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2022.09.06 安全保障

防衛省導入「イージス・システム搭載艦」は、安全保障を担う守護神となりうるか

末次 富美雄

 31日、各省庁が財務省に対して行う次年度の予算要求「概算要求」が出そろった。防衛費に関しては、ロシアのウクライナ軍事侵攻や緊迫化する台湾情勢、弾道ミサイル発射を含む軍事的挑発を繰り返す北朝鮮情勢を受けて自民党が6月に示した「防衛費の国内総生産(GDP)比2%以上」の参院選公約を、防衛省がどのように取り扱うかが注目されていた。

 防衛省は今回、従来の防衛力を抜本的に強化する柱として、「スタンド・オフ防衛能力」・「総合ミサイル防衛能力」・「無人アセット防衛能力」・「領域横断作戦能力」・「指揮統制・情報関連機能」・「機動展開能力」・「持続性・強靭(きょうじん)性」の7つを強化し、侵攻そのものを抑止し、万一抑止が破られた場合にも対処可能な防衛力を整備するという方針を示している。

総花的な概算要求項目

 今回概算要求で示された防衛費は過去最大の5兆5947億円にのぼり、金額を示さず上限がない「事項要求」も多い。これには総額が不透明だとの批判もあるが、令和5年度予算が本年末までに制定するとされている「国家安全保障戦略」や「防衛計画の大綱」、「中期防衛力整備計画」の初年度であり、検討の途次にあることを勘案すると、やむを得ない面もある。

 しかし、厳しい財政事情のなかで優先順位をつけた防衛力整備をするという視点では、注目すべき点がいくつかある。一つは、概算要求に掲げられた項目がこれまでと同じように「総花的」であり、何を重点的に整備するか分からないという点である。これついては、具体的な予算が積みあがった時点で改めて検証する必要がある。

 次に、柱の一つである「総合ミサイル防空能力」の項目に「イージス・システム搭載艦」を28年度末までに2隻就役させることが盛り込まれたことだ。配備を断念した新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の代わりとなる。これは同艦の運用構想が変化したことを示唆している。ここで、同システム導入までの経緯を振り返ってみよう。

イージス・アショア、導入断念のワケ

 イージス・アショアは17年2月、北朝鮮による弾道ミサイルの脅威増加への対応として導入されようとしていた。目的は、弾道ミサイルへの24時間365日の警戒対処体制の構築や活動を活発化させつつあった中国への即応体制の維持、そのために使う海上自衛隊イージス艦の負担を軽減すること。そのため、イージス・アショアは主に陸上自衛隊が運用する予定だった。

 しかし、迎撃ミサイルのブースター(推進装置)の落下場所を巡って議論は迷走した。周辺住民のブースターがどこに落下するかわからないという危惧に対して、防衛省は確実に演習場の中に落下させるように改修するには莫大な費用と期間が必要と判断し、最終的に導入を断念したのだ。

加えられた「拡張性」の意味は?

 しかし、防衛省はイージス・アショアの必要性は変わらないという方針のもとで代替手段の検討を進め、令和3年度概算要求では「イージス・アショア代替措置関連事業」として事項要求を行い、イージス・システムを洋上艦艇に搭載する方針を示した。令和4年度概算要求では、イージス・アショアに搭載予定だった米ロッキード・マーチン社の最新型レーダー「SPY7」をイージス・システム搭載艦に転用する費用として58億円を計上している。

 そこに今回、「拡張性」という言葉が加わり、ロケットから分離して攻撃目標まで飛行する極超音速滑空体(HGV)対処だけではなく、より広範な機能が期待できる艦艇の建造を目指すこととなった。

 確かに、北朝鮮は極超音速を目指したミサイル「火星17号」や、大気圏内でミサイルが一旦下降して再び上昇する「プルアップ軌道」を描く短距離弾道ミサイルの開発を進めており、脅威が多様化したのは事実だ。しかし、一層厳しさを増す安全保障環境のもとでは、「イージス・システム搭載艦」という高価な艦艇を対北朝鮮という単一目的のためだけに保有することは非効率である。そのため概算要求で示された「拡張性」には、洋上を機動できる艦艇の特性を生かした多目的性の実現も含まれていると考えられる。

海上自衛隊OBからの批判もある

 イージス・システム搭載艦の導入に対しては海上自衛隊OBからの否定的な意見が多い。確かに、2隻の導入だけでは24時間365日の警戒対処は達成できないうえ、イージス艦を運用する海上自衛隊の負担軽減どころか負担増となる可能性もある。さらに、米海軍イージス艦と異なるSPY-7レーダーを搭載することから、教育訓練や維持整備のスケールメリットが享受できず運用経費が膨大となるという指摘もある。

 また、同艦のサイズは全長210m、全幅40mで基準排水量は約2万トンだ。この巨艦を約110人の乗員によって運用すると見られている。いくら省人化を進めるとは言え、海上自衛隊で艦長や司令の経験をした私からすれば困難を通り越し不可能とさえ思える。

「負の遺産」にしてはいけない

 イージス・システム搭載艦の拡張性がどの程度までのものなのかまだ不透明だが、軍事技術は日々進化している。AIやロボティクス技術が進展したことにより無人艦艇や無人航空機の導入も進む。これはいわゆるゲームチェンジャーとなりうる技術だ。

 第一次世界大戦時、機関銃はそれまで主流だった軍隊の密集隊形での突撃をまったく無力化した。「原子力海軍の父」と呼ばれる米海軍のリッコーヴァー提督がいなければ原子力潜水艦の実現はなかったかもしれないし、核抑止力の重要な支柱である弾道ミサイル搭載原子力潜水艦も登場しなかったであろう。戦史を紐解くと、新たな技術が戦闘方法を抜本的に変化させた例は枚挙にいとまがない。そして、このような新たな技術が日の目を見るためには、それを担当する人間の信念とリーダーシップが不可欠だ。

 イージス・システム搭載艦が「戦艦大和」や「武蔵」のような大艦巨砲主義同様の無用の長物となるか、それとも今後の日本の安全保障を担う守護神となるか。従来の枠にとらわれない自由な発想で計画を進めることが求められる。

 一方で、いつまでも多額の予算をつぎ込むことは不適当だ。技術革新の著しい現在、システムの世代交代は急速に進む。定期的に事業の見直しを行い、費用対効率を考慮し、過去の投資を無題にすることも厭わない姿勢も必要であろう。イージス・システム搭載艦が、イージス・アショアからの負の遺産を受け継ぐ存在であり続けることだけは許されない。

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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