ロシアのウクライナ侵攻にともない米中の陣取り合戦が熾烈化しつつある。6月23日からEU首脳会議、主要7か国首脳会議(G7サミット)、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議が立て続けに行われ、岸田首相はG7サミットに引き続き、日本の首相としては初めてNATO首脳会議にパートナー国として参加している。これに対抗するかのように、中国は6月23日に新興5カ国で構成するBRICS首脳会談を主催した。
BRICSは2000年代初頭に、経済発展の著しい4か国(ブラジル、ロシア、インド、中国)の頭文字をとって命名されたものであり、その後南アフリカを加え5カ国となっている。2009年に最初の首脳会談が行われた際は、発展途上国の全体利益を代表する枠組みとされていたが、2011年に中国が主催した「三亜会議」において、「政治、外交、安全保障、経済、社会、文化」の幅広い分野で協力を進めることが確認されている。
中国が目論む「BRICS拡大」
中国共産党系の英字紙「グローバル・タイムズ」は6月24日、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が、ロシアに対する経済制裁を念頭に、「一方的な制裁の乱用に断固として反対する」とした上で、覇権を中心に構築された「小さなサークル」を拒否しつつも志を同じくするBRICSファミリーの拡大を歓迎するスピーチを行ったと報道した。
また、ロシア大統領府のホームページには、ロシアのプーチン大統領がBRICS首脳会談で、「特定の国の誤った利己的な行動のために世界経済に現れた危機的状況」と経済制裁に対する批判を述べた上で、「真に多極的な国家形成の道筋」と発言したことが記されており、BRICSの拡大の必要性が述べられている。
中国が6月24日に主催したBRICS高位級対話には、加盟国ではないアルジェリア、アルゼンチン、エジプト、インドネシア、イラン、カザフスタン、セネガル、ウズベキスタン、カンボジア、エチオピア、フィジー、マレーシア、タイの計13か国の新興国や途上国が参加した。
インド、BRICS共同宣言の中立化に動く
しかしながら、ここで採択されたBRICS「北京共同宣言」では、「ウクライナ問題に関して表明された国別立場を想起する」とロシアへの配慮をにじませつつも、ロシアとウクライナの交渉を支持することやBRICSの拡大については「完全な協議とコンセンサス」に基づくとされている。
宣言には参加国すべての合意が必要という観点から、一定の歯止めがかけられているからだ。米ブルームバーグ通信によると、共同声明が中立的となるようにインドが働きかけた模様だ。国境問題をつうじた中国への警戒感や日米豪印4か国の枠組み「QUAD(クアッド)」の一員としてのインドの立ち位置から、この報道は信ぴょう性が高いと言える。
インド、南アフリカは、BRICS・G7に参加している
6月28日に採択されたG7サミットの首脳声明では、地球規模の問題に関する協力がうたわれるとともに、エネルギーと外交・安全保障の分野でロシアのウクライナ侵攻を批判、ウクライナ支援を継続することが確認された。さらに、「自由で開かれたインド太平洋」実現に関しては、中国の東シナ海・南シナ海における活動を現状変更の試みと整理し、人権状況と併せて懸念事項と決定。
今回のG7サミットで注目したいのは、インド、南アフリカ、インドネシア、セネガル、アルゼンチン5カ国の首脳が招待され参加したほか、ウクライナのゼレンスキー大統領もオンラインで参加したことである。
BRICSのインド、南アフリカのほか、同高位級対話に参加したアルゼンチン、インドネシア、セネガルの首脳はG7サミットにも参加している。アルゼンチンはラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(CELAC)議長国で、インドネシアは20か国・地球首脳会議(G20サミット)議長国。セネガルはアフリカ連合(AU)議長国を務める。多くの国を自らの陣営に引き入れようとする動きであろう。
トルコ、北欧2か国の NATO加盟を認める
また、6月29日から始まったNATO首脳会談で最も注目されたのは、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟手続きの扱いであった。
もともとトルコはシリア北部のクルド人武装勢力の扱いに関し、両国のNATO加盟申請に難色を示していたが、スウェーデン、フィンランド、トルコの首脳に加え、ストルテンベルグNATO事務総長が参加した4者会談が6月28日に行われ、両国のNATO加入をトルコが認める合意がなされた。
トルコ大統領府がツイッターで公表した合意文書には、「フィンランドとスウェーデンがクルド人武装勢力への支援を行わないこと」や「クルディスタン労働者等をテロリスト集団に指定すること」、「トルコに対する武器禁輸を解除すること」等が含まれている。トルコは望んでいたことのほとんどを手に入れた形となっている。
キャスティングボードを握るインド・トルコ
BRICS、EU、G7そしてNATOとそれぞれの陣営が勢力拡大をもくろむなかで、インドとトルコの役割に注目が必要だ。インドはBRICS拡大を阻止する方向に動き、トルコはNATO拡大を容認する代わりにスウェーデンとフィンランドから大きな政治的妥協を得ている。それぞれ役割は異なるものの、両国がそれぞれの陣営勢力拡大のキャスティングボードを握ることにより国際的存在感を際立たせた点は同じ。
とくにインドはQUADの一員であるが、国連総会のロシア非難決議を棄権しており、その立ち位置を不安視する見方が広がっている。しかしながら、中国とロシアが無限の友情をうたい、ロシアのボロディン下院議長が「中国、インド、ロシア、インドネシア、ブラジル、トルコ、メキシコおよびイラン」による新G8を提唱するなか、インドがその枠組みで影響力を示す役割は極めて大きい。
インドやトルコの姿勢を「いいとこ取り」と批判するのはたやすいが、簡単に相手陣営と色分けする事は不適当だ。19世紀に英国首相を務めた政治家パーマストンが語ったと言われる「英国には永遠の友人も、永遠の敵もいない。英国が持つのは永遠の国益である」という言葉が、今ほど似つかわしい時代は無いであろう。