11月6日、海上自衛隊は海自創設70周年に伴い、神奈川県沖の相模湾で国際観艦式を開催した。海自が国際観艦式を開くのは2002年の初開催以来2度目で、海外からは同盟・準同盟関係にある米国やオーストラリアはじめ12カ国の艦艇などが参加した。中国と韓国にも参加を打診し、中国が不参加を伝えた一方、韓国からは海軍補給艦「昭陽(ソヤン)」が参加した。
一方で、韓国参加への反発も見られる。観艦式開催に先立つ11月1日、青山繁晴参議院議員が代表を務める自民党の「日本の尊厳と国益を護る会」は、緊急声明を発表した。同会は、安全保障上の問題を抱えた中国と韓国を国際観艦式に招待することは遺憾だとした上で、「2018年12月の韓国艦艇による自衛隊哨戒機に対する火器管制レーダー照射の真相究明や謝罪が行われていない。問題を解決することなく招待すると、日本は『何をやっても不問に付す国だ』という印象を国際社会に与える」と指摘した。
火器管制レーダーはミサイルや砲を目標に対して誘導するためのものだ。ミサイルや砲の発射に先立って照射するものであり、不測の事態を招きかねない。友好国である韓国側からこのような行為が行われたことは、日本に大きな衝撃を与えた。
日本側からはレーダー照射について韓国の謝罪を求める声が絶えないが、国際情勢の緊迫化で日韓の一層の防衛協力は不可欠だ。そこで本稿では、レーダー照射のような危険な行為が偶発事故を引き起こすことを防止する国際枠組みの変遷について解説した後に、レーダー照射に対する日韓の主張と、これからの日韓関係のあり方について考えたい。
偶発事故を防ぐための枠組み
冷戦時代、東西の軍事的緊張は恒常化していた。ソ連海軍の艦艇は、世界の海洋で積極的に活動し、それを監視する米海軍艦艇に対して砲を向けたり、火器管制レーダーを照射したりするなど、挑発的な行為を繰り返した。
ソ連の挑発や軍事行為は水上だけではない。1964年10月には、ソ連防空軍地対空ミサイル部隊が、宗谷海峡を飛行中の米海軍P2V-7哨戒機に対して地対空ミサイルを発射した。冷戦中、極東で監視飛行中にソ連防空軍により撃墜された米軍機は15機にも上る。このような危険な状況を回避するために、1972年5月、米ソ両政府は「米ソ海上事故防止協定」を締結した。
日ソ間の緊張も続いた。1976年7月、八戸航空基地(青森県)を発進して宗谷海峡を飛行中の海上自衛隊P2V-7哨戒機に対し、スクランブル発進したソ連防空軍の戦闘機が空対空ミサイルを発射した事案(実際には命中せず)が発生した。冷戦中、海自の哨戒機が宗谷海峡付近を通峡すると、樺太(サハリン)の南端にあるソ連防空軍の地対空ミサイル陣地から常に火器管制用レーダーの照射を受けているような状態だった。
ソ連崩壊後の1993年10月、日本とロシア両政府は、「日露海上事故防止協定」を締結した。同協定により、艦艇に対する針路妨害行為や、武器の指向、模擬攻撃、信号弾等の船体・機体への発射、威嚇行為などは禁止。火器管制レーダー照射に対する明確な記述はないが、模擬攻撃に該当すると解釈して、協定は運用されてきた(図1)。
二国間枠組みから多国間枠組みへ
しかし、偶発事故防止のための二国間枠組みは必ずしも十分でなかった。1988年2月には黒海で「航行の自由作戦」を実施中の米海軍巡洋艦に対し、領海への進入を阻止するため、ソ連海軍フリゲート艦が体当りを行う事案が起きた。日本海やオホーツク海では、ソ連海軍艦艇の行動を日米海軍艦艇と哨戒機が常に監視する対峙状態が続いた。
このような情勢下、西太平洋地域の海軍指導者らが一堂に集い、海軍の諸問題や相互協力を討議することを目的とした「西太平洋海軍シンポジウム(WPNS=Western Pacific Naval Symposium)」が、1988年から隔年(偶数年)に開催されることとなった。2014年4月、中国の青島で開催された「第14回WPNS」において、「海上衝突回避規範」、通称CUES(Code for Unplanned Encounters at Sea)を日米両国、中国、ロシア、韓国を含む21カ国が合意した。CUESの禁止事項として「火器管制レーダーの照射」が新たに明記された(図2)。
それでも起きたレーダー照射
偶発事故防止の多国間枠組みが確立された後の2018年12月20日午後3時ごろ、監視飛行中の海上自衛隊P-1哨戒機が、能登半島沖の公海上で2隻の韓国艦艇を発見した。
P-1哨戒機は、通常の監視飛行要領に基づき、艦艇からの呼び出しに備えて国際VHF、UHFおよびVHFの緊急周波数をモニターしつつ近接し、韓国の警備救難艦の高度150メートルで右舷正横500メートルを通過。その後、同高度で韓国海軍駆逐艦の後方と右舷側500メートルの距離を飛行し、目標が韓国海軍駆逐艦「広開土大王」(クァンゲト・デワン)であることを確認した。
現場では、韓国警備救難艦の左舷前方に北朝鮮の漁船が存在し、その漁船を警備救難艦の搭載艇2隻が取り囲み、さらに漁船の針路をふさぐように「広開土大王」が航行しているような状況にあった(図3)。
P-1哨戒機は、現場の全景を撮影するために高度を約450メートルまで上昇させ、「広開土大王」の艦首側5000メートルを緩やかに旋回しつつ通過した。そして、艦首側通過後、同艦から火器管制レーダーの照射を受けたのである(図4)。機長は、緊急周波数、国際VHF等で火器管制用レーダーの照射の意図を「広開土大王」に問い合わせたが、応答はなかった。
「広開土大王」は、SPS-49対空捜索用レーダーとSTIR-180火器管制用レーダーを装備している。対空目標に対する捜索から攻撃までの運用は、①対空捜索用レーダーを回転させながら目標を捜索、②目標探知後、火器管制用レーダーに目標の追尾を移管、③火器管制用レーダーが目標を捕捉した後、パルス間隔を短くして目標を正確に追尾、⑤さらに電波を目標に照準しロックオン状態とする――という手順だ(図5)。
ロックオン状態になった場合、指揮官が攻撃を決意すれば、127ミリ単装砲は砲身を目標に指向させレーダー管制により目標に発射することが可能となる。また、艦橋前方の垂直発射管に収められている「シー・スパロー対空ミサイル」は、照射波により誘導され、目標撃墜が可能となる。現場では、127ミリ単装砲はP-1哨戒機に指向されてはいなかったものの、ロックオン状態においてはシー・スパロー対空ミサイルで目標を撃墜することが可能な状態だった(図6)。
食い違う日韓の主張
事案発生後、岩屋毅防衛大臣(当時)は、「不測の事態を招きかねない極めて危険な行為だ」と韓国政府に抗議した。それに対し韓国海軍は、「遭難した北朝鮮漁船を捜索するため火器管制レーダーを作動させたことは事実。しかし、日本の哨戒機を狙う意図は全くなかった。そのレーダーの覆域内に日本の哨戒機が偶然に入ってきた」と説明した。
2日後の12月22日午前、防衛省は「詳細な電波情報分析の結果、当該照射が韓国海軍の火器管制レーダーによるものと判断した。極めて遺憾であり、韓国側に再発防止を強く求めていく」と発表した。
このように事件発生当初、韓国海軍は火器管制レーダーの照射を認めていた。しかし12月24日、韓国合同参謀本部は、「韓国海軍艦艇が救助活動中に自衛隊の哨戒機が艦艇の真上を通過する“特異な行動”をとった」と主張した。
翌日、防衛省は「哨戒機が駆逐艦の上空を低高度で飛行した事実はない」と反論。28日午後、P-1哨戒機が現場で撮影した約13分間の映像をウェブサイトに公開した。これに対し韓国国防部は、「日本が公開した映像資料は客観的な証拠とは見なせない」とし、韓国合同参謀本部は、「日本の哨戒機は低空飛行する『威嚇行動』を取っていた」と主張した。
なぜか、現場にいた韓国海軍が議論の場から消え、合同参謀本部と国防部が一方的な反論を展開する状況に変わったのである。
翌2019年1月4日午後、韓国国防部は、『日本海上哨戒機低空威嚇飛行と虚偽主張に対する大韓民国国防部の立場』と題する韓国語と英語の映像を公表。7日には、日本語・中国語・ロシア語・フランス語・スペイン語版を公表した。国防部は、この映像の中で「日本はこれ以上事実をわい曲する行為を中断して、人道的救助活動中だったわが艦艇に対して威嚇的な低空飛行を行った行為に対して謝るべきだ」と主張、論点を火器管制用レーダーの照射から、海上自衛隊哨戒機による威嚇飛行に転換した。
比較的冷静な韓国世論
日韓で主張が食い違うなか、発行部数が韓国最大の保守系新聞「朝鮮日報」は、読者コメントに対する反応を集計した。
事件発生2日後の「韓国軍艦艇、火器管制用レーダーで自衛隊機を狙った」という記事を巡っては、韓国を批判する意見が目立つ。例えば、「日本は自由主義陣営の友邦、韓国艦艇による挑発行為」とした読者コメントには123人が、「危険な行為、日本ではなく北朝鮮を狙え」というコメントには113人が賛成を示した。2019年1月21日の「日本、新証拠として電波の探知音を公開へ」という記事に関する読者コメントも同様の傾向だ。多くの韓国の読者は、感情的な姿勢を排して客観的に評価し、公正な意見を持っていると分かる(図7)。
韓国内部でも議論は「ねじれ」に
火器管制レーダー照射事案は、韓国海軍にどのような影響があったのか――。韓国国防部は、「高度150メートルで500メートルまで近接した飛行は『威嚇行為』である」と主張している。この点を検証してみよう。
韓国海軍は、日本と同じP-3C哨戒機を保有している。日本海側の浦項(ポハン)航空基地、東シナ海に面した済州(チェジュ)航空基地で3個飛行隊、計16機のP-3Cを運用し、日本海、黄海、東シナ海における監視飛行を行っている。
韓国海軍P-3C哨戒機の基幹搭乗員は、海上自衛隊と同様に米海軍のジャクソンビル航空基地で教育を受け、米海軍の「訓練運用手順標準化書(NATOPS=Naval Air Training and Operating Procedures Standardization)」に基づきP-3C哨戒機を運用している。同書によれば、一般的な監視の飛行要領として、高度約150メートル、目標との近接距離500メートルで目標を識別するとされている。もし、韓国海軍が韓国国防部の主張を順守して「威嚇行為」を控えれば、韓国海軍哨戒機部隊は監視飛行ができなくなってしまう(図8)。
事件翌年の2019年1月7日、沈勝燮(シム・スンソプ)海軍参謀総長は、駆逐艦「広開土大王」の所属する東海(トンヘ)海軍基地の第1艦隊司令部を視察した。沈総司令官は「外国の艦艇・航空機との遭遇など海上で発生し得るあらゆる偶発状況に対して、作戦例規や規定、国際法に基づいて即時に対応するようにしなければならない」と述べ、「(日本の哨戒機に対して)近接しないように警告するべきだった」と訓示した。
韓国の合同参謀本部と国防部が「威嚇飛行」と日本を非難するなか、韓国海軍は事案の発生を深刻に捉え国際法規の順守を指導していることが分かる。海軍参謀総長は、CUESを含めた国際慣例、国際法の順守が韓国海軍には徹底されていないという危機感を抱いたものと思われる。
2019年6月1日、シンガポールでアジア安全保障会議が開かれ、この場を利用して岩屋防衛大臣と韓国の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防長官の非公式な会談が行われた。会談の中で岩屋防衛大臣は、「自衛隊機は適切な飛行をしていた。大事なことは、このような事案を二度と起こさないようにすることである」と主張。それに対して鄭国防長官は、「レーダーの照射については明らかに事実無根である。問題の本質は日本の哨戒機の威嚇飛行だ」と反論した。結局、火器管制用レーダー照射問題は両国の主張が対立したまま文在寅(ムン・ジェイン)政権では解決されず、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権に移行した今も放置されたままだ。
今年8月18日、韓国与党「国民の力」の元合同参謀本部次長だった申源湜(シン・ウォンシク)元陸軍中将は、「韓国国防部から事実関係の説明を受けた」とし、国防部が2019年2月に作成した『日本哨戒機対応指針』の存在を明らかにした。
指針は、『第三国航空機対応指針』と『日本哨戒機対応指針』の2種が作成され、『第三国航空機対応指針』では、第三国航空機が高度460メートル以下に降下して近接する場合、目標を識別後、さらに近接する場合は通信で警告するという手続きになっている。一方、『日本哨戒機対応指針』においては、「通信で2回警告してもさらに近接する場合は火器管制用レーダーを照射する」と定められている。政府筋は、「同指針は、青瓦台(大統領府)が主導して軍の原案よりもさらに強硬なものにしてしまった」と証言している。
当時の文大統領は、過去の政権で積み重なった弊害を正す「積弊清算」をスローガンに掲げた。文大統領の意図を受けた大統領府は、2017年9月に陸軍の参謀本部が決裁した将官昇任人事に介入して昇任者を変更させた。2018年12月には、旅客船「セウォル号」沈没事故で遺族対応の責任者であった李載寿(イ・ジェス)元国軍機務司令官を「前政権に有利な世論を形成する目的で遺族に対する事情聴取を行った」という嫌疑で取り調べを行い、自殺に追いやるなどしていた。
このような中で、韓国軍の将官たちは、文大統領や大統領府の意に反する言動をとった場合、前政権時代に認められた「功績」が前政権時代の「積弊」として「清算」されるという恐怖に陥っていた。
レーダー照射事案の発生直後、沈海軍参謀総長は、「広開土大王」艦長に対する事情聴取を指示した。しかし、韓国国防部内の情報によると「韓国大統領府は、海軍参謀総長に事情聴取をしないよう圧力をかけ、さらに広開土大王の艦長には事情聴取を拒否するよう指示した」という。国防部筋は、「軍高官の人事を握る大統領府から指示されれば軍は従わざるを得ない。海軍はレーダー照射の目的や状況を解明する機会をこれで完全に失ってしまった」と嘆いた。
問題未解決のまま観艦式に参加した韓国
レーダー照射事案についてまとめたところで、冒頭の国際観艦式に話を戻そう。今年1月、日本政府は、ウクライナに侵攻したロシアを除き、韓国海軍を含む西太平洋海軍シンポジウム加盟国に対して国際観艦式への招待状を送付した。
8月23日、酒井良海上幕僚長は、韓国海軍の招待について「観艦式は多国間枠組みの中で招待した。火器管制レーダー照射問題は日韓二国間の枠組みで解決すべき問題である」と明確に区分した。10月27日、韓国政府は、国家安全保障会議常任委員会において韓国海軍の海上自衛隊国際観艦式への参加を決定した(図9)。
韓国では今年5月10日、尹錫悦氏が第20代韓国大統領に就任し、8月15日の光復節式典で、「日本は、世界市民の自由を脅かす挑戦に立ち向かい、共に力を合わせていかなければならない隣人だ」と演説した。
そして11月6日、韓国海軍補給艦「昭陽」は国際観艦式に参加した。李鍾皓(イ・ジョンホ)海軍参謀総長は、観閲艦である護衛艦「いずも」に乗艦した。同月7日、8日に行われた西太平洋海軍シンポジウムにも李参謀総長は参加した。
図10写真右下は、受閲部隊として観閲を受ける「昭陽」、中央の写真は正横通過時に観閲艦「いずも」に対して敬礼をする韓国海軍乗組員たちだ。左端は、「昭陽」の敬礼に対して答礼する岸田首相、李韓国海軍参謀総長、酒井海幕長、浜田防衛大臣である。こうした多国海軍間の交流を通じて、韓国海軍は、国際慣例と国際合意の順守へ回帰する第一歩を踏み出したのだろうか。
政権基盤が脆弱な尹政権…それでも日韓協力は不可欠
現在の韓国国会の議席数は、与党「国民の力」が114議席、それに対し野党「共に民主党」が169議席と過半数以上を占める。
観艦式翌日の7日の国会で、野党「共に民主党」の田溶冀(チョン・ヨンギ)議員は、「旭日旗(自衛艦旗)に向かって韓国海軍が敬礼をしたことに多くの批判がある」と政府を批判した。これに対し李鐘燮(イ・ジョンソプ)国防長官(陸軍中将)は、「観艦式で主催国代表が乗艦した艦艇に敬礼するのは一般的な国際慣例である」と説明した。その説明を不満に感じた田議員は、自身で用意した説明用の旭日旗のパネルをテレビカメラの前でバラバラに打ち砕いた。
韓国の世論は、「キリスト教系中心の保守派」と「労組や市民団体を中心とした革新派」に二分され、両派は大規模なデモを繰り返している。日韓関係の改善を模索する尹大統領の政治基盤は、非常に脆弱だ(図11)。
11月4日、北朝鮮が相次いで弾道ミサイルを発射するなか、米ワシントンにおいて李国防長官とロイド J. オースティン国防長官による米韓国防相会談が開かれた。米韓の国防相は、「北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対抗するため、米韓の軍事協力をさらに強化し、警戒態勢を強める」「日本を含む3カ国による連携を一段と進める」ことで合意した。
レーダー照射問題は、日韓両国の主張が平行線をたどり、解決が困難な状態だ。だが、日米韓共通の脅威に対処するためには、米国を仲介とした「米韓同盟」と「日米同盟」の連携が不可欠だ。日米韓が共通の脅威に対処できる連携と信頼を確立するためには、日本は米国の仲介を得て、韓国に対し「謝罪」を求めるのではなく、「真相解明」と「再発防止」を図っていくことが重要だと思われる。
写真:UPI/アフロ