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2022.08.24 外交・安全保障

「スリランカ巡る中印の綱引き」は日本人にとって対岸の火事ではない

末次 富美雄

 中国調査船「遠望5号」が16日、スリランカ南部ハンバントタ港に入港した。スリランカ外務省は当初、調査船が中国のスパイ船だとするインドの懸念を受けて中国政府に入港延期を申し入れていた。これを巡って、中国共産党系の英字紙Global Timesは「入港延期の申し入れは、インドが安全保障上の懸念を伝えたことを受けたものであり、中国とスリランカの健全な関係への干渉である」という中国政府関係者の抗議のコメントを掲載。このような中国側の抗議に対応する形で、最終的には領海内での海洋調査を実施しないことを条件に入港を許可した格好だ。

スリランカ、援助と引き換えに権益を失う「債務のワナ」に陥る

 スリランカでは7月5日に国家破産が宣言され、すでに国外逃亡していたラジャパクサ前大統領に代わってウィクラマシンハ首相が大統領に就任したが、燃料不足や物価の高騰によって激しいデモが続いていた。

 2009年に国内紛争が終結したことから復興需要や経済活動の活性化によって成長を遂げていた同国だが、さらなる成長を見越して中国から借り入れた多額の債務が産業振興に結びつかず、経済活動が停滞。国家破綻の状態となっていた。

 今回入港したハンバントタ港もまた、港湾整備に伴う中国への債務返済が追い付かず、2017年から中国企業に99年もの期間リースされている状況だ。このような甘い返済見通しに基づいて多額の投資を行い、滞った返済の代わりに権益を獲得するという中国の手法は「債務のワナ」と呼称され、ハンバントタ港はその典型例だ。

遠望5号は「スパイ船」なのか?

 遠望5号はスパイ船なのか。同艦は中国第3世代衛星追跡艦で、2007年に上海の江南造船所で建造が開始された最新鋭艦だ。満載排水量25000トンの大型艦で全長200mを超える同艦は、大型パラボラアンテナ3基が搭載されており、衛星の追尾のみならずその指揮管制と他国の衛星や打ち上げたミサイルの追尾が可能と見られている。

 もともと中国は太平洋の島嶼(とうしょ)に衛星追跡ステーションを保有していないため、衛星データ保全の観点から独自の衛星追跡監視ネットワークを構築していた。遠望5号も洋上衛星追跡ステーションとして中国宇宙事業に不可欠な役割を果たしている。

 共産党機関紙・人民日報の電子版「人民網」は7月14日、遠望5号が今まで57万海里(地球約26周)を航行し、80数回の衛星海上測量制御任務をこなしていることを明らかにしており、船舶が発信する自動識別システム(AIS)の位置情報で航跡が確認できることから、中国に船舶の位置を秘匿する意図はないと考えられる。中国は、7月24日、8月4日・9日にそれぞれ人工衛星の打ち上げを行っており、遠望5号はこれらの打ち上げ支援も行った模様だ。

 つまり、インドの横やりでスリランカへの入港が阻害されたことは、中国にとって全くの想定外だったと言える。では、今回インドが「遠望5号」の動きに神経をとがらせた背景には何があるのだろう。

宇宙産業に意欲的なインド

 その1つにインドの宇宙産業分野への積極的な参入が挙げられる。インドのモディ政権は、新たな産業の需要喚起と輸入依存からの脱却のため宇宙分野を重要な政策分野としており、昨年6月には次世代核弾道ミサイル「アグニP」の発射試験に、今年6月30日には初の国産民間衛星の打ち上げに成功している。

 とくに、1000~2000kmとされる「アグニP」の射程が延伸されることは、中国にとって直接的な脅威となり得ることから、遠望5号がこれらのデータ収集を行う可能性は十分考えられる。インドが遠望5号のスリランカ入港を安全保障上の懸念とした理由もうなずける。

中国への高まる警戒感が好機に

 もう一つは、スリランカの破産を受けたインド政府が「スリランカの過度な中国傾斜を是正する好機」と判断した可能性だ。スリランカ国民の不満を、ラジャパクサ前政権から、同政権を経済的に支えてきた中国に向けさせるために遠望5号の活動をプレイアップしたという見方である。

 おりしも、中国がペロシ米下院議長の台湾訪問に伴った大規模な軍事演習を行ったことにより、中国の強引な外交姿勢に国際的な警戒感が高まっていたことが、インドが好機と判断した背景にある。

「インドの懸念を受けて」入港延期を申し入れた

 さらに注目したいのは、スリランカが「インドの懸念を受けて」入港延期を申し入れたという事実だ。スリランカは、中国が主導する広域経済圏構想「一帯一路」において重要な地理的位置を占めている。日本が進める「自由で開かれたインド太平洋」においても同様だ。スリランカに対する日本の経済援助は中国(40%)に続く2位(11%)であり、大きな政治的懸案も存在しない。

スリランカ支援にはクアッドが最適

 破綻したスリランカの経済再建のためには国際通貨基金(IMF)から金融支援を受けることが最優先だが、根本的な立て直しには日本が支援すべきだろう。そこで注意しなければならないことは、日本の動きが突出したものと受け取られないようにすることだ。急にスリランカに経済支援を拡大すれば、中国から強い反発を生みかねない。さらに、隣国であるインドの意向を考慮する必要もある。

 これら全てを鑑みると、日米豪印4か国の枠組み「Quad(クアッド)」こそがスリランカ支援のために最適なのではないだろうか。Quadにはインドが含まれ、アメリカも取り込むことにより中国を牽制しうる。

 今年5月のQuad首脳会談で採択された共同声明には、「多くの国で、パンデミックにより悪化した債務問題に対処する事へのコミットメントを共有する」という文言が盛り込まれ、「インド太平洋地域において500億米ドル以上のインフラ支援と投資を行うことを目指す」ことが示された。日本はこの枠組みをつうじたスリランカ支援を主導すべきだ。そして、このことが日本の安全保障に直結するという視点を忘れてはならない。

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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