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2022.07.12 安全保障

「銃知識」入手は簡単だった…安倍氏銃撃で浮き彫りになった「日本人の危険すぎる先入観」

末次富美雄

参議院選挙の真っただ中の7月8日、奈良市内で応援演説中の安倍晋三元首相が狙撃され死亡した。

日本の憲政史上、襲撃などを受け死亡した首相または首相経験者は、伊藤博文、原敬、高橋是清、濱口雄幸、犬養毅、斎藤実だが、今回で7人目となる。このなかで、軍のクーデターで命を落としたのは犬養毅(5.15事件)、高橋是清・斎藤実(2.26事件)の3人だ。安倍氏を殺害した犯人が元海上自衛官であったことが事件当初から大きく報道されており、「民主主義への挑戦」といった文脈で取りざたされている。

事件の背景や殺害を防げなかった警護体制の問題、再発防止策などに関しては、今後取り調べが進むにつれ明らかにされてくると考えられるが、政府の要人が白昼堂々、手製の銃器で殺害されるという事態に対し、危機管理の観点から日本の脆弱性2点を指摘したい。

あの安全な日本でまさか…

その一つは、「銃器に対するリテラシーの低さ」である。

今回の事件で世界の国々が驚いたのは「あの安全な国日本で銃による事件が起きるのか」ということだった。日本の銃犯罪の少なさは誇るべきものである。警察庁が公表した「日本の銃器情勢(令和3年版)」によれば、2021年に起きた銃器による発砲事件は10件、死者1名、負傷者4名となっている。

米経済紙フォーブスの6月14日付記事によれば、アメリカでは2022年に入って銃乱射事件はすでに22件あり、死者は計111人に上っている。一方で、警視庁が公表した2021年度警察白書によると、令和2020年時点で許可を受けた銃砲の数は日本全国で約20万丁。この数は、総人口比にするとわずか0.17%である。

アメリカ人の30%が個人的に銃を保有していること(米調査期間Pew Research Centerの2021年9月の調査結果による)と比較するとはるかに少ないものの、「思ったより多い」というのが普通の感覚であろう。今回、犯人は手製の銃を使用したとされており、無許可の銃器を含めるとかなりの数の銃器が日本にあると認識する必要がある。

銃知識、ネットで簡単に入手可能

また、今回の犯人が約20年前に3年間海上自衛隊に在職したことが幾度となく報道され、「銃の扱いに慣れている」という評価がなされていた。これに対し、自衛隊OBなどから3年間任期制隊員で在職した人間が銃の専門的知識を保有しているはずがないという反論が寄せられているが、本質はそこではない。「専門的知識が無ければ銃器は扱えない」と思いこんでいるステレオタイプの認識が問題なのだ。

報道によれば、犯人はネットをつうじ手製銃の作り方や火薬類を入手したとされている。2014年5月には、3Dプリンターで拳銃を作成した神奈川県の大学職員が銃刀法違反で逮捕されている。この際に押収された拳銃5丁のうち2丁には殺傷能力があると鑑定されたと報じられた。

日本で銃器を入手することは困難であり、専門的知識を持つ人間は限られているという先入観が今回の事件の背景にあることを忘れてはならない。

銃への危機意識、日本人に皆無

次の点は、「日本社会特有の同族意識に基づく安全感覚」である。

安倍氏殺害に関連して多くの動画や写真が公開されている。これを見ると、参議院選挙運動中だったという特殊事情を加味しても、政府の要人と安全確認がされていない人間との距離感があまりにも近かったと言わざるを得ない。応援演説を行う安倍氏の後ろを多くの車や自転車が通り過ぎる姿が映し出されている。要人警護を担当する多くの海外専門家から疑問の声があげられていることにもうなずける。

さらに、今回発砲された2発のうち1発目の大きな音に対し、警護担当者が安倍氏に覆いかぶさるようなしぐさや周囲の人間を地面に伏せさせるような姿は確認できない。不自然な大きな音がすれば銃撃の可能性があるという危機意識は日本人には皆無と言っていいのだ。

これは、日本人特有の同族意識に基づく安全感覚からの行動であり、一朝一夕で変わるものではない。したがって、ここで重要なのは危機意識に濃淡をつけることである。常時高い危機意識を持つことは容易ではないが、情報に基づいて警戒レベルに変化をつけることはできよう。たとえば、今回の銃撃の情報が事前にあった場合、歩道から車道に移動する犯人の動きを制止することは可能だったと考えられる。

世界のテロ組織、ネットでの過激思想普及に方向転換

2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが発生してから、国際テロ集団に対する監視体制の強化が図られた。そのようななか、イスラム過激派を含む多くのテロリスト集団は、インターネットなどをつうじた過激思想の普及に方向転換を始めたが、テロ集団と直接かかわりのない人間がテロ思想に共鳴しテロを起こす行為は「ホームグロウン(国産)テロ」あるいは「ローンウルフ(一匹おおかみ)」と呼称され、対応の難しさを指摘されていた。今回の犯人が安倍氏への恨みを募らせた末、インターネットをつうじて情報や火薬などの材料入手を行った姿は、目的の差はあるものの同じ問題だと言えよう。

「ホームグロウンテロ」や「ローンウルフ」への対策としてアメリカ情報コミュニティーが提唱したのは、地域コミュニティーからの情報提供であった。これは、不自然な買い物や行動に関する情報を司法当局に積極的に通報し、過激行動の芽を早めに摘むというものだ。今回の事件に関しても、犯人が居住するマンションの近隣住民が「電気工具を使ったような音がうるさいというクレームがあった」という証言をしている。顔を合わせた際の態度や日常の生活状況などを組み合わせることによって、警戒すべき人物かどうかを判断することはできる。

一方で、ここには個人情報の保護とのバランスや司法当局の恣意的な人権侵害の発生という危惧が付きまとう。これを防止するためには、アメリカのような議会の監督権限と同様の歯止めが必要だ。そして、この議会監督権限には議員に加え関係職員の「守秘義務」がなければならない。この体制を整えることにより、情報の共有が図られ、要人警護を含む危機管理を図る事ができる。

日本の「盲目的な安全神話」に警鐘

今回の銃撃事件に関連し、日本の脆弱性として「銃器に対するリテラシーの低さ」と「地域コミュニティーを利用した情報共有の重要性」を指摘した。事件捜査や要人警護を含む教訓の洗い出しは今後の課題である。

上述の通り、今回参議院選挙中であったことから「民主主義への挑戦」という言葉が躍った。確かに、5.15事件や2.26事件などの旧軍クーデターは、軍の力で政治を変えようとする民主主義への挑戦であったことは間違いない。今回の事件に関しては、犯行理由と安倍氏銃撃の関係性が十分明らかになっておらず、「民主主義への挑戦」ではないと言いきることはまだできない。

そのあたりの分析は今後に待つとして、この事件は「日本の盲目的な安全神話」に警鐘を鳴らすものであったことは間違いない。

末次富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。