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2022.09.13 安全保障

アメリカがあえてリークした「ロシアが北朝鮮から弾薬調達」情報から読むべき2つのこと

末次 富美雄

 米国防総省のライダー報道官は6日の記者会見で、ロシアが北朝鮮から弾薬などを購入しようとしていることを明らかにした。取引がどの程度進んでいるかについては言及しなかったが、ロシア軍が弾薬補給に関して問題を抱えている証拠だと付け加えた。

北朝鮮は、ソ連から軍事援助を受けていた

 ロシアが北朝鮮に弾薬などの提供を依頼することには軍事的な合理性がある。というのも、もともと北朝鮮は1961年にソ連と「友好協力相互援助条約」を締結し、ソ連から大量の軍事援助を受けていたからだ。北朝鮮には地上軍の小銃から戦車に至るまでたくさんのソ連製兵器が溢れており、北朝鮮海軍のロメオ級潜水艦や空軍のMiG-29戦闘機などの主力兵器はすべてソ連(ロシア)製だ。

 弾道ミサイルもロシア製の弾道ミサイル「スカッド」をもとに開発を進めており、防衛省が「短距離弾道ミサイルA」と評価する低高度で変則飛行するミサイルの軌道は、ロシア製の弾道ミサイル「イスカンデル」に酷似している。これはロシアの軍事技術が北朝鮮に流れ込んでいる証左だ。

 また、米韓連合軍と直接対峙しているなかでロシアと一定の良好な関係を維持しておくことは、北朝鮮にとっても政治、外交的にメリットが大きい。このことからも情報の信憑性は高いと言える。

情報開示の目的は?

 米国国防省はなぜこの情報を明らかにしたのだろうか。冒頭の記者会見でも「何故このような機微な情報を明らかにしたのか」や「弾薬等がロシアに渡された確証がない段階でなぜ公表したのか」という質問が飛んだ。これに対し、ライダー氏は「ロシアが引き続きウクライナ侵攻に資金を投入しようとしている実態を明らかにすることに加え、イランや北朝鮮という(無法者国家と言われる)国々にロシアが協力を求めることは国際平和を阻害することに等しいことを明らかにするため」と述べた。

情報開示による抑止効果は限定的

 ここで、この情報開示を情報戦の観点から見てみよう。そこには2つの目的がある。

 1つ目は「開示による抑止」だ。米国は現在ロシアのウクライナ侵攻に対して積極的な情報公開を行い、ロシアの「偽旗作戦」の無効化を図っている。国際社会は、西側諸国が日々伝えている戦況を知ることで、ロシアのプーチン大統領の「特別軍事作戦は予定どおりに進んでいる」という主張が偽情報だということを知っている。最近では、現在ロシアが占拠しているウクライナ南東部のザポリージャ原発をウクライナが攻撃しているというロシア側の主張を信じる人はほとんどいない。これは開示による抑止が効果を表している証拠であろう。

 一方で、まったく成果を上げなかった「開示による抑止」もある。それは、ロシアのウクライナ侵攻そのものだ。

 バイデン米大統領は2月18日、「プーチン氏がウクライナ侵攻を決断したと確信している」と述べている。さらに米国防総省のカービー報道官(当時)はウクライナ侵攻の前日の2月23日に、「48時間以内に全面侵攻を開始する可能性が高い」とまで言いきった。しかし、この異例とも言える情報開示にもかかわらず、ロシアはウクライナに軍事侵攻した。このことは、具体的な行動を抑止するためには、情報の開示に加えて対抗手段を明らかにしなければ抑止できないことを示している。

 今回の情報開示は、両国間の弾薬取引を中止させることを目的としている可能性はある。しかし、何らかの制裁にまで言及しない限り両国が取引を中止することはないだろう。今回の情報開示が両国の取引に与える影響は限定的と言える。

ロシアへの経済制裁は効いている

 2つ目は、ロシアが経済制裁を受けて苦しんでいることを示すことだ。

 西側諸国は、ウクライナ侵攻以来ずっとロシアに経済制裁を科し続けているが、その効果については懐疑的な見方があった。一時下落したロシアの通貨ルーブルも、対ドルレートでは戦争前の水準に回復しているし、ロシアから欧州への石油や天然ガスの輸出量は減少したものの、中国やインドへの輸出量は増加しているからだ。そしてプーチン氏は「ロシアに対する経済電撃戦は失敗している」との見方を示していた。

 しかし、ロシアが北朝鮮に弾薬の提供を求めているという今回の情報は、経済制裁を受けたロシアが弾薬などの製造に限界を感じているという見方を裏付ける。半年を超え、さらに長期化が見込まれるウクライナ戦争への西側の支援疲れが指摘されているなかで、ロシアへの経済制裁が効いているという情報は西側の結束を強める役割を果たすだろう。

「北朝鮮の戦闘能力」は本当に低下しているか

 現時点では、あくまでもロシアが北朝鮮から大量の弾薬を調達しようとしていることだけが示されており、実際に移転されたかどうかは定かでない。しかし、もし弾薬などの移転が実際に行われた場合は次の2点に注目する必要がある。

 1つ目は、北朝鮮の通常戦闘能力への影響だ。北朝鮮は、限られた資源を核や弾道ミサイル開発に費やしているため、通常戦闘能力が相当程度低下していると見られている。しかし、米韓連合軍が4年ぶりに実働演習を行ったことに警戒感をあらわにする北朝鮮が、弾薬などをロシアに移転するということは、米韓連合軍への対抗手段を確保したうえで保有弾に余剰があることを意味する。これは、通常戦闘能力が低下しているという従来の評価を覆すものだ。

中国はロシアに弾薬提供していない

 2つ目は、ロシアの大規模軍事演習「ボストーク2022」の実施など中露の軍事関係の緊密化が進んでいるにもかかわらず、中国はロシアに弾薬などの供給を行っていないと見られていることだ。

 中国の武器は国産化が進んでいるとはいえ、その多くがロシアに起源を持つ。そのため中国からの武器弾薬の提供はロシアにとって魅力的なものだ。もし中国から弾薬が入手できるならば、必ずしもメンテナンスが十分とは思えない北朝鮮からの弾薬は必要としないだろう。

 中国がロシアに弾薬などを提供しない理由がロシアに対する信頼欠如によるものなのか、西側からの非難をかわすためなのかは不明だ。しかし、いずれにせよ北朝鮮がロシアに弾薬などを提供したことが明らかになれば、中露の親密度は少なくとも軍事上は表面だけのものだったということになる。

中露の緊密度を測るバロメーター

 「ロシアの北朝鮮に対する弾薬などの移転申し入れ」は、情報戦の観点から多くの視点を与えてくれている。

 プーチン氏は今月7日にロシアのウラジオストックで行われた国際経済会議で、西側の経済制裁を強く非難するとともに「ウクライナへの特別軍事作戦を開始してから、ロシアは何も失ってはいない」と強弁した。さらには「ウクライナ東部ドンバス地域のロシア系住民を助けるという目的を達成する」と戦争継続に強い意志を示している。

 この発言を受けて現在の世界情勢を「世界の二極化」や「冷戦の再来」という人もいるが、現在のロシアに冷戦時代のソ連のような強大な力はない。ロシアと中国が一枚岩になることが世界二極化の前提条件だ。

 北朝鮮からの弾薬などの輸入は、中露の緊密度を測るバロメーターとして注目する必要がある。

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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