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2023.04.28 安全保障

ロシア軍のガバナンス不全から学べ、自衛隊の統合司令部設置に求められる覚悟

末次 富美雄

 1月にロシアのウラジミール・プーチン大統領が「特別軍事作戦」と称するウクライナ侵攻の総司令官に任命されたワレリー・ゲラシモフ上級大将の存在感が薄い。そもそも、2022年2月の侵攻当初は誰が全体の指揮を執っているか判明せず、アレクサンドル・ドヴォルニコフ上級大将の任命が明らかにされたのは4月であり、5月にはゲンナジー・ジドコ大将、10月にはセルゲイ・スロヴィキン上級大将、そして現在のゲラシモフ上級大将と指揮官が頻繁に交代している。ゲラシモフ上級大将は1月の指揮官就任時に、プーチン大統領から3月末までにドンバス地域(ドネツク、ルハンスク州)の完全制圧を指示されたと伝えられている。だが4月末現在、バムフト争奪戦が継続しており、ドンバス地域の完全掌握には程遠い状態にある。ゲラシモフ上級大将の更迭もあり得る状況ではあるが、2012年以降10年にわたり総参謀長の地位にあり、海外に知己が多い同氏を解任するには大きなハードルがある。

 ロシアのウクライナ侵攻における総司令官の頻繁な交代は何を意味しているのであろうか。一般的に、予算や組織制度等を管轄するのが「軍政」、そして軍の作戦を行うのが「軍令」とされている。現在のロシア軍であれば、「軍政」はセルゲイ・ショイグ国防大臣が、「軍令」をゲラシモフ総参謀長兼特別軍事作戦総司令官がとっているという位置づけとなる。

 「戦争とは、異なる手段をもって継続される政治に他ならない」と戦争の古典とも言える『戦争論』においてクラウゼヴィッツが述べている。これは、「軍令」は「軍政」の下にあることを意味しているのではない。プーチンという国家指導者の下で、両者は同格、車の両輪の関係である。「軍令」のトップである総司令官が頻繁に交代するのは、特別軍事作戦がうまくいっていない証左であるとともに、ロシア軍のガバナンスに大きな問題を抱えていることも示している。それは、政治目的のために軍事的合理性が無視されているのではないかということである。

 実際、ウクライナ戦争におけるロシア軍事作戦にはちぐはぐさが目立つ。例えば、戦車や装甲車そして補給車両等が一列に道路上に並んだために、攻撃を受け立ち往生している動画がいくつか確認できる。更には不十分な航空制圧も指摘できる。このような軍の連携不足は、政治指導者であるプーチン大統領と「軍令」の間を調整しなければならない「軍政」が機能していないことを意味する。敵に勝つための軍事的合理性を理解しないプーチン大統領の、「ゼレンスキー政権はあっという間に崩壊する」という思いこみによる戦闘によるしわ寄せ、責任転換が「軍令」トップに負わされているのである。

 ロシア軍の現状は、防衛力抜本的強化の一環として統合司令官と統合司令部創設を検討しているわが国にとって大いに参考となる。

 現在、自衛隊の運用は、事態に応じて統合幕僚長が統合部隊指揮官を指名し、当該指揮官を通じて部隊指揮を行う形式である。常設の統合司令官が存在する米軍と大きな違いがここにある。統合幕僚長が、前述の「軍政」と「軍令」双方を一人で担っている形である。2011年の東日本大震災時の折木元統幕長は、総理及び防衛大臣に対する補佐に関する業務量が多く、部隊運用への目配りが不十分であったとの反省を述べている。「軍政」と「軍令」を兼ねた弊害であろう。

 設置が検討されている統合司令官及び統合司令部は、自衛隊の「軍令」を担い、統合幕僚長を「軍政」に専念させる仕組みである。米軍等統合参謀本部議長と自衛隊統合幕僚長が、米太平洋軍司令官と自衛隊統合司令官がそれぞれカウンターパートとなる仕組みとなり、バランスが取れる。

 今後、統合司令部設置に向けて検討が進められるが、その際考えておかなければならないことは「痛みを覚悟する」ことである。

 第一に人員の問題である。防衛力の抜本的強化には、省人化やアウトソーシングという項目は挙がっているが、自衛隊員そのものの増員は含まれていない。従って、新たな組織を作るのであれば、既存組織の改編、すなわち「スクラップ・アンド・ビルド」が必須である。特に、陸海空の大規模司令部、陸の陸上総隊、海の自衛艦隊そして空の航空総隊を現在の規模で維持することはできない。統合司令部への人員供出、端的に言えば、それぞれのメジャーコマンドの規模縮小が不可避である。そして、統合司令部が効率的に機能するためには、長年染みついた陸海空のカラー、極端な言い方をすれば、陸海空のそれぞれの幕の利益代表のとなりがちな予算要求(分取り合戦)を通じて積み重なった、陸海空の間にくすぶる相互不信を払しょくする意識が必要である。

 次に、人員に関連する問題として、階級構成の見直しが必要である。統合司令官は当然「将官」、しかも統合幕僚長相当の「将官」でなければならない。防衛省が公表している『数字で見る!防衛省、自衛隊』によれば、陸海空の将官の合計は62人である。これら将官は同じ「将」でも格が異なる。統合幕僚長をトップとして、次に各幕僚長、そして各司令官、総監、師団長等の順となる。統合司令官や副司令官といったポストを新設した場合、それぞれの格の見直しをしなければならない。どこかのポストを将官から将補又は佐官に、更には全体の階級構成を見直さなければならない。陸海空どの自衛隊が、統合司令官の将官級ポストを提供するのか、組織防衛というしがらみを捨て去る勇気がなければ実行は危うい。

 最後に、陸海空のメジャーコマンドの人員削減に伴い、統合司令部への任務移管が不可欠であるが、メジャーコマンド指揮官が今まで保有していた機能を失うことに大きな抵抗を示す可能性がある。1997年に設置された情報本部は、陸海空自衛隊情報部門から人員を吸い上げ、それぞれの自衛隊が喪失した機能は情報本部が行う方針であった。しかしながら、陸海空の情報部門は、規模の縮小を受け入れつつも、陸海空それぞれ固有の情報機能が必要という理由で、一定の機能を保持し続けている。統合司令官及び司令部設置の際も同様の状況となる可能性がある。定員増が認められない状態で、それぞれが機能を持ち続けた場合、そのしわ寄せは、末端部隊の実員不足に直結する。メジャーコマンドの指揮官や各自衛隊上層部の勇気ある決断が必要である。

 統合司令部の設置については、「屋上屋を重ねるようなものである」、「軍令と軍政を分離した場合の弊害、相互対立を生みかねない」という指摘があるのは事実である。さらに、さしたる理由もなく変化に無条件で反対する勢力も存在する。しかしながら、ウクライナ戦争におけるロシア軍が、軍事的合理性から外れた、政治指導者の思惑で苦戦を強いられている現状から、「軍政」と「軍令」の分離は、一定程度の痛みを受け入れることを覚悟してでも進めていくべきということは明らかだ。ビジョンはよくても、自ら既得権益を捨て、変化に対応する勇気を持たなければ、統合司令官および統合司令部は有名無実な存在になるという自覚が、現在の自衛隊各級の指揮官には求められている。

写真:代表撮影/AP/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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