政府が主催する「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」第2回会議で、防衛力の整備としてガバナンス改革の必要性が指摘されている。
ガバナンスは広辞苑で「統治・統制すること。また、その能力」とされており、企業経営では企業の健全性を担保するための組織や規範の意味合いが強い。有識者会議では、縦割り構造を排して防衛のための運用統合を行う必要性が指摘されている。自衛隊については、パワハラやセクハラといった内部における問題や、陸海空の縦割り意識を是正し健全な組織にすることも必要だ。
しかし、「自衛隊のガバナンス」における本質的な問題は、自衛隊が日本の安全保障の「最後の砦(とりで)」として十分能力を発揮できる制度や法体系となっているかどうかである。
平時に行う警戒監視の目的
日本の防衛制度を巡り、最近指摘されているのが武力攻撃事態における海上自衛隊と海上保安庁の協力強化の必要性だが、「自衛隊のガバナンス」に絞れば、重要なのは「平時における自衛隊の権限」に関する問題だ。
平時に自衛隊が行う重要な活動の一つに「警戒監視」がある。日本は世界6位の広さの領海と排他的経済水域を有し、6800もの島々からなる長大な海岸線を持っているが、自衛隊はその広大な海域の警戒監視を24時間365日実施している。この活動は、同海空域の安全を確保するとともに、周辺諸国に対する抑止力となることが期待されている。
不審船を見つけても、取り調べができない…
領空に関しては、自衛隊法84条で、航空自衛隊が領空侵犯の恐れがある航空機に緊急発進(スクランブル)で対応する仕組みが整えられている。一方、自衛隊が日本周辺海域で行う警戒監視については、防衛省設置法4条で「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと」とされている。そのため、もし海上自衛隊が警戒監視中に不審な船舶や領海内を航行中の外国艦艇を確認したとしても、取り調べや警告を行うことができない。法的根拠が存在しないからだ。その場合、海上保安庁に通報するか、防衛大臣からの「海上における警備行動(自衛隊法82条)」の発令を待つしかない。
自衛隊の平時における警戒監視に抑止力を期待するのであれば、領域警備任務を付与する必要があるのではないだろうか。
平時には、米国と共同部隊を編成できない
自衛隊の平時における権限明確化が必要だと考えるのは、日米の共同部隊編成にも関わるからだ。これは、日本の安全保障上の柱の一つでもある日米安保体制の強化に直結するものだ。
日米はどのような時に共同部隊を編成できるのか。米国が10月27日に公表した国防戦略には、「総合抑止」・「軍事行動」・「永続的な優位確保」が新たな三本柱に据えられている。このうち「軍事行動」は、平時における軍の行動をつうじて米国や同盟国、友好国に都合の良い安全保障環境を作るためのものだ。そして米バイデン政権は、有事のみならず、有事でも平時でもない「グレーゾーン事態」や平時にも、米軍の「軍事行動」に同盟国などが参加することを期待している。
2015年に改定された「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」には、平時での協力措置から武力攻撃事態までの共同対処要領が定められている。平時からの協力措置には情報収集や警戒監視、ミサイル防衛、海洋安全保障などが含まれているが、共同行動は訓練・演習目的のみ。これは、グレーゾーン事態に相当する「日本の平和及び安全に対して発生する脅威への対処」でも大きな違いはない。
現時点で日米が共同対処部隊を編成するのは、「日本に対する武力攻撃への対処行動」以降となる。この点が、平時から共同部隊を編成するNATO(北大西洋条約機構)や在韓米軍との違いだ。平時から共同対処部隊を編成することは、有事でもシームレスに対応するためには極めて重要なのだ。
自衛隊が米軍の足手まといに?
また、事態に即応できる共同部隊を編成するためには、武器の使用に関する共通基準を持つ必要がある。平時に限定的な権限しか保有しない自衛隊と米軍が共同部隊を編成しても、武器使用基準が大きく異なるため、自衛隊は足手まといになってしまう可能性があるのだ。現状の法体系では、米軍が進める「軍事行動」に自衛隊が完全な形で参加することは困難である。
そもそも日米が同一の武器使用基準を持つことには、それぞれの組織がそれぞれの国内法に従う以上、大きな制約がついてまわる。そのギャップを少しでも埋めるためにも、自衛隊の平時における権限を検討する必要がある。
防衛費増額だけで、防衛力は上がらない
これまで「自衛隊のガバナンス」の観点から、平時における自衛隊の権限明確化の必要性について述べてきたが、日本有事を見据えた場合にはほかにも検討しなければならないことがある。
例えば、有事の際にも経済を維持するため、海運をどのように確保するかという問題だ。緊急事態に国土交通大臣は、海上運送法に基づき船舶運航事業者に「航海命令」を命じることができるが、その細部は未確定のまま放置されている。
防衛費の議論にも疑問が残る。日本の安全保障に係る3文書(国家安全保障戦略・防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画)の改定が今年末までに予定されている。この改定を巡っては、防衛費のGDP比2%目標ばかりが強調されているが、弾薬や予備品の保有だけではなく、装備や人員を充実させ継戦能力を確保しなければ、実際に戦う能力を上げることはできない。制度的に自衛隊が戦えるかどうかの検討も重要だ。
総合防衛力には、単なる数字合わせではないガバナンスの見直しが不可欠であろう。
写真:ZUMA Press/アフロ