絶対避けなければならない。

写真:AP/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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