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2022.11.15 外交・安全保障

「新冷戦」が現実に、バイデン政権初の国家安全保障戦略
― JNF briefing by 末次富美雄

末次 富美雄

 「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。今回は、元・海上自衛官で、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令などを歴任、2011年に海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官した実業之日本フォーラム・末次富美雄編集委員に、バイデン政権下で初めて公表された国家安全保障戦略(NSS=National Security Strategy)について解説してもらった。ロシアによるウクライナ侵攻や中国の権威主義的な行動への強い警戒が示され、日本はじめ有志国との連携を重視した内容となっている。

 今回は、10月12日に公表された米国の国家安全保障戦略(NSS=National Security Strategy)について解説します。

 まず、米国の安全保障戦略の体系をおさえましょう。米国では、図1のように、「政府」「国防省」「軍」という各主体が、安全保障に係る基本戦略から具体的な能力・機能まで順を追って落とし込んでいく形となっています。

 まず、NSSは、政府が策定し、国益、国家目標、国家政策および国家安全保障の目標を記載する国家の基本文書と位置付けられます。NSSに基づき、国防省が国家防衛戦略(National Defense Strategy)を策定します。この国防戦略には、戦略目的、目的達成の方法、指針の提示、戦略的リスクの管理などが示されています。

 さらに、国防戦略に基づいて、軍が国家軍事戦略(National Military Strategy)を作ります。軍事戦略は、統合参謀本部議長が策定することとなっており、軍が達成すべき目的、保持すべき性質、機能および能力、将来戦に関する統合ビジョンが示されます。軍事戦略に基づき、米国の陸海空軍、宇宙軍、海兵隊は、個別の戦略を策定します。

 NSSは昨年に暫定版が出ていましたが、正式版の発表はバイデン政権下では今回が初めてです。なお、国防戦略は今年3月に策定されていますが、当時公表されたのは「Fact Sheet」という数枚のペーパーだけでした(10月27日に「国防戦略」「核態勢の見直し」「ミサイル防衛の見直し」の3文書が公表されました。これらについては機会を改めて解説します)。
 
 軍事戦略は2018年にトランプ政権時に公表されて以降、明らかにされていません。今後、NSSを受けて作られる可能性があります。さらに、重要文書である「核態勢の見直し(Nuclear Posture Review、10月27日公表)」のほか、「サイバー戦略」や「情報戦略」が順次公表されるのではないかと思います。

「防衛力整備特化」の日本の安保戦略体系

 図2は、日米の安全保障関連文書を比較したものです。

 前述のように、米国の安全保障関連文書は、「国家安全保障戦略(NSS)」「国家防衛戦略」「国家軍事戦略」で構成されています。これに対応する日本の安全保障関連文書(安全保障3文書)は、「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱(防衛大綱)」「中期防衛力整備計画(中期防)」です。

 日本が米国と大きく異なるのは、防衛大綱と中期防が防衛力整備に特化している点です。防衛大綱は、10年程度の防衛力整備指針を示します。中期防は、防衛大綱の別表で示される「どの程度の防衛力を整備するのか」という具体的数値に対し、5年間に整備する装備の数を明示します。

 防衛大綱が最初に作られたのは1976年です。冷戦期において、「どの程度の防衛力を整備すればいいのか」という国民の声への回答として、平時に保有すべき防衛力の規模を定める観点から策定されました。防衛予算の規模として、「GDPの1%」という大枠を決めた上で、「基盤的防衛力」という考え方が生まれたのです。

 1970~80年当時、極東ソ連軍は強大な軍事力を保有していました。これに対抗するには、経済的に見ても日本の防衛力だけでは不十分です。このため、平時に保有しておくのは必要最低限の「基盤的防衛力」のみで、有事にこれを拡張する。加えて、日米同盟に基づく米国からの増援兵力で対抗しようという思想が生まれました。そして、基盤的防衛力の規模を大綱で具体的な数字に落とし込み、5年ごとの中期防で細部の整備計画を定めるという考え方になりました。このように、米国の国防戦略や国家軍事戦略とは全く趣旨が異なります。
 
 今年末に向け、国家安全保障戦略、大綱、中期防の見直しが予定されています。国際情勢が緊迫化するなか、米国のように、大綱と中期防をそれぞれ防衛戦略と軍事戦略にスライドすべしという意見もありますが、もともとのロジックが違うので、十分な議論が必要でしょう。

 なお、毎年公表されている防衛白書には、米国の国防戦略と軍事戦略の一部が含まれています。どのように安全保障を担保するか、あるいは陸海空自衛隊がどのようなオペレーションをするかといった点です。自衛隊の具体的な運用については非公開ですが、防衛力の指針および統合運用構想が策定されています。

中ロを甘く見ていた米国

 米国に話題を戻します。歴代のNSSを見ると、米国の国際情勢認識がどのように変わってきたかが分かります。NSSは大統領が決定する戦略文書ですが、定期的な作成が義務付けられているわけではありません。クリントン政権では、ほぼ毎年出されていましたが、ブッシュ政権とオバマ政権はそれぞれ2回。トランプ政権では1回だけです。バイデン政権は、当初今年3月に公表するとしていましたが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて発表が後ろ倒しされました。

 図3は、米国の国家安全保障戦略の情勢認識の変遷と、その中で中国とロシアへの言及がどのように変わってきたかを示したものです。

 まず、2006年のブッシュ政権時のNSSでは、国際テロ組織・アルカイダとの対決を鮮明にしています。独裁国家の北朝鮮、イラン、シリア、キューバが「脅威」とされ、中国とロシアについては「協力」という言葉が盛り込まれました。中国に関しては、透明性のある発展を歓迎し、世界の繫栄と発展に貢献することを期待するとされています。これは、当時「関与政策(Engagement Policy)」と呼ばれたものです。また、ロシアについては、戦略的に強い関係にあり、違いを管理しながら協力し合う必要があるという評価になっています。

 2010年のオバマ政権時のNSSも、情勢認識に大きな違いはありません。大国間の争いが減少する一方、国境、宗教、民族に起因する争いが顕在化したとし、武力行使に至らない主権侵害、いわゆるグレーゾーン事態が長期化する傾向があるとしています。また、影響力のある国として、中国、インド、ロシアを挙げ、協力を強化していく方針を掲げています。

 「中国に対する米国の見方が変わったのはトランプ政権から」と言われますが、その萌芽は第2期オバマ政権に見られ、それを裏付けるのが2015年のNSSです。国際テロ組織との戦いが真っ先に挙げられていますが、それに続いて、大国間の競争が顕在化しつつあることに警戒が必要という表現が加えられました。

 中国に対しては、平和的発展を歓迎する一方で、国際秩序変更の試みに警戒が必要としています。ロシアについては、戦略関係を構築し、多くの共通権益について協力するという方針に変化はありません。

 中国は、すでに2000年ごろから南シナ海で海洋活動を活発化させ、島嶼(とうしょ)の埋め立てなどを始めており、日本を含むアジア諸国から警戒されていました。それに対し、米国が中国を脅威と評価するまで約10年のラグがありました。米国の中国に対する見方は若干甘かったと言えます。今回のウクライナ侵攻を見ると、ロシアについても同様のことが言えるでしょう。

 図4は、トランプ政権とバイデン政権のNSSの比較です。トランプ政権の基本概念が「米国第一」であるのに対し、バイデン政権は「共通の価値観を持つ国々との協調」により、権威主義国との競争に打ち勝つとしています。NATOとの関係についても、国防費の大幅な増加を主張し、各国首脳と激しい議論を繰り広げたトランプ政権時代と比較すると、バイデン政権では著しく改善しています。

 中国とロシアについては、トランプ政権では両国が影響力の拡大をもくろんでいるとの見方を示しているのに対し、バイデン政権は、中国を「唯一の競争相手」に位置付ける一方、ロシアは「国際システムへの差し迫った直近の脅威」とし、認識に差をつけています。 

 また、核態勢についてトランプ政権では、「使える核を持つ」という方針が示されました。そのため、低出力核兵器の開発や潜水艦搭載巡航ミサイルに核弾頭を装着する計画が進んでいました。一方、バイデン政権では、中ロという二つの主要な核保有国を抑止する必要が生じているという認識を示しつつも、具体的な方針は必ずしも明らかではありません。先ほど説明した「核態勢の見直し」の中で、これらについて詳しく述べられるのではないかと思います。

バイデン政権下のNSSで「尖閣」が初登場

 バイデン政権のNSSを掘り下げてみましょう。図5は、「戦略目標」と、それを達成するための「方針」を示したものです。このうち、戦略目標は「自由で、開かれ、繫栄し安定した国際秩序を確立する」です。そのための方針として、①国内への投資、②志を同じくする国との関係強化、③国家に対するテロの脅威あるいは大国間競争に応じるために軍事力の近代化――が示されました。すなわち、「invest」「align」「compete」という3点が今回のNSSのキーワードです。この3点を具現化した政策を見ると、経済的協力の枠組みを拡大し、like-mindedな国(有志国)を広げていくことに重点が置かれていることが分かります。

 図6は、軍の近代化および強化に係る方針と政策です。米国軍は史上最強の軍隊と言い切っています。しかも、必要な場合には軍の使用を躊躇しないことを明示しています。その上で、抑止能力を維持・強化するために「総合防衛」の概念を導入しています。そして、全てのドメイン――地域、紛争、政府組織、同盟国およびパートナーなど――を総合する方針を示しています。中国を念頭に、敵対的行為によるコストが利益を上回ることを相手に理解させることが目標です。一方で大国間対立の中で、中ロを含め世界規模で対処すべき脅威があるということも同時に指摘されています。

 図7では、世界規模で対処すべき5 つの「脅威」と、「地域ごとの戦略」を示しています。「脅威」については、各国で力を合わせて脅威に立ち向かうべきだとしながらも、「中国、ロシアを含み」と、わざわざ名指ししているところを見ると、それだけ両国との対決意識が高まっていると言えます。

 「地域ごとの戦略」では、「自由で開かれたインド太平洋」を先頭に挙げ、インド太平洋を重視していることがよく分かります。ASEAN(東南アジア諸国連合)、QUAD(日米豪印の戦略枠組み)、AUKUS(米英豪安全保障枠組み)という地域における協力枠組みを重視するとした上で、「尖閣諸島」という言葉が初めてNSSに記されました。日本の安全保障へのコミットメントを示すことに加え、台湾有事を見据え、尖閣周辺が戦闘海域になることを認識しているためと推定できます。台湾に関しては、台湾海峡の平和と安定の維持を支持し、中台いずれの側からも現状変更を試みることに反対、台湾独立は支持しないとしています。 

 図8は、今回のNSSに対する中国の反応をまとめたものです。中国外務省報道官が記者会見で、「冷戦時代のゼロサムゲームの考え方にとらわれている」「一般的でも建設的でもない」と批判し、米国は「5つのノー」の原則に従い「相互尊重、平和的共存、ウィンウィンの関係を構築すべきである」と述べています。比較的トーンが冷静なのは、NSS公表の数日後に第20回共産党大会を控え、抑制的な表現にとどめた可能性があります。

 一方で、中国政府の代弁者とも呼ばれる新聞「環球時報」は、専門家の意見として興味深い指摘を紹介しています。今回のNSSはトランプ政権の延長線上にある戦略だとし、その目的を次の3点としています。第一に、中国の先端技術の発展を制限すること、第二に、中国の影響力が増して、イデオロギー同盟が拡大し、「中国方式」が世界で広まることを制限すること、最後に、米国は中国を陥れるために、台湾問題に対してより挑発的な態度をとっている――という分析です。
 
 「5つのノー」とは、①新冷戦を求めない、②中国の体制変更を求めない、③同盟関係の強化を通じて中国に反対することを求めない、④台湾独立を支持しない、⑤中国と衝突する意思はない――の5点です。中国側は、2021年11月の米中首脳電話会談でバイデン大統領がこの5点について認めたと主張していますが、米国側はこれを肯定も否定もしていません。

中国との摩擦拡大による「新冷戦」も

 10月12日、NSS公表に係る記者会見に臨んだサリバン国家安全保障補佐官は、中国やロシアと対決しつつも、気候変動やCOVID-19(新型コロナウイルス)への対応といった問題では、両国と協力する分野があることを認めています。一方で、競争に勝つために、国内投資や同盟国の拡大、経済・技術・サイバー・貿易など広範囲においてルールづくりを主導するという国家戦略を示しています。

 米国の国家安全保障戦略を見る上で、次の2点が注目されます。一つは、「新冷戦」への認識です。これまで米中間は、政治・軍事的な対立を深めながら、経済的な相互依存関係があることから、米ソ冷戦のような二極化はないとみられてきました。しかし、近年は米中間で「民主主義国家」対「権威主義的国家」というイデオロギーの対立が見られます。デカップリング(分断)の拡大による「新たな冷戦の始まり」と言えるでしょう。
 
 もう一つは、今回のNSSで、欧州とインド太平洋の安全保障上のリンケージが強調されている点で、米中摩擦の拡大につながるリスクでもあります。AUKUSの主目的は、オーストラリアの原子力潜水艦建造に係る協力体制構築ですが、今後、安全保障に係る協力に拡大する可能性を秘めています。さらに、太平洋島嶼国家の安全保障を巡り、各国家に権益を持つ英国、フランス、ドイルの関与が拡大していくことが考えられるので、中国との新たな摩擦が生じ得るでしょう。

 同盟国である米国の国家安全保障戦略の変更は、日本の安全保障に大きな影響を与えます。今年末までに改訂が予定されている日本の安全保障戦略3文書に、米国の国家安全保障戦略の変更がどのように反映されているかが注目されます。

写真:AP/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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