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2023.04.10 安全保障

中台の駆け引きは台湾に軍配か、蔡英文「米国経由」から見えたこと

末次 富美雄

 台湾の蔡英文総統は、3月末からの中米2カ国歴訪の「経由地」として、米国を訪れた。3月30日にニューヨークの民間シンクタンクで講演を行い、4月5日にはロサンゼルスでマッカーシー米下院議長と懇談を行った。蔡総統が米下院議長と面談を行ったのは、昨年8月にペロシ前下院議長の訪台時以来2回目だ。この2度の面談の共通点と相違点を比較すると、興味深い事実が浮かび上がる。

 まず共通点として挙げられるのは、中国の各種政府組織がそれぞれ談話を公表している点である。昨年のペロシ訪台の際は、全人代常務委員会、共産党中央委員会、外交部、国防部、そして全国政治協商会議であった。対して、今回のマッカーシー議長との面談時は、全人代外事委員会、共産党中央台湾工作弁公室、外交部および国防部である。

組織ごとに反発の声を上げる中国

 いずれの場合も、習近平国家主席はじめ、中国首脳個人からの発言は確認できない。これは、民主主義国の常識に照らすと奇妙に見える。外交的に機微な問題に関しては、対外発信窓口を一本化するのが西側の「常識」であろう。もちろん首脳に代わって政権中枢幹部が発信することもあるが、中国のように各組織が競って声明を発表するようなケースはほとんど見られない。

 政権首脳が意思表示しないのに、各種政府組織がそれぞれ声明を公表するのは、各組織が首脳の意思を忖度し、自らの存在意義を示す機会としているからだ、との指摘がある。『中国の行動原理』の著者である国際政治学者・益尾知佐子氏は、中国共産党の統治を「国内力学が決める対外行動」と喝破している。台湾問題のような政権の根幹にかかわる問題に対しては、それぞれの組織が旗幟(きし)を鮮明にしないと国内政治で存在感を失う――ということであろう。

 その観点から、蔡総統の「米国経由」を巡る中国側の反応は、中国国内における政権への忠誠度や貢献度を測るバロメーターとしての側面があることは否定できない。報道では、中国国内のみならず、ニューヨークやロサンゼルスでも中国支持者が多く集まったとされているが、中国支持者の動員状況によって担当した組織の価値が評価されるということも想像できる。

今回の演習は抑制的

 会談終了後に行われた中国の軍事演習についても、昨年と今回で共通点と相違点が確認できる。まず共通点は、3日間という短期間であること、主催者がいずれも「東部戦区」であること、そして台湾海峡の中間線を超える飛行を演習の一環として実施していること――である。

 東部戦区は、台湾正面を担当する統合軍である。台湾国防部公表資料によれば、台湾海峡における戦闘機等の飛行は、昨年8月5日に最大68機、うち約30機が「中間線」を越えている。今回の4月8日の飛行は71機、38機が中間線を越えている。ほぼ同程度であり、中間線越えの飛行を台湾への圧力として認識していると推定できる。

 一方で、相違点として指摘できるのは、弾道ミサイルを含む長距離ミサイルの実発射が確認できない点である。8月の演習では、台湾周辺に9発の弾道ミサイルを発射している。これに対し、今回の演習では、4月10日現在、ミサイル等の発射は模擬発射訓練にとどまっている。

 演習開始日にも若干の差異がある。昨年8月は面談の翌日であったのに対し、今回は蔡総統の面談の3日後(4月8日)だ。蔡総統の中米訪問と軌を一にして、国民党の馬英九前総統は中国を訪問した。台湾への帰国日はいずれも4月7日であり、両者の帰国を待って演習を開始したように見える。両者が不在時に演習を実施すれば台湾内部の不安感を過剰に刺激するので、それを避ける配慮が働いた可能性と、演習の実施を含め、その規模について中国内部の議論に時間を要した可能性がある。これらを総合的に考えた場合、今回の中国軍による演習は、比較的抑制されたものであったと言える。

「山東」、初の太平洋航行は想定の範囲内

 台湾国防部は4月5日、バシー海峡を通峡する中国空母「山東」の写真を公表した。防衛省統合幕僚監部も5日に西太平洋を東進する「山東」、ジャンカイⅡ級フリゲート1隻およびフユ級高速戦闘支援艦1隻の合計3隻を確認している。「山東」の太平洋航行が確認されたのは初である。これを受け、一部報道で、蔡総統とマッカーシー下院議長との面談を受けた軍事的対応との評価があるが、後述のように就役からさほど年数を経ておらず、訓練が十分行き届いているとは言えない空母と、フリゲートと支援艦各1隻では、圧力と言えるほどのレベルではない。

 中国空母1番艦「遼寧」は2012年に就役し、太平洋における活動が初めて確認されたのが4年後の16年である。「山東」は19年に就役しており、同じく4年後である今年、太平洋に展開し訓練を積み重ねているという見方の方が自然である。台湾に対する圧力の側面が全くないとは言えないが、中国指導部が軍事的圧力を意図して行動させたとすれば、軍たるものの実態を全く理解しない決定と言えよう。 

今は事を荒立てたくない中国

 蔡総統と米下院議長の2度の面談を比較する上で忘れてはならない違いは、場所である。台湾本島への訪問と、外国歴訪の途次としての「米国経由」では、そのインパクトが大きく異なる。当初マッカーシー下院議長は訪台の意志を示していたが、台湾側が中国の反発を考慮し今回の形を選択したとされる。声高に非難するものの、中国の軍事的行動が抑制的であるのは、米台の中国に対する配慮を評価した面もある。

 中国が一番懸念しているのは、来年1月の台湾総統選であろう。与党民進党は、昨年11月の統一地方選挙で大敗、支持率も急降下した。蔡総統も責任をとって民進党党首を辞任している。今年2月の民間シンクタンク・台湾民意基金会による世論調査で、民進党の支持率26.9%に対し、野党国民党の支持率は27.1%と、わずかながら後者が上回っている。中国としても、中国に融和的な国民党が政権に復帰することを強く望んでいるであろう。

 馬英九前総統の訪中は個人的なものとされているが、台湾の総統経験者の初めての中国訪問であり、中国の思惑が強く働いているとみるべきであろう。少なくとも来年1月の総統選までは、中国が台湾に対し軍事的圧力をさらに強化することは考えづらい。

米台関係強化で得点を稼いだ蔡総統

 マッカーシー下院議長との面談後、蔡総統は、米議会からの支援はゆるぎないとした上で、「台湾は孤立していないことが再確認された」旨を述べた。発言の背景には、米国に対し、台湾世論が不信感を抱いていたことがある。今年3月に台湾民意基金が行った世論調査によれば、米国が台湾を支援するのは「自国(米国)の利益のため」だとする人の割合が58.6%と、「そうではない」という人の割合25.8%を大きく上回っている。米国に対する信頼が低下しているのである。こうしたなか、今回の面談は米超党派の議員団との間で行われたことから、米国の民意を反映したものと評価でき、台湾の米国に対する信頼向上が期待できる。

 かかる観点から、今回の面談は、強硬手段を取ることができないという中国の事情を見越した上で、台湾が大きなメリットを得た面談だったと評価できるだろう。蔡政権としては、3月25日に発表されたホンジュラスの台湾断交という失点をカバーできた点も大きい。

 一方で、2回の演習を通じて見られた中国意思決定プロセスにおいて、中国各政府機関がそれぞれに指導者の意図を忖度し、意見表明等を行う点にも留意が必要である。習主席の意図しない方向に国内世論を誘導し、その世論に引っ張られる可能性が常に存在する。今回の軍事演習が、抑制的とは言え、それなりの規模で実施された背景には、外交部を始め、それぞれの組織の「断固たる措置をとる」という表明に引きずられた可能性は否定できない。また、この中国の融和姿勢はあくまでも来年1月の総統選挙をにらんだものであり、台湾への軍事力行使を放棄するものではないことは理解しておく必要がある。

写真:AP/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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