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2022.12.08 安全保障

報告書がうたう防衛力強化の要、「反撃能力」と「継戦能力」の向上を阻むもの
防衛力強化へ、有識者報告書2022を読む(1)

末次 富美雄

11月22日に岸田首相に提出された「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の報告書は、日本がこれから取るべき安全保障政策について大きな方針を示している。実業之日本フォーラムでは全5回の予定でその内容を読み込んでいく。初回である本記事は「反撃能力」「継戦能力」についての言及を読み解きながら、その実現のために避けて通れない「人」の課題を示したい。

 政府の「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の報告書が先月22日、岸田文雄首相に提出された。同会議は一段と厳しさを増す日本の安全保障環境に、国力を総合して対応することが重要だとの観点から、自衛隊のみならず、国家として総合的な防衛体制を強化することを目的として政府主催で開催されたもの。9月以降、座長の佐々江賢一郎元外務次官を含めた10名の有識者が4回の会議をつうじて意見を集約し、報告書を作成した。防衛力の在り方を考えるという観点から、以前より現場を知る自衛隊OBの参加も必要ではないかという意見が出ていたこともあり、3回目の会議では東日本大震災時に自衛隊の指揮を執った折木良一元統合幕僚長の意見が聴取されている。

 今回出された報告書には従来の日本の安全保障政策を大きく転換させるような提言がいくつか含まれており、年末までに策定予定の防衛3文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画)の内容にも大きな影響を与えると思われる。

反撃能力の保有は不可欠

 どのような提言だったのか。まず自衛隊の「反撃能力(敵基地攻撃能力)」についてだ。報告書で反撃能力は「周辺国等が核ミサイル能力を質・量の面で急速に増強」しているとの認識のもと、「日本の反撃能力の保有と増強が抑止力の維持・向上のため不可欠」と評価された。

 相手基地への攻撃は、1956年に鳩山一郎首相(当時)が国会で「(ミサイルなどの発射に対し)座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とは考えられない」と答弁し、憲法が定める自衛の範囲に含まれるという見解を示したことがあったが、歴代政権は戦力を認めない憲法9条の精神に反するとして自衛隊が当該能力を保有することを認めていなかった。しかし、北朝鮮の急速な核や弾道ミサイル開発に対して、海上自衛隊のイージス艦をはじめとした弾道ミサイル対処能力だけでは脅威を払しょくすることが困難なのは明らかだ。

抑止力には2種類ある

 反撃能力を保持する目的は、日本の抑止力の向上だ。抑止力には一般的に、相手の攻撃を物理的に阻止する能力を保有する「拒否的抑止」と、相手に耐えられない打撃を与えると威嚇する「懲罰的抑止」の2種類がある。

 今回保有が検討されている反撃能力は日本を攻撃しようとする能力に対する攻撃を企図するもので、「拒否的抑止」だ。あくまでも、弾道ミサイルが日本に飛来する恐れがあり人命や財産保護のために必要な場合に、自衛隊法82条の3に基づいて防衛相が首相の承認を得て自衛隊部隊に出す「(弾道ミサイルへの)破壊措置命令」の延長線上にあると理解すべきだろう。

 北朝鮮の弾道ミサイルへの対処には時間的余裕がないことから、破壊措置命令は2016年以降、3か月ごとに更新される常時発動状態となっている。

 軍事的合理性に立てば、発射された弾道ミサイルの破壊と、連続して発射の準備がなされている弾道ミサイルを破壊する措置は一体として運用されることが望ましい。反撃能力の行使には、日本が侵攻を受ける「武力攻撃事態」や同盟国が武力攻撃を受けて日本の存立が脅かされる「存立危機事態」の事態認定が必要だという主張が散見されるが、実情に即して考えた場合にはその暇がない可能性があるということも考慮すべきだ。

 今後は行使要件や攻撃対象についての議論が進むが、政治的綱引きの結果、「行使できない規定」になることだけは避けなければならない。

弾薬確保も早急に

 自衛隊の「継戦能力」について報告書では、弾薬の確保や施設の抗堪性(こうたんせい)に加え、経済安全保障の視点保持や公共インフラの強靭(きょうじん)化の必要性が指摘されている。

 厳しい安全保障環境下において、予算不足やその配分が適切でないために備蓄弾薬が少なくなるという意味の「たまに撃つ、弾(たま)が無いのが、玉(たま)に傷」と揶揄されるような状況は許されない。燃料や弾薬の備蓄は継戦能力の基礎であるし、それらの製造と補給能力を維持することもまた重要だ。

自衛隊、入隊希望者は少ない現実

 これらすべてが揃(そろ)ったとしても問題は残る。それは「人」の問題だ。 

 ノーベル文学賞受賞作家の大江健三郎氏は1958年、毎日新聞に「ぼくは、防衛大学生をぼくら世代の若い日本人の弱み、一つの恥辱だと思っている。そして、ぼくは、防衛大学の志願者がすっかりなくなる方向へ働きかけたいと考えている。」と記している。今から60年以上前の発言だ。組織や制度への批判ではなく現に存在する防大生という若者を恥辱とまで言い切った極論を、全国紙が掲載したことに当時の自衛隊に対する世相が感じられる。

 内閣府が2018年に公表した世論調査によると、「自衛隊に対し良い(どちらかと言えば良い)印象を持っている」とする人の割合は89.9%である。2015年の92.2%と比較するとやや低下してはいるものの、90%以上が好印象を抱いており、大江氏の発言当時とは隔世の感がある。

 一方で、この好印象は必ずしも自衛官を目指す人の増加にはつながっていない。少子高齢化や人口減が進む日本社会においては、優秀な人材の獲得競争が官民で繰り広げられており、どうしても厳しい訓練を課せられ、自由な行動が制限される自衛隊の人気が低いのは当然かもしれない。

「予備自衛官」増枠も検討すべき

 防衛分野で注目される先端技術分野の「AI」や「ロボテイクス」、「無人化」は、これまで労働集約的だった軍の特徴を大きく転換させる可能性を秘めている。しかし、それによる戦闘の帰趨(きすう)や勝敗における人の役割に変化はない。継戦能力の向上には燃料や弾薬、予備品に加え、戦闘を継続する人的基盤の充実が不可欠である。

 そのためには、自衛官の処遇改善や手当増額に加え、先端技術を使った戦い方の見直しをするなどという発想の転換が必要だ。たとえば、サイバーやネットワークに詳しい人材を年齢、性別を問わず専門職として雇用する幅を広げたり、有事や大規模災害の際に緊急招集する「予備自衛官」を増やし、民間企業で働きつつもパートタイムで自衛隊の後方支援業務を行う制度を構築したりすることだ。

 前述した2018年の世論調査で、外国から侵略された場合に「自衛隊に志願して戦う」と答えた人の割合は5.9%に過ぎなかったが、「何らかの方法で自衛隊を支援する」と答えた人の割合は54.6%だった。

 ロシアの軍事侵攻を受けているウクライナと比較すれば少なく感じるかもしれないが、半数以上に自衛隊を支援したいという意思があることを重く受け止め、国民保護の観点だけではなく、その人たちを活用する枠組みも考えるべきであろう。

議論を始めること自体が抑止力に

 報告書提出を受け、各党を含めたさまざまな議論が進むだろう。とくに反撃能力に関しては「専守防衛からの逸脱ではないか」、「日米安保の矛と楯の役割が変化してしまう」、「軍拡競争を招く」などの批判が予想される。

 しかし、このような議論が日本国内で行われることこそが、世界秩序維持に日本が積極的に関わろうとしていることの証左であり、抑止力向上につながる。海外から「日本では大江氏のような発言が受け入れられる」と見られてしまうことが日本にとって極めて危険な状態だということを、私たちは改めて認識する必要がある。

写真:UPI/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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