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2022.09.16 安全保障

核議論から逃げる日本は危険!4年ぶり米韓合同演習で北朝鮮情勢は一層緊迫化

末次 富美雄

米国と韓国の2つの軍は8月22日から9月1日までの間、「乙支(ウルチ)フリーダムシールド(自由の盾)」と名付けられた合同演習を実施した。図上演習に加えて大規模な野外演習を実施しており、実動訓練は4年ぶりとなる。

4年ぶりの合同演習

米韓合同演習は、例年春に野外軌道訓練「フォール・イーグル」とシミュレーション中心の「キー・リゾルブ」が、夏から秋にかけて図上演習「乙支フリーダムガーディアン」が行われており、他の小規模な訓練を含めると年間10回以上実施されていた。しかし、文在寅(ムン・ジェイン)前政権は北朝鮮との融和を優先し、2018年の「乙支フリーダムガーディアン」を中止。2019年から2021年までの訓練は規模を縮小した図上演習を実施しただけだった。

これに対し、今年5月に就任した韓国尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、文前政権の北朝鮮融和政策から方針を転換し、大規模米韓合同演習の再開へ舵(かじ)を切った。今回の戦闘訓練は3000〜4000名の旅団規模で行われ、併せて有事に米韓連合軍の指揮官を韓国軍人が務める戦時作戦統制権の移行に係る検証作業もなされた。

在韓米軍に所属する軍人は2年から3年で交代する。実動訓練が4年もの間行われなかったということは、現在韓国に駐在する米軍人のすべてが韓国軍と実動訓練を行っていなかったことになる。したがって、今回の実動訓練は、米韓連合軍の能力検証のために必須だったと思われる。

警戒する北朝鮮

これに北朝鮮は敏感に反応した。実動演習の実施が伝えられた7月17日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記は「相応の対価を払うことになるであろう」と警告し、8月15日には妹の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長が、尹大統領を「無能な大統領」とこき下ろしている。2日後の17日には朝鮮半島西岸の黄海に向けて2発の巡航ミサイルを発射した。このため、今回の演習中にも弾道ミサイルの発射や核実験などの挑発行為を行うのではないかとの見方が強まっていた。

9月中旬時点で、演習中に北朝鮮が何らかの行動をとったことは確認されていないが、9月8日に行われた最高人民会議で、金総書記は核使用を正当化する驚くべき発言を行った。国家核戦力政策の改正が採択されたとしたうえで、「我々の核兵器は交渉の対象ではない」と明確に核放棄の選択肢を否定し、核兵器を米国への抑止力であると述べるとともに、「我々の独立、自尊心、国民の運命に不利益を与えると判断した場合、核戦力の使用を決定する」と、「核の先制不使用」・「非核兵器保有国への不使用」という従来の方針を大きく変更したのだ。

北朝鮮、非核化を否定

これまで、北朝鮮は「自衛的核保有国の地位を一層強化する法」で、「敵対的な核保有国が北朝鮮を侵略したり攻撃したりする場合、それを撃退し、報復攻撃を加えるために朝鮮人民軍最高司令官の最終命令によってのみ核を使用できる」と規定していた。また、「核兵器の先制不使用」とともに核を使用する場合でも、非核国に対しては使用しないとされており、極めて抑制的な内容だった。

さらに、金総書記は今回、韓国が北朝鮮の核兵器への対応として「北朝鮮のミサイル・核攻撃の兆候を察知した場合の先制攻撃」・「発射されたミサイルの迎撃」・「北朝鮮が核攻撃を行った場合の報復攻撃」の3軸体制の整備を進めていることを批判し、北朝鮮の核戦力の有効性を高めるために「戦術核作戦空間」を拡大することを示した。これは、核使用の条件を拡大するとともに、威力を低減した「戦術核」を開発することにより、手段の多様化を意図した発言だ。

北朝鮮は音速の5倍以上の速度で飛ぶ極超音速弾道ミサイルを含めた多様な弾道ミサイルの開発を進めている。核爆発の大きさを制御できるどの程度の技術を持っているかは不明だが、6回にものぼる核実験をつうじて小型化を進めた核弾頭は弾道ミサイルへの搭載が可能になったと見られている。「戦術核」開発のためには核実験が不可避であることから、すでに準備を完了していると見られる北朝鮮北東部の豊渓里(プンゲリ)核実験場で7回目の核実験を行う可能性は高い。

米国は、ロシアは「エスカレーション抑止のための核使用」を考慮に入れていると分析している。つまり、自らが不利になった場合、核を使用することをためらわないと見積もっているのである。今回北朝鮮が示した核政策の変更は、ロシアと同様に自らが不利な立場に追い込まれると判断した場合には、核使用を躊躇(ちゅうちょ)しないということを示したものだ。また、戦術核の配備に言及したことは、核使用のハードルを下げることにもつながる。朝鮮半島情勢の緊迫化が一段と進んだと言えよう。

議論すらしない日本

一方、日本での核議論は一向に進まない。7月に凶弾に倒れた安倍晋三元首相は、2月に出演した報道番組で「欧州における核のシェアリング」を説明したうえで、「世界の安全がどう守られているかという現実についての議論をタブー視してはならない」と語っている。これに対し、岸田文雄首相は2月28日の参議院予算委員会において「非核三原則を堅持するという日本の立場から考えて、認められない」と述べた。「議論すべし」という安倍氏に対し、岸田氏は「議論すらしない」という姿勢を示したのだ。

一刻も早く核議論を進めよ

中国、ロシア、北朝鮮という核保有国に囲まれ、日米安全保障条約に基づく米国の核の傘の下にいるというのが核を巡る日本の現状だ。そんななか、ロシアや北朝鮮が核使用のハードルを下げており、先制不使用を掲げる中国も独善的な解釈に基づいて核を使用する可能性も皆無ではない。

「非核三原則」という日本の原則を掲げただけで日本の安全保障をまっとうできると考えるのはあまりにもナイーブすぎる。北朝鮮の核政策変更はロシアの核政策以上に日本の安全保障に大きな影響を与えるものだ。少なくとも「核シェアリング」を含めた核に関する議論を進め、「将来的は日本が核を持つ」あるいは「米国と核シェアリングを行う可能性がある」ことを示すだけでも一定の抑止力を確保することができるだろう。核に関する議論は積極的に行うべきだ。

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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