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2022.07.26 安全保障

中国艦艇が屋久島南に領海侵入、だが安易に中国批判に走るべきではない

末次富美雄

 防衛省は21日、中国海軍シュパン級測量艦1隻が屋久島(鹿児島県)南の日本領海に入域したことを確認したことを明らかにした。午後8時ごろから11時半ごろまでの間の約3時間半にわたり領海内を航行した模様だ。

 松野博一官房長官は21日の記者会見で、「外交ルートで懸念を伝えた」とした上で「中国海軍艦艇の日本周辺海域における動向を注視し、警戒活動に万全を期していく」と強調した。また、自衛隊制服組トップの山崎幸二統合幕僚長も同日の記者会見において「中国による日本周辺の軍事活動はますます拡大、活発化の傾向にあり、今回もその一環と見られる。懸念を持って注視している」と述べた。

過度な恐怖感を持つのは危険

 中国のみならずロシア海軍艦艇の日本周辺における活動も活発化しつつあり、不透明な北朝鮮情勢とあいまって、日本を取り巻く安全保障環境は極めて厳しい状況となっている。松野官房長官や山崎統合幕僚長の懸念は当然のことだ。

 一方で、必ずしも政府間の信頼関係が構築されていない中国やロシア、北朝鮮と相対する場合に過度の恐怖を持つことは相手の心理戦に囚われる可能性があり、必ずしも得策ではない。「疑心暗鬼」という言葉がある。我々は中国に対し疑心暗鬼に陥っていないか。今回の中国海軍艦艇領海航行は複数の視点から見る必要がある。

「国際法違反」とは言えない

 まずは国際法上の視点から見てみよう。海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)17条は「すべての国の船舶は、(中略)領海において無害通航権を有する」と規定しており、中国海軍艦艇も無害通航の権利を享受している。19条には無害通航の意味が規定されており、「沿岸国の平和、秩序又は安全を害する」と解釈される行動が12項目示されている。武力による威嚇や武力の行使は言うに及ばず、汚染行為や漁獲活動なども禁止の対象だ。

 今回は、海軍の測量艦という艦種であったことから、「無害ではない活動」に指定されている「調査活動又は測量活動の実施」に当たるのではないかとの指摘がある。

 防衛省はこの領海航行距離は公表していないが、公表された行動概要を見る限り領海航行距離は70km程度で、この間の速力は約20㎞/h、12ノットと推定できる。防衛省が参考として示しているシュパン級測量艦の速力は17.5ノットなので、12ノットは同艦の巡航速力として不自然ではない。

 もちろん巡航速力で実施できる調査、測量活動は存在するとは思われるが、あからさまな調査活動とは言えない。したがって、中国に対し「国際法違反である」と抗議することはできないのだ。松野官房長官が「外交ルートで懸念を示した」と述べているのは、このような事情を考慮したものだろう。

「どの海域で」「どう測量したか」が重要

 次に、軍事的視点から領海航行の意味合いを考察してみよう。中国海軍艦艇の日本領海航行は今年2回目で計6回あった。この中には2004年11月の漢級原子力潜水艦の領海侵入(国際法違反)もカウントされている。今回のシュパン級測量艦の領海航行は昨年11月と今年4月に続くもので、いずれも同じ海域だ。

 同艦は満載排水量5883トンの大型測量艦で、配備数は9隻と見積もられている。防衛省は艦名や艦番号を明らかにしておらず母港を推定することは困難だが、屋久島周辺を航行していることから、東海艦隊(浙江省寧波)所属と推定できる。海洋調査海域がグアムや北マリアナ諸島周辺海域であれば、進出・帰投時には沖縄と宮古島間を通過するのが自然なのだ。そして、太平洋への進出・帰投に屋久島周辺海域を航行する必要があるとすれば、海洋調査海域が四国南方または小笠原周辺である可能性がある。

 同艦が収集するデータは潜水艦運用には不可欠と推定できることから、軍事的には同艦がどこを通ったのかよりも、どの海域で、どのような測量作業を行ったのかを継続的に追尾する必要があるだろう。

あえて海軍が測量艦を運用したワケ

 最後に必要なのは軍事外交の視点である。中国には海軍の他に海洋調査を実施する組織が二つある。

 一つは国家海洋局を前身とする「自然資源部海洋地質調査局」である。2018年の組織改編で、国家海洋局隷下の中国海警局の法執行機能は中央軍事委員会に移管され、海洋の調査研究機関が自然資源部に残された。隻数は明らかではないが、「東方紅」や「海洋地質」の名前を持つ調査船は同局に所属していると推定されている。そのほかに、民間企業や大学などの研究機関が保有している調査船がある。たとえば、海上保安庁が2021年8月に日本最南端の沖ノ鳥島(東京都)周辺で確認した「張謇」は民間企業が保有している海洋調査船だった。

 これらすべての海洋調査船が収集したデータは軍に提供されていると推定される。つまり、あえて海軍が測量艦を運用するのは、中国のプレゼンスを国際的に広げ、国家意思を体現するためなのだ。

 2017年2月にはシュパン級測量艦がスリランカのコロンボ港に寄港したことが確認されているが、これも中国の広域経済圏構想「一帯一路」の先兵として海洋調査のかたわら、中国海軍のプレゼンスを誇示する目的があったと思われる。

 今回の日本領海航行も、南シナ海における米軍が軍艦を送り込む「航行の自由作戦」に対抗した中国による「航行の自由作戦」と見ることも可能であろう。中国は米軍の航行の自由作戦を平和と秩序の破壊者として批判している。軍事外交の観点から、この中国のダブルスタンダードを糾弾するしたたかな外交が求められている。

バランスの取れた見方が必要

 ロシアのウクライナ侵攻は、私たちに軍の活動が単なるプレゼンスの提示に終わらない可能性があることを改めて認識させたものだった。その観点から、日本周辺における中国やロシアの海軍艦艇や航空機の活動には十分な注意が必要であり、継続した警戒監視を実施するのは当然である。日本国民に中国の活動の不透明性を明らかにする活動もまた必要であろう。

 一方で、あまりに警戒感や危機感をあおると両国民の意識が不寛容となり、政治的妥協が困難になる。結果として、自らの行動を縛る可能性があることも自覚しておかねばならない。

 今回のシュパン級測量艦の日本領海航行は、国際法違反と批判することはできない。海軍に所属する艦艇であることをことさらクローズアップしこの行動を批判することは、日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋」の根本理念である「航行の自由」に反する可能性もある。安全保障環境が複雑化する今こそ、バランスの取れた見方が必要だ。

末次富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。