戦略3文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱および中期防衛力整備計画)制定に向けた議論が進められる中、自衛隊に「統合司令部」を設置し、統合司令官ポストを新設する検討が進められていると報道されている。
現状、自衛隊制服組トップの統合幕僚長は、防衛大臣の補佐と防衛大臣の命令執行の2つの主要職責を果たしている。有事における業務が1人の人間に過度に集中し、対処が遅れる危険性があるとの指摘は以前からあり、これに応えた機構改革案と言える。2011年の東日本大震災においても、当時の統合幕僚長が、「時間配分で言えば、首相官邸や米軍との調整が6割、自衛隊のオペレーションは4割だった」、「結果として大臣にも部隊にも迷惑をかけてしまった」と述べて物議をかもした。
統合司令部設置の必要性はそれだけではない。日本周辺の安全保障環境が厳しさを増しつつあるとの国民的コンセンサスはあるものの、少子高齢化の進行、経済の低迷など、日本の安全保障を支える骨組みは必ずしも盤石とは言えない。限られた資源を効率的に使用しなければならないという観点から、人員や予算の効率化が求められている。その一つの回答が、かねて進んでいる「統合化の推進」だった。
現行の防衛計画の大綱においても、「多次元統合防衛能力」の構築がうたわれており、その中で全ての領域を有機的に融合し、その相乗効果で全体としての能力を増幅させる領域横断(クロスドメイン)作戦を遂行するとしている。グレーゾーン事態の長期化、ロシアのウクライナ侵攻に見られるような予想を超える情勢悪化という事態に対応するためには、自衛隊全ての現有装備能力を速やかに発揮できるような事前の体制が不可欠であり、統合司令部の設置はその目的にも適っている
加えて、有事に共同対処を行う米統合軍である太平洋軍司令官とのカウンターパートとして「自衛隊統合司令官」の必要性が指摘されてきた。これに応えるものでもあると言えるだろう。
上記いずれの観点においても共通するのは、統合司令部を設置することは、発生するリスクが高まっているとされる台湾有事を含め、大規模災害や紛争などの有事が起きた際に自衛隊の能力をより効率的に発揮させるために有用であるという視点だ。筆者もこれに異存はない。
ただし、実際に設定して運用していくに当たっては多くのハードルがあるだろう。
一番目は人事である。良くも悪くも、それぞれの自衛隊が異なった組織文化を持っていることは否定できない。それぞれの組織について言い現わした言葉がある。陸は「用意周到・頑迷固陋」、海は「伝統墨守・唯我独尊」そして空が「勇猛果敢・支離滅裂」。防衛省記者クラブの記者が言いだした言葉とされているが、自衛隊に身を置いた身として、納得できる言葉である。統合運用に向けて、これらの組織文化の壁が障害になる可能性がある。文化の違いを完全に克服することは困難であろうが、少なくとも統合部隊勤務をキャリアパスの重要な一部に位置付けるなどして相互理解を深めていく必要があるだろう。
二番目は情報である。指揮官が判断を下すためには、指揮官が必要とする情報を必要なタイミングで、必要な形式で提供する機能が不可欠である。現在自衛隊の統合情報組織として、情報本部があるが、統合幕僚長と同様の課題を抱えている。政府、自衛隊の意思決定に必要な情報と、部隊運用に必要な情報の二種類の情報を作成する任務である。統合司令部を設置するのであれば、統合司令官に必要な情報を提供する体制を情報本部内に確立する必要がある。
三番目は統合司令官が指揮する事態の範囲である。統合司令官が、自衛隊が行う任務の全てを指揮するということは、司令部の肥大化につながり、屋上屋を重ねる状態となりかねない。陸上総隊司令官、自衛艦隊司令官および航空総隊司令官が実施する任務と自らが指揮する任務とを峻別する必要がある。例えば、領空侵犯処置やBMD対処は従来どおり、航空総隊司令官の任務とすべきであろう。
四番目は、輸送や後方支援の統合化である。アメリカの機能別統合軍である「輸送軍」が参考となるであろう。同軍は、米軍全体の海空路における輸送および補給品の支援を行う事を任務とする統合軍である。また、補給品を統合化するためには、陸海空で共通の予備品等のリスト化を推進し、相互に融通しあう体制の構築が必要である。運用と後方支援は密接な関係を持つ必要があり、現在統幕が持つ後方支援に関する機能は統合司令部が保持すべきである。
五番目は、通信・システムの共通化、あるいは接続性の向上である。現在陸海空自衛隊はそれぞれが、必要に応じて装備の調達を進めているため、陸海空の通信やシステムの連接が不十分である。東日本大震災において、陸上と海上の支援部隊間の通信やシステムの連接が不十分であったとの教訓がある。陸海空それぞれの幕僚監部が実施している装備に関する業務を、運用に専念すべき統合司令部が担う事は不適当であろうが、少なくとも調整機能は保持する必要がある。
最後に、「軍政と軍令」の関係を整理する必要がある。第二次世界大戦時の日本迷走の原因の一つに、「統帥権独立」の問題があったことはよく知られている。帝国陸軍の参謀本部と帝国海軍の軍令部が軍令組織として部隊の運用を司り、陸海軍大臣が軍政組織として軍の予算、人事、給与などを司る仕組みとなっていた。統帥権は天皇直属であり、政府は、軍令には一切口を出せず、単純に言えば、最終的には軍令に引きずられるがまま、国家財政を破綻に追い込んでいった。帝国書院の統計によれば、1944年の軍事費は国家財政の85%にまで達していた。戦後の政治主導、シビリアン・コントロールは正にこの反省から生まれたものだ。統合幕僚長と統合司令官が並列して防衛大臣直轄とされた場合、軍令と軍政で生じた摩擦は大臣しか解決できないという不自由な状況となり、場合によっては軍令が暴走する危険性がある。
上記課題を踏まえ、統合司令部の位置づけは次のとおりとするべきと考える。①統合幕僚長と並列する防衛大臣直轄とせず、統合幕僚値指揮下の部隊運用に係る業務を分掌する指揮官とする。②陸上総隊司令官、自衛艦隊司令官および航空総隊司令官とは直接指揮関係を持たず、大臣命令で必要とする部隊の指揮権を行使する体制とする。③既存組織の一部を取り込んだ上で、特定の重要事態対応に特化した小規模な司令部組織とし、人事、装備開発に関する調整機能および輸送、補給に関する全般統制機能を保有する。
統合司令部設置にあたって、最も危惧されることは、新たな司令部設置に伴う、ポストの増加が部隊の指揮官の質や配員に及ぼす悪影響である。自衛隊は昨今、情勢変化に伴って新たな任務が増加し、人員のやりくりに苦労している。重要ポストの欠員や兼務も目に付く。更には、少子高齢化に伴う募集難にも直面している。このような状況下で、新たな組織を立ち上げることが、自衛隊の弱体化を進めるようなことがあってはならない。
中国、北朝鮮およびロシアという権威主義専制国家に囲まれた日本が、防衛力を強化しなければならないことは論を待たない。一方で、第二次世界大戦の敗戦の一つに軍の独走があったことは事実であり、その背景に軍政が軍令に隷属する制度があったことも否定できない。成熟した民主国家である日本が再度同じ過ちを犯すようなことは無いと思われるが、制度的に軍令が軍政に従属する仕組みを担保しておく必要があるであろう。
自衛隊統合司令部創設には課題が多い。東日本大震災以降幾度となく統合司令部の案が浮かびあがっては消えていったのも、その課題の多さに起因する。しかしながら、常設統合司令部を設けることによるメリットが多いことも事実である。課題が多いからやらない、というアプローチではなく、課題が多いがやってみるという姿勢が重要であろう。そして、デメリットの方が多いという事であれば、廃止する勇気も必要であろう。統合司令部を、かつて統合幕僚会議が「高位高官・権限皆無」と揶揄されたような存在にしてはならない。
写真:ロイター/アフロ