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2022.11.11 安全保障

自衛隊観艦式において感じた違和感 総理の平服は何を意味するのか

末次 富美雄

 11月6日、相模湾において2022年度国際観艦式が行われた。観艦式は、毎年各自衛隊が持ち回りで主催している自衛隊記念日行事(陸:観閲式、空:航空観閲式)の一つである。海外から艦艇を招待して行われており、台風による被害発生の為に中止された2019年度観艦式には、中国が初めて「ルーヤンⅢ級駆逐艦」を派遣している。多数の国を招待する国際観艦式は、2002年に海上自衛隊創設50周年を記念して実施されており、今回の70周年記念国際観艦式が2度目となる。

 日本における観艦式は、1868年(明治元年)大阪の天保山沖で実施されたのが最初であり、その際の観閲官は明治天皇であった。戦前の観艦式の目的は、軍の士気高揚や仮想敵に対する示威行為が主であった。1905年に開催された「日露戦争凱旋観艦式」は160隻を超える艦艇が終結した大規模な観艦式であった。日露戦争に勝利したという日本国民の熱狂を感じさせる。

 海上自衛隊が実施している観艦式は、海上自衛隊に対する国民の理解を深めるとともに、外国艦艇等を招くことによる防衛交流や信頼性向上を目的としている。今回は新型コロナ感染拡大防止の観点から、招待者は、政府関係者や各国大使等に限定されていたが、過去の観艦式では、多くの国民を招待しており、海上自衛隊艦艇や航空機等が実際に行動する姿を近くで見ることができる人気のイベントとなっている。

 今回の国際観艦式には、12か国から18隻の艦艇が祝賀航行部隊として参加した。中でも、オーストラリアは4隻を参加させており、日本との安全保障関係の絆の強さを象徴している。複数艦参加させた国は、カナダ、インド及びパキスタンであった。注目されていた韓国からは、補給艦1隻が参加したが、中国は派遣を見送り、ロシアは招待されていない。

 観艦式に併せ、6、7日の両日、関東南方において11カ国、30隻が参加する捜索救難訓練が、7、8日の両日、27か国の海軍参謀長等が参加した「西太平洋海軍シンポジウム(WPNS : Western Pacific Naval Symposium)」が開催されている。WPNSには、オブザーバー国の一員として英国が参加しているが、国際観艦式を含めNATOからの参加はカナダとアメリカのみであった。アメリカは国家安全保障戦略において、インド太平洋地域と欧州の連携を深めるという方針を示しているが、欧州諸国のインド太平洋への関心は、ウクライナ情勢の影響もあり、それほど高くないのではと感じさせる。

 観艦式は、海上自衛隊にとって、伝統の継承という極めて重要な意味を持っており、さらには、外国艦艇を招待することにより、安全保障上のつながりや各国の思惑を確認したり、時には硬直した関係の雪解けを図ったりといった外交的意味合いを持っている。海上自衛隊のみならず、日本にとって極めて重要な行事と言える。

 観艦式の観閲官は、自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣が務めることが慣例となっている。観閲官の乗艦した艦艇に、参加艦艇は登舷礼と言われる敬礼を行う。登舷礼は、貴賓の送迎や遠洋航海等において外国港湾に入港する際に、乗員の全て(安全な運航に係る者を除く)を艦の舷側に整列させ、敬意を表する礼式である。艦内において、いかなる戦闘準備も行っていないことを明らかにするといういわれがある。船同士の敬礼として、船尾に掲げる国籍旗を一旦降下させるものや、ラッパ等を吹奏する形式がある。登舷礼はその中で、最も格式が高いものである。

 違和感を生じたのは、列国を代表する海軍艦艇の最高の礼式を受ける岸田総理の服装である。スーツ姿で、手を胸に当てることで答礼としていた。2015年の観艦式観閲官である安倍総理(当時)はモーニング姿にシルクハットを手に持ち、登舷礼にはシルクハットを胸に当てることで答礼を行っていた。岸田総理と大きな違いを感じさせる。

 外交の場や国際的催しにおいて、遵守すべき儀礼や手順などは外交儀礼(プロトコル)とされている。成文化されていない慣例も多いが、外務省はホームページにその基本を掲載している。その中で、服装に関しては、行事主催者の服装指定に従うとされている。しかしながら、観艦式における登舷礼は礼装が国際的慣例であり、主催者側とは言え、観閲官である岸田総理は、慣例に従い礼装で応えるべきであろう。ちなみに、2019年4月に中国海軍70周年記念として中国青島沖で実施された国際観艦式の観閲官である習近平主席は、公式行事に中国要人が着用する、礼装に匹敵する人民服姿であった。

 岸田総理は、昨年陸上自衛隊が主催した観閲式においても、観閲官として平服で、礼装の自衛官の敬礼を受けていた。恐らく何らかの意図を持って平服を選択していると思われる。しかしながら、この意思決定について説明を行った形跡はない。

 国際観艦式という公式の場における要人の行動は憶測を呼びやすい。岸田総理の平服での参加は、参加各国にとって、プロトコル上の不快感を惹起し、さらには、自衛隊最高指揮官として部下隊員への敬意が欠如しているように映った可能性がある。岸田総理は、観艦式の訓示において、5年以内に抜本的に防衛力を強化すると述べた上で、国際観艦式の主催者である海上自衛官に対し、「自衛隊最高指揮官として、皆さんのことを誇りに思います」と述べている。この言葉と、自らの服装が生んだ印象の落差は大きい。

 2013年に制定された「国家安全保障戦略」に、「国家安全保障政策の推進に当たっては、(中略)官邸を司令塔として、政府一体となった統一的かつ戦略的な情報発信を行う」という一文がある。これは、国家としての方針や防衛力整備に関する考え方を積極的に発信し、憶測や誤解に基づく戦略環境の不安定化を避ける目的を持ち、「戦略的コミュニケーション」とも称されている。岸田総理の、防衛力を抜本的に強化するという言葉の実効性を内外にアピールする上でも、自衛隊の最高指揮官としてのリーダーシップが不可欠であろう。観艦式における観閲官として平服で参加したことは、その自覚に一抹の不安を感じさせる。

 厳しい安全保障環境のもと、日本の安全保障を確保するためには、岸田首相の強い意志が不可欠である。今回の観艦式に平服で臨む意思決定の細部について、総理自身が、自らの口で語ることを望みたい。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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