実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2022.08.09 外交・安全保障

学術会議、先端技術の軍民両用を容認? 日本人は「戦後の呪縛」から脱却すべきだ

末次 富美雄

 読売新聞は7月27日、科学者の代表機関である日本学術会議(梶田隆章会長)が、AI(人工知能)などの軍事と民生双方で活用できる「デュアルユース(軍民両用)」の先端科学技術研究について、軍事と無関係な研究と「単純に二分することはもはや困難」とし、事実上容認する見解をまとめたことを伝えた。

「戦争のための科学研究は行わない」から一転

 もともと日本学術会議は2017年3月24日に「軍事的安全保障研究に関する声明」を発出しており、1950年と1967年の「戦争を目的とする科学研究は行わない」という声明を踏襲する方針を示した上で、防衛装備庁が基礎研究を支援する「安全保障技術研究推進制度」に関しては問題が多いと切り捨てている。理由は、将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家ではなく同庁内部の職員が進捗管理を行うなど、政府による研究への介入が著しいためだ。

 防衛装備庁のパンフレットでは、安全保障技術研究推進制度の目的は「先進的な民生技術についての基礎研究を公募・委託する制度」で、革新性を有するハイリスク研究を中心に外部有識者による審査の実施や民生分野における研究の進展を期待し、成果を積極的な公表を推奨するとうたわれている。

 経済産業省によると、2021年の日本の研究費支出割合は、企業などが79.4%であるのに対し、大学などは11.6%にしか過ぎない。日本の研究者数の比率が「企業50.7%」対「大学33.5%」であることを考慮すると、大学はより多くの研究費を必要としていると推測できる。それにもかかわらず、2021年度に同制度で認定された23件のうち、大学はたった5件(豊橋技術科学大学、岡山大学、宇都宮大学、大分大学、千葉工業大学)だった。このように制度を利用する大学の割合が少ないのは、2017年の日本学術会議の声明の影響があると予想される。

安全保障上の要請を考慮

 今回の学術会議の見解は、小林科学技術相が、7月22日に表敬訪問した日本学術会議の梶田会長にした「先端科学技術に取り組む際の留意事項と先端技術の多様性・両義性を前提とした上で、いわゆるデュアルユース問題と呼ばれてきた先端・新興技術の研究開発にアカデミアがどのような姿勢で臨む必要があるか」という質問に対するものだ。

 回答は日本学術会議のホームページに「先端技術と『研究インテグリティ』の関係について」の標題で公表されている。そこでは、研究に当たっての規範とされる「研究インテグリティ」が現在は国際的な競争環境にあるとの認識のもと、先端科学技術・新興科学技術を「人類社会のウェルビーイングの実現に欠かせないものであるばかりか、一国の研究力や国際競争力を支えるもの」と位置付けている。

 さらに、「(それらの技術は)用途の多様性ないし両義性の問題が内在しており、従来のようにデュアルユースとそうでないものとに単純に二分することは困難」で「科学者コミュニティの自律的対応を基本に、研究成果の公開性や研究環境の開放性と安全保障上の要請とのバランス等を慎重に考慮」しなければならないと記されている。

 冒頭に紹介した読売新聞の報道は、「二分する事は困難」、「安全保障上のバランスを考慮」という言葉から「事実上容認」と解釈したものと見られる。

先端技術は、「人類のため」から「競争に勝つため」に変化

 今回のやり取りの背景には、2022年5月に成立したばかりの「経済安全保障推進法」がある。経済安全保障は岸田文雄政権の目玉政策の一つであり、これはその環境整備のための法律だ。早期に法制化が必要な4分野(①重要物資のサプライチェーン強化、②基幹インフラの信頼性確保、③重要先端技術の開発促進、④非公開特許制度)について細部検討が進められている。

 重要先端技術は、軍事・民事の区別があいまいというだけではなく、その優位性が国力の優劣を決定づけるものでもあるという認識が広まりつつある。それを踏まえて、経済安全保障政策の③と④は、国家として国力を左右する重要先端技術を囲い込むための施策と言えよう。小林大臣は、日本のアカデミアを統括する立場にある日本学術会議がこの状況に対してどのように臨むかという鋭い刃を突き付けたのである。

 自らが情勢変化に応じて発出したものではない今回の梶田会長の回答は、質問から回答までに3日しか経っておらず、この短期間で学術会議全体の意見を取りまとめたものとは考えづらい。また、7月27日のNHKウェブニュースは、日本学術会議の幹部が記者会見で「(戦争を目的とする科学研究は行わないとする)当時の声明を我々が批判したり否定したりすることはできないと考えている」と述べたと伝えている。日本学術会議が従来の姿勢を変えるまでには、まだ相当の紆余曲折が予想される。

軍事研究の容認は当然に?

 一方で、梶田会長の回答が与える影響は小さくない。理由の一つは「研究成果の公開性や研究環境の開放性と安全保障上のバランス等を慎重に考慮する」としている点だ。2017年の声明では「安全保障技術研究推進制度」を政府による研究への介入と批判しており、研究の公開性を守るべき価値の最優先とした。そこに安全保障上の配慮は皆無だった。つまり、今回の回答は2017年の声明の一部を修正するものだったと言えるのだ。

 次に、「日本学術会議、軍事研究事実上容認」という報道が及ぼす影響である。安全保障における先端技術の重要性への認識が高まり、ロシアのウクライナ紛争を契機に防衛費増額への理解が深まっている。このような空気のなかでは「日本学術会議が軍事研究を容認することは当然で、むしろ遅きに失している」との意見が寄せられることが予想できる。「戦争目的の科学研究は行わない」とする声明は否定しないという日本学術会議幹部の意見は、現在の風潮では主流とはなり得ないであろう。

「戦後の呪縛」からの脱却が必要

 戦争の反省に立った日本学術会議の「戦争目的のための研究は行わない」という姿勢は、戦争目的か否かの切り分けが容易ではなくなっているいま、意味をなさなくなっているのが現実だ

 日本学術協会の会員だけではなく、日本人全体の暗黙のコンセンサス(合意)として、戦争につながる可能性があればアカデミズムでは研究しないという極端な制約――「戦後の呪縛」からの脱却を図る必要がある。今回の梶田会長の回答が、その先鞭(せんべん)をつける役割を果たすことを期待したい。

写真:Agencia EFE/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

著者の記事