書きにくいテーマだが、書かなければならない。
防衛省は先月26日、海上自衛隊の1等海佐が自衛隊OBに対し、特定秘密保護法が定める特定秘密を故意に漏らしたことを公表した。当該1等海佐は懲戒免職処分を受け、その他のすでに退職した2名を含む関係者3人にも懲戒処分が下された。
書きにくいのは、私自身が自衛隊OBだからだ。以下、我田引水のそしりを覚悟して書かなければならないと思って書く。
そもそも「特定秘密」とは、「防衛」、「外交」、「スパイ活動防止」、「テロ防止」の分野のうち、国の安全に関わるとくに保全が必要な情報として、2014年施行の特定秘密保護法で定められているものだ。特定秘密は秘密保護に関する適性評価をクリアした者のみが取扱うことができるが、これを漏洩した者には最高で10年の懲役が科される。内閣府によると、昨年6月末時点で693件の特定秘密が指定されており、そのうち防衛省が約60%(411件)を占めている。
特定秘密の漏洩が国家の安全保障に与える影響は甚大だ。現在、中国は台湾に対し、偽情報の拡散などによって世論の分断を狙う「認知戦」を仕掛けているが、そこでは台湾軍の高官が中国に取り込まれ、スパイ行為を働いていると見られている。厳しい規律を持つ軍からの情報漏洩は、国民の軍に対する信頼低下を招くことに繋がりかねない。さらに、今回のような自衛隊内部におけるコンプライアンス違反は、組織の弱体化を図る認知戦の格好のターゲットとなりうるのだ。
今回の漏洩を巡って、防衛省は先月27日、再発防止策検討委員会を設置し、今後の対応の検討に入った。浜田靖一防衛相は同日の記者会見で、現役自衛官とOBの接触のあり方について、「当然(これまでよりも)厳しくなることは間違いない」と述べている。
この動きに対して、あつものに懲りてなますを吹くことになりはしないかと危惧しているのだ。
民間に再就職したOBの役割
まず、現役自衛官とOBとの接触にあまりにも高いハードルを設けることにより、防衛省と防衛産業の連携がスムーズに取れなくなる危険性がある。
昨年末に決定された国家防衛戦略のなかで「防衛生産・技術基盤」は、「いわば防衛力そのもの」と位置付けられ、現在、「新たな戦い方に必要な防衛産業の構築」が急がれている状況だ。
そのため、自衛隊を退官したのちに防衛産業関連企業に再就職するOBには、数十年にわたって培った自衛隊での経験に基づいて、防衛上の「ニーズ(要求)」と、防衛産業が持つ「技術上のシーズ(技術要素)」の融合を図る役割が求められる。民間の先端技術をどう防衛に活用するか。その手段を提案する役目があるのだ。
米国防省は2015年に、テック企業との協力を密にするための出先機関「国防イノベーションユニット(DIU)」をシリコンバレーに設けているが、日本でもこれと同等の機関を防衛装備庁に設置する計画が進んでいる。そこでは、先端科学技術の知見を持つOBが、民間企業と当該機関との懸け橋となる。
OB発言が的外れなものに…
次に、現役自衛官の代弁者でもあるOBの安全保障に関する意見が的外れなものになり始める可能性がある。
現在、日本周辺の安全保障環境は厳しさの一途を辿っている。そして、ロシアがウクライナへ軍事侵攻するという冷徹な国際環境を目の当たりにした国民の安全保障に対する関心は、過去に類を見ないほど高い状況だ。そんななかメディアで発信されるOBの発言には、現役自衛官が発信しにくい意見なども含まれており、その情報が国民にとって貴重なものとなっている。
しかし、このような発信を続けていくためには、現役自衛官とOBが自由に意見交換できる場が不可欠だ。接触を過度に制限してしまえば、現役自衛官の意を十分にくむことができなくなり、OBの意見発信が現場の状況と乖離(かいり)したものになりかねない。そのようなOBの発言は「百害あって一利なし」であろう。
OBを雇用するメリットがなくなる…
最後は、現役自衛官の士気に悪影響を与えてしまう可能性があることだ。
若年定年制度をとる自衛隊では、隊員の多くが55~57歳で自衛隊を退職する。将官クラスでも62歳あたりだ。65歳の年金受給開始までどのように生活を維持するかが、退職を間近に控えた隊員の最大の関心事である。
しかし、OBと現役自衛官との接触に高いハードルがかけられた場合、防衛関連企業のみならず、あらゆる民間企業はOBを雇用するメリットが減少した判断し、雇用を控え始める可能性が出てくるだろう。もちろん、自衛隊という組織に頼らず、自らの能力で就職先を獲得するべきだという意見もあるだろうが、そのために現役中に職務よりも自己啓発を優先するようなことが適切とは思えない。
防衛産業等がOBの雇用を控えることで、再就職先がなかなか決まらなかったり、低賃金の職に就かざるをえなかったりする状況は、現役自衛官の士気や隊員の募集にも大きな影響を与えるだろう。この点も考慮して、OBと現役自衛官との接触に関するルール作りをするべきだ。
高すぎる接触ハードルは、防衛力強化へ逆行する
安全保障環境が厳しさを増す現在、自衛隊OBは日本社会全体として再利用すべき人的資源だ。有事の際には、防衛省への人員増員の供給元となることも期待できる。
言うまでもなく、特定秘密の漏洩は二度と起こしてはならない事件だ。再発防止のためにOBと現役職員の接触に適切なルールを設ける必要はある。だが、機密漏洩を防いで日本の防衛力を弱体化させないためのルールが結果的に自衛隊の組織力を弱めるようなことになれば本末転倒だろう。単純に現役自衛官とOBとの接触ルールを厳格化するのではなく、総合的に、適切な強度のルールが設定されることに期待したい。
また、自戒も込めて、OB自身も現役自衛官の立場を尊重し、守秘義務を厳守することはもちろんのこと、日本の安全保障にできる限りの貢献を果たすべく自己研鑽(けんさん)に努める姿勢が求められるだろう。
今回の事件を単純な「一罰百戒」とすることなく、OBに現役自衛官との節度ある、しかも意義の大きな交流を促すよい契機となることを期待したい。
写真:UPI/アフロ