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2023.01.12 対談

韓国にも劣後…グローバルな現代アートの世界に取り残された日本はいかに戦うべきか
福武英明氏との対談:地経学時代の日本の針路(4-2)

白井 一成 福武 英明

日本人にはなじみが浅い「現代アート」について、ベネッセホールディングス取締役であり、ベネッセアートサイト直島を運営するなどビジネスとアート双方を熟知した福武財団代表理事・福武英明氏と対話するシリーズ(全4回)の第2回。「旅の目的地」になるような美術館もなく、現代アートの世界では韓国にプレゼンスで及ばない日本が取るべき戦い方を探る。

第1回:現代アートの源流――「文化なき新大国」アメリカはいかにしてアートで覇権を握ったのか

白井(実業之日本フォーラム編集主幹):アメリカを中心とした世界のアート業界のシステムと資本主義による資産膨張によって、現代アートは持続的に成長しており、同時にその価値も上昇しています。一方、日本の美術業界は、上手くグローバルな潮流を取り入れることができておらず、また、国内においても好循環を生み出せていません。世界と日本の違いはどこにあるのでしょうか。

福武(福武財団代表理事): たとえば、主要な美術館の館長を見てみても、ヨーロッパとアメリカは違います。

ヨーロッパの館長は、その多くの人がエリート大学を卒業しており、官僚のように他と競争しながら昇給していきます。アカデミックな要素を持っていなければいけません。歴史と権威があるヨーロッパの文化にアカデミックな要素を加えることで、アーティストも作品も集まってくるのです。

一方で、アメリカの館長は、寄付金集めの専門職であるファンドレイザーが務めることが多いです。ファンドレイザーとは、NPOなどの非営利団体の伴走者として資金調達を行う職業です。資金をいかに集められるかが重要です。資金が集まれば、展示会や回顧展を開くことができます。

しかし、日本にはそのどちらの要素もありません。たとえば、日本の美術館発で世界の美術館を回る展覧会なんて、あまり聞いたことないですよね。ある一つの美術館だけで国際的な巡回展をスタートさせることは、予算の問題も含めて難しい部分があるのです。また、日本の美術館には国からのサポートも少ないのが実情です。

デスティネーションとしての美術館が少ない

白井:日本にも美術館はたくさんありますが、海外と日本の美術館自体の違いはどこにあるのでしょうか。

福武:日本にはデスティネーション(旅行の目的地)としての美術館が少ないと感じています。たとえば、イギリスのロンドンを旅行すればテートに行く。アメリカのニューヨークに旅行すればニューヨーク近代美術館(MoMA)へ。フランスのパリではルーブル美術館やオルセー美術館に行く。

日本にも一定期間作品を見せるだけの展示会場などはありますが、海外のように常に高いクオリティを持ったアート作品があって、それがアップデートされていくような美術館はほとんどありません。そのような美術館がいくら展示会を開いても、蓄積される文化にはならない。私自身、海外の友人から「今度日本に行くんだけど、どこの美術館がおすすめ?」といかれることがあるのですが、返答に窮してしまいます。

「ここに行けば、骨太で地に足のついたアートや文化資産を見ることができる」という美術館がないと、グローバルなアートの文脈に日本が入っていくのは難しいと思います。

日本には「地道にコツコツ」があっているかも…

白井:では、日本をグローバルなアートの文脈に織り込んでいくにはどうすればいいのでしょうか。

福武:そもそも、美術館を核に芸術活動や文化活動、アート活動をしようとした場合、資金力がある美術館や歴史がある美術館なら、アーティストやギャラリストは自らそこで展示したいと意気込みます。反対に、このどちらもない日本のような遠い島国に、わざわざ作品を持ってこようとする人はいないのです。

そのなかで、どうやって日本は戦えばいいのか。それには2つの選択肢があると思います。一つは、現代アートの覇権を獲った際のアメリカのやり方。つまり、新しいゲームを作り出してしまうこと。

もう一つは、何十年もの時間をかけて地道にやっていくこと。たとえば、野球のアメリカの大リーグで戦うために、まずはリトルリーグをたくさん作る。次に、ハレの舞台としての甲子園や、日本の高校野球の高野連のような組織を作り、そのあとプロ野球の12球団のような国内トッププレーヤーがしのぎを削る環境を作り、そこから大リーグトップ選手をコツコツ輩出していく。これもひょっとしたら良い選択肢だと言えるかもしれません。

強力な民間セクターの存在も必要

白井:長い歴史があったり、資金力があったりする美術館がアメリカやヨーロッパに多くあるなかで、そのどちらも持たない日本が、日本らしい美術館を作ろうとしたときには、やはり初めに国からの大きな支援がなければ厳しいのでしょうか。

福武:必ずしもそうとは限らないと思います。強力な民間セクターの存在は一つの鍵になるでしょう。オーストラリアのタスマニア島にMONAという民間の美術館があります。デビッド・ウォルシュという大富豪が2011年に創設しました。彼は数学の天才でもあり、それを利用してカジノで大儲けをして莫大な財産を築きました。その資金を美術品収集に注ぎ込み、その作品を世の中に公開することにしたのです。

彼によって集められた美術品は世界中の人を魅了し、いまや、タスマニア島に向かう人々の目的の多くがMONA美術館での作品鑑賞となっているほどです。そして、この流れに乗りたい国や行政が、資金を出し始めています。これは、強力な民間セクターが美術館を作り、そこに後から国を巻き込んでいった良い例です。

文化政策を進める際には、国のサポートというのは絶対に必要です。そのサポートが、最初にくるか後にくるかという観点では、美術館の特色を打ち出してから、その後に国からサポートしてもらえた方が良いのではないでしょうか。

ガラパゴス状態を逆手に

白井:西欧を中心として美術におけるアカデミズムは発展してきましたが、19世紀中盤には、グローバル化とともに、欧米の芸術家が日本美術を表現に取り入れる「ジャポニズム」などが注目を集めました。また、現代アートの時代に入ると、勃興するアウトサイダーアートの中の一部を、メインストリームに取り込んできた歴史があります。つまり、近代以降のアート業界は、周辺の変化を取り入れることによって、自らの手で自らを絶えず変化させてきたと言えると思います。

一方、日本のアート業界は独特の価値にこだわりすぎた結果、世界の潮流に取り残され、ガラパゴス化していきました。経済力やアート市場規模などから考えても、グローバルなプレゼンスは、韓国などの他のアジア諸国から劣後しているように感じます。日本のアート市場の特徴や問題点をお聞かせいただけますか。

福武: まず、私は文化においてのガラパゴス化は歓迎すべきことだと思っています。グローバルなこの世界では価値観がどんどん均質化されていく傾向にあります。現在のアメリカを中心とした現代アート市場に合わせた戦い方をしている韓国などを見ていると、彼らが本来持っている文化資産が希薄化していってしまうのではないかとすら思ってしまいます。

文化のガラパゴス化は長いスパンで考えるとその価値を増幅させるものですし、それによってその場所でしか見られないような作品が生まれていくのです。たとえば、日本の浮世絵や茶道は、日本独自の文化の中でしか生まれることはなかったですよね。日本の相撲では、裸の男性が胸を押し合い、女性は土俵に上がることが許されませんが、これだって今の世の中の価値観に合わせたらジェンダー問題として捉えられてしまってもおかしくありません。ですから、意図的なガラパゴス化はある程度大事なことなのではないでしょうか。ガラパゴス化されたがゆえに醸成された美や価値観は、現在の均質化され繋がりすぎた世界ではなかなか作りづらいものです。

また、茶道や相撲を欧米のアートの文脈から見てみたときに、日本人の解釈とはまた違った解釈が出てくるときもあります。日本美術の歴史を見てみると、1950年代から「具体美術(具体)」が、1960年代末から70年代初頭に「もの派」が現れました。もの派の作家は、木や石、紙などの「もの」をほとんど未加工まま作品としました。戦前から活躍した画家の吉原治良が「具体美術協会」という団体を立ち上げて始まった具体美術からは、足やそろばんで描いたりするなどユニークな作品が出ています。これらの作家が世界で注目された背景にも、日本人ではなく海外のキュレーターの解釈があったからだと言えるでしょう。解釈の余地をどんどん外に開放していくことが、文化の価値を引き上げることにつながるのです。ですから、文化自体を海外に寄せに行くというよりも、中身は変えないけれど、解釈だけは他に委ねるという方法が効果的なのかもしれません。 

第3回は1月17日配信予定)

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

福武 英明

福武財団 代表理事、ベネッセホールディングス 取締役、アイスタイル芸術スポーツ振興財団 理事、大地の芸術祭のオフィシャルサポーター
瀬戸内の直島、豊島、犬島で現代アートによる地域振興に取り組み、日本で最大規模となる8つの美術館のほか、アートギャラリーなど合計34の施設運営を運営。2010年から3年に一度開催される「瀬戸内国際芸術祭」の支援をおこなうなど、国内外の現代アートの支援、アートによる地域振興助成活動を全国規模で行う。

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