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2022.08.25 安全保障

台湾を巡り牽制し合う関係各国、「ペロシ訪台」は中国の強硬策招く
― JNF briefing by 末次富美雄

末次 富美雄

 台湾は独立国家を自認していますが、中国は台湾を自国の領土の一部であるとし、双方は激しく対立しています。こうしたなか、米国のペロシ下院議長が8月2日に台湾を訪問したことで、米中関係の緊張が一気に高まりました。今回は、ペロシ氏訪台前の1週間の米中台および日本の軍事演習や各国の心理戦を概観した上で、今後の注目点について説明します。

 

 まず、ペロシ下院議長が訪台する直前の関係各国の動きから説明します。

下の図は、7月25日から29日にかけて台湾が実施した軍事演習「漢光38号」の概要です。

 「漢光38号」は、台湾東岸に演習区域を設けて実施されました。洋上演習にはフリゲート艦や潜水艦が参加し、空軍からは国産戦闘機のIDF「経国」に加え、ミラージュ、F-16V、哨戒機のP-3Cが参加しました。報道によると、「漢光38号」は、1日目と2日目が戦力温存・全般防空、いわゆる防御のシナリオから開始され、3日目には共同迎撃、4日目から5日目にかけて合同国土防衛という反撃のシナリオが組まれました。

 中国はこの演習に反応しました。防衛省統合幕僚監部が公表した資料によると、中国の無人偵察機(TB-001)が、7月25日の午前から午後にかけて沖縄本島と宮古島の間を通過し、台湾の東方を経由して南下しています。これに対し、航空自衛隊は緊急発進(スクランブル)で対応しています。

 次の図は、演習の細部を示しています。

 漢光演習は1984年から年1回、実施される大規模訓練です。今年は38回目を迎えることから、「漢光38号」と名付けられました。報道によれば、訓練内容は中国軍の上陸作戦、ミサイル作戦、電子戦、サイバー攻撃などに対応するもので、25日午後には台北市全域で交通規制と住民の避難訓練が行われました。

 上図中央の写真は、台湾国防部がツイッターに投稿したものです。米国から購入したキッド級駆逐艦と潜水艦のセイルが確認できます。これは海龍級潜水艦であり、就役後40年近くたっていますが、潜水艦は行動しているというだけで相手に圧力をかけることができます。

 写真のミサイル艇には、国産の対艦ミサイルを搭載しています。対艦ミサイルの一部は超音速ミサイルです。ウクライナ戦争において、ロシアの巡洋艦「モスクワ」が対艦ミサイルで撃沈されましたが、あのミサイルは亜音速でした。台湾が保有する超音速ミサイルは、より対応が難しく、中国海軍にとって大きな脅威だといえます。

 なお、演習での住民の避難訓練は3年ぶりであり、予備役の動員などを含め、ウクライナ戦争をかなり意識した訓練だったといえます。また、台湾北東部の海域は5月に中国の空母「遼寧」が行動した海域であり、そのことも念頭に置いた訓練だったとみられます。

 次に示す4枚の図、「中国の動き(1)~(4)」は、漢光演習に対する中国の対応です。

 中国はまず、TB-001という無人機を飛ばしました。これには台湾の地勢が関係しています。上図のように、台湾中央部には3000メートル級の山があり、ほとんどの道路は、中国大陸と台湾を隔てる台湾海峡側にしか敷設されていません。TB-001はかなり大型の無人機で、飛行能力は高度8000メートルで最大航続距離は約6000キロとされています。これは米国の無人機MQ-9「リーパー」と同程度の能力といわれています。

 中国が台湾を侵攻する場合、台湾を支援しようとする米軍を阻止するためにも台湾東側からの攻撃を考える必要があります。そのため、最近中国は台湾東部での攻撃を想定した訓練を行っています。

 次の図は、中国の艦艇の動きです。

 これらの艦艇のうち、ジャンダオ級小型フリゲートは、7月22日に宮古島と台湾の間を南下し、27日に北上しました。これは、27日に情報収集活動を行った無人機が、事故で着水といった不測事態に陥ったときに対応するための行動だと思われます。併せて、台湾の訓練の情報収集を行った可能性もあります。

 また、中国海軍所属のシュパン級測量艦3隻は日本周辺で活動していますが、そのうち1隻が対馬海峡を越えて日本海に向かい、8月1日に宗谷海峡を経由してオホーツク海に入っています。残りのシュパン級2隻、艦番号23および25は、大隅海峡を経由して太平洋に進出しています。さらに艦番号25は、1日に台湾と与那国島の間を通って北上しています(同艦は3日に沖縄と宮古島の間を南下、太平洋に向かっています)。

 これらシュパン級の測量艦は、日本に対する「航行の自由作戦」を遂行しながら、潜水艦等を運用するための海洋環境の調査をしていると考えられます。台湾の演習や中国の動きに対して、自衛隊はどのような行動をとるのかという情報収集を行った可能性も考えられます。

 次の図は、その他の中国艦艇の動きです。

 7月30日にルーヤンⅢ級の駆逐艦が沖縄と宮古島の間を通って南下。31日には、ジャンカイⅡ級フリゲートが与那国と台湾の間を通って南下しています。いずれも、台湾東部の海域を行動するとみられます。今回、補給艦が同行していないので、燃料の関係上、恐らく1週間程度、長くても2週間程度活動すると思われます。

 次の図は、8月2日に海上保安庁のウェブサイトに掲載されていた「航行警報」です。

 航行警報は、航行の安全上重要な事項、例えば浅瀬や水中障害物、あるいは障害物(いかだ等)が漂流しているといった情報を警報として示します。加え、海底ケーブルや航路標識の設置といった船舶の航行に影響を与える情報も提供するほか、軍の射撃や演習の際も警報が出されます。上図に示した海域は、8月いっぱいの平日(月曜~金曜)、射撃に伴う航行警報として出されたものです。

 この航行警報の中身だけ見ると、どこの国が出した警報かは明らかではありません。しかし、昨今の状況から、中国がペロシ下院議長の台湾訪問を牽制する目的で設定した可能性は否定できないと思います。

 米海軍協会ニュースは週1回、Marine Trackerとして、米海軍主要艦艇の動静を伝えています。同ニュースによると、8月1日現在、フィリピンの東方で「ロナルド・レーガン」空母機動部隊が、台湾の東方では米海軍強襲揚陸艦「トリポリ」が行動しています。空母「アブラハム・リンカーン」と強襲揚陸艦「エセックス」は、環太平洋合同演習「RIMPAC 2022」に参加しています。

空母「レーガン」はF/A-18戦闘攻撃機とE-2D早期警戒管制機を搭載しています。E-2Dはプロペラ機なので、空母から発艦させるためにはカタパルトが必要です。現在中国が保有している空母「遼寧」「山東」では、この種類の航空機を発艦させることはできません。

また、米国西海岸のサンディエゴを母港とする強襲揚陸艦「トリポリ」は、5月ごろから日本周辺で行動し、空母としての作戦行動ができるか検証を行っています。同艦はF-35Bを20機搭載しており、中国空母「遼寧」と同程度の運用機数といえます。これら米海軍艦艇の行動は、ペロシ下院議長のアジア歴訪に伴う不測の事態に備えたものといわれています。

 次に、参考として「RIMPAC 2022」で行われた写真撮影の状況を紹介します。

 参加国は26カ国、艦艇38隻、潜水艦4隻、航空機170機、人員2万5000人という極めて大規模な訓練でした。注目されるのは、米海軍無人艦艇4隻「Sea Hunter」や「Ranger」が参加していることです。これだけの規模のフォーメーションに参加できるほど、無人艦艇に安定性があることを証明したかたちです。

 次に日本の課題として、東シナ海における無人機への対応について説明します。

 今回、中国の無人機が初めて東シナ海から太平洋にわたって単独飛行しました。中国は、無人装備の開発に力を入れているので、今後、同様の飛行が継続することは確実だと思われます。米軍は、九州南方の海自鹿屋基地に無人機MQ-9「リーパー」の部隊を配備する予定です。また三沢基地には、航空自衛隊が運用する無人機「グローバル・ホーク」が配備されているので、今後、東シナ海は無人機が飛び回るエリアになってくると考えられます。

 今まで、他国の有人機の接近に対しては、戦闘機によるスクランブルを行い、相手の動静を確認してきました。そして、領空に近付くようであれば、無線や翼を振るなどして警告しています。しかし、無人機に対しては無意味です。今後は領空侵犯の可能性がある無人機にどのように警告を示すのかが課題と思われます。「無人機が領空侵犯することがあれば撃ち落としてもいい」というのは国際的な考え方です。日本も国家として明確な指針を示しておくことが抑止につながるという考え方を持つべきでしょう。

 現在、日本と中国の間では「海空連絡メカニズム」が結ばれており、不意に艦艇および航空機が遭遇した場合にどのような周波数を使用して連絡をとるかを決めているほか、定期的な会合を持つなどの実績があります。しかし、合意事項の一つであるホットラインの設置については進んでいません。「海空連絡メカニズム」に基づく通報体制の早期確立が望まれます。

 参考までに、鹿屋基地における米空軍の「リーパー」の配備と海上保安庁が実証試験中の無人機について説明します。

 7月21日、日米合同委員会が日米地位協定第2条第4項(b)の規定に基づき、鹿屋基地の一部と建物および滑走路を米軍に提供することで合意し、29日に閣議決定しました。リーパー運用について1年間の実証を行うとされていますが、将来的には配備を視野に入れていると思われます。

 リーパーは無人偵察/攻撃機で、米空軍が2017年から運用を開始、地上管制装置は2名で運用されます。2020年1月にイラン革命防衛隊ソレイマニ司令官が無人機で殺害されましたが、使用された機体はリーパーだったと言われております。滞空時間が14~28時間、航続距離6000キロメートルと極めて長期間の運用が可能な機体です。

 なお、海上保安庁は「シーガーディアン」という無人機の実証研究をやっていますが、これはリーパーの海洋監視バージョンです。搭載センサーとして、逆合成開口レーダー、海洋レーダー、AIS、光学/赤外線カメラを装備し、海洋監視を行うことを目標としています。現在、八戸の海上自衛隊基地を起点に実証研究を実施していす。これも洋上で無人機が多くなってくる兆候の一つと考えられます。

 こうしたなか、冒頭述べたとおり8月2日にペロシ下院議長がクアラルンプールから台湾の松山空港に到着しました。次の図は中国およびバイデン政権の反応です。

 8月3日付の中国軍の公式新聞「解放軍報」は、ペロシ氏訪台に関し、中国の各組織、全人代常務委員会、中央委員会、外交部、国防部、政治協商会議等の声明を公表しています。それぞれ、かなり強烈に批判しています。

 例えば国防部は、国家の主権と領土の一体性を擁護するため、一連の標的型軍事作戦を開始すると言っています。外交部は、米国は挑発的な行動を行っており、そのことに起因するあらゆる責任、あらゆる結果は米国が負うと主張しています。

これに対し、米国NSC(国家安全保障局)のカービー報道官は米国時間2日の記者会見で、下院議長の訪問は議会の独立した権限の下で行われた行動であると述べました。その上で、「台湾は中国の一部である」と主張する中国の立場を踏まえた「1つの中国」という米国の政策変更を意味するものではないとも説明しています。併せて、下院議長の台湾訪問をバイデン政権としては支持するという言い方もしています。

 次の図で示しているのは、8月3日付の解放軍報に掲載された軍事演習の海域です。4日12時から7日12時までの間、図に示す海域で軍事演習および実弾射撃を実施すると公表されています。

 先に、海上保安庁の航行警報を示しましたが、それとは別に示されたものです。これは、前述の航行警報が土曜日、日曜日を含んでいなかったこともありますし、あらためて海域と期間を示すことで、周辺諸国の注目を引きたいという中国の意図があったものと考えます。演習内容は、台湾海峡では長距離火力実弾射撃、台湾東部では誘導火力試験、その他の海域では共同海空訓練としています。バシー海峡を通過する船舶に対する影響を考慮した可能性もあると考えます。

 今回の解説をまとめます。

 まず、ペロシ下院議長の訪台に先立って7月28日に行われた米中の首脳電話会談の内容は下図のとおりでした。

 ホワイトハウス高官の公表によると、会談の議題は3件で、一つは環境問題を含む両国が協力できる分野における協議、次にロシアのウクライナ侵攻、そして台湾問題に関する討論だとしています。台湾については、従来の政策に変化がないということと、現状を変更する双方の動きに反対すること、そして両岸(中台)環境の平和と安定に対する米国の公約について強調したと伝えています。

 ここで注目されるのは、「現状を変更する双方の動き」です。米国としては、ロシアのウクライナ侵攻を抑止できなかった教訓を受けて、曖昧戦略から一歩踏み出した印象があります。また、ペロシ下院議長訪台に強硬に反対する中国への回答として、双方の動きに反対すると言っている以上、「これは現状を変更する動きではない」と伝えたかったのだと思います。

 しかし、中国の習近平主席は、中国14億人の民意に背くべきではない。火遊びは必ず身を焦がすと警告しました。この言葉は、実は、当時の安倍晋三首相が「台湾有事は日本有事」と言った際、中国が抗議したときにも使われた言葉です。最近、台湾関係については、このワードはよく使われる傾向があります。

 いずれにせよ、今回、習主席がこのような強硬姿勢を示したために、逆にバイデン政権としては後に引けなくなった可能性があります。議会の独立性を尊重する立場から、訪台決断を支持する一方で、「1つの中国」の政策変更はないということを強調せざるを得なかったということです。一方、習主席はメンツをつぶされた格好なので、軍事的手段を含む強硬手段を決断せざるを得ない状況だと思います。

最後に今後の注目点を示します。

 中国については、8月4日からの軍の演習がどんなかたちになるのか点が注目されます(演習の詳細は、8月12日付フォーラム記事「習氏に芽生えつつある過剰な自信…台湾海峡で進む『中国の内海化』を止める方法」参照)。

 1996年の台湾海峡危機時には、台湾総統選挙への圧力として、中国が台湾周辺の海域に短距離弾道ミサイルを発射しました。これに対し米国は二個空母機動部隊を台湾周辺に展開し、中国はミサイル発射を中止せざるを得なかったという事件がありました。これが、中国軍にとってみればトラウマとなって、海軍も含めた軍の近代化を進めた経緯があります。

 今回の演習で、中国が捲土重来を期して短距離弾道ミサイルの発射を行うのか、あるいは、既に一部行われていますが、台湾への経済制裁、サイバー攻撃などを強めるのか。これに対して台湾の世論がどれだけ変化するのかが注目されます。

 米国については、恐らくそれほど大きな動きはないと思います。ただ、中国の軍事演習の状況を監視しつつ、フィリピン海における空母のプレゼンスは維持すると考えられますし、「RIMPAC」が終わったので、もう一個空母機動部隊を展開するということもあるかもしれません。

 日本に関しては、今後、南西諸島方面で中国艦艇あるいは米国の艦艇の動きが活発化するのは必至なので、監視体制を強化する必要があります。7月27日に石破茂元防衛大臣が訪台し、「台湾有事にならないための備えとして、どのような事態を想定し、どのような法律根拠に基づき、どのように部隊を運用するかについて共通の理解が必要」と述べました。今後、日米台が台湾有事を見据えてどういうかたちで作戦要領を構築するかが注目されます。

写真:ロイター/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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