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2022.07.01 外交・安全保障

中・露・米、日本近海に蠢く各国艦艇の動きを読む――海洋状況認識の向上を進めよ
― JNF briefing by 末次富美雄

末次 富美雄

 「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。今回は、元・海上自衛官で、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令などを歴任、2011年に海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官した実業之日本フォーラム・末次富美雄編集委員が、日本近海で活発に活動している各国の海軍艦艇の動きや思惑を分析しつつ、高めるべき「海洋状況認識」について解説する。

 本日は、「海洋安全保障」という観点から、その基盤となる我が国の海洋状況認識について説明します。そのの一例として、我が国周辺において活発に活動している各国海軍艦艇の状況をまず見ていきましょう。

 下図に示したのは、ロシア海軍艦艇の活動に関し統合幕僚監部が公表した内容をまとめたものです。

 6月10日に岸防衛大臣が記者会見で、6月3日以降、太平洋において艦艇40隻以上、航空機約20機が参加する訓練を実施しており、ミサイル射撃等の訓練を実施すると見られると発表しています。

 右下の図ですが、海上保安庁のホームページに、航行警報として示されているものです。千島列島沿い、三陸沖に航行警報(ミサイル射撃)というのが確認できます。この告示海域が、ロシアのミサイル射撃のエリアと推定できます。

 6月9日に、北海道の東方におきましてウダロイⅠ×1隻等、計5隻の艦艇が確認され以後、6月15日に新たにウダロイⅠ×1隻とミサイル観測支援艦1隻が加わり、計7隻で小笠原列島を通過しています。6月19日には、2つのグループに分かれて、1つのグループが沖縄と宮古の間を通峡し、東シナ海から対馬海峡を経由して日本海に向っています。なお、この6月3日以降、艦艇等40隻が参加した訓練に参加したと見られる小型のフリゲート等の9隻が6月17日に宗谷海峡を通峡しています。

 そのほか、6月7日にはロシアの戦闘機を含めた航空機が、北海道の西方で周回飛行あるいは樺太方面に飛行しており、この飛行に合わせるように、バルザム級情報収集艦が北海道を行動しています。ロシア航空機に対し、日本がどのような対応を行うのかという点について情報収集を行ったものと見られます。

 次の図は中国艦艇の行動を示しております。

 中国艦艇は、大きく分けて2つのグループに分けて行動しています。

 GR-Aと仮称するグループは6月1日に、奄美大島と横当島という非常に狭い海域を通過して西太平洋に展開しました。その後、6月3日には、ドンジャオ級という情報収集艦が同じくこの沖縄・宮古間を通過して、西太平洋に出ています。このグループの以後の情報は得られていません。

 一方、GR-Bと仮称するグループは6月13日及び14日に対馬海峡を通過、日本海で2つのグループに分かれ、レンハイとルーヤンⅢの2隻からなるグループは宗谷海峡を経由してオホーツク海経由南下。ドンジャオ級の情報収集艦とフチ級補給艦は、6月18日に津軽海峡を通過しています。また、6月19日以降、レンハイとルーヤンとフチの3隻で小笠原列島を通過しています。

 図には記載していませんが、6月21日には東シナ海から太平洋に向けて、ルーヤンⅢ級2隻、ジャンカイⅡ級2隻の合計4隻が行動しており、翌23日にはH-6爆撃機3機が、24日にはY-9情報収集機が同じく沖縄と宮古島間を通過しています。GR-Bとこれらの艦艇・航空機は西太平洋で共同した訓練を行ったものと推定できます。

 なお、GR-Aのユージャオ級ですが、満載排水量2万5000トンという極めて大きな揚陸艦です。なぜわざわざ、狭い海峡を通過して西太平洋に出たのか理由は不明ですが、今後、この船の運用海域として、沖縄周辺を想定している可能性があります。

 次の図は米軍等の展開状況です。

 2年に一度米軍だけで実施しておりますValliant Shieldsという訓練が6月5日から17日の12日間実施されました。参加部隊は、2個空母機動部隊、戦略爆撃機、海兵隊等です。特徴として、パラオ、ミクロネシア、マーシャル諸島で行われたことです。中国が影響力拡大を意識しているエリアと同じです。

 また、SINKEXと名付けられた除籍した海軍艦艇を標的としたミサイル攻撃が行われています。細部については示されておりませんが、海上目標に対して、サイバーを含む多領域作戦による長距離精密攻撃を行ったとしています。

 また、HI-RAIN(HIMARS Rapid Infiltration)という短距離の弾道ミサイル及び短距離のミサイルを発射できる装置をC-130に積み、迅速に展開するという訓練が実施されました。パラオにこのHIMARSを展開し、射程300キロのATACMSの発射及びPATRIOT対空ミサイルの展開及び発射も実施したと報道されています。パラオではHIMARSやPATRIOTの射撃を必要とするシナリオは考えづらいことから、あくまでも展開訓練の一環として実施し、以後、どこにでも移動できるという事を検証したと考えられます。

 そのほか、6月の末からハワイ沖で実施予定のRIMPACに参加する部隊の共同巡航として、インド、フィリピン、インドネシア、シンガポール、マレーシアの各艦艇がグアムを出向してハワイに進出中です。日本のRIMPAC参加部隊についても、ハワイに向け航行中に日米共同訓練を実施したと報道されています。

 さらに、米空軍機の日本周辺への展開も行われています。グアムにB-1Bの戦略爆撃機を、嘉手納の米空軍基地には、6月2日現在、F-35B、FA-18、EA-18G等32機が飛来しています。また、F-22ステルス戦闘機も嘉手納及び岩国で行動しており、兵力の増強が著しいと言えます。

 これが、Valliant Shieldsの訓練の一環なのか、あるいは一定の緊張に対応するために展開したのかという件については、今後、状況を見なければいけないかなと思います。

 下図に各国の思惑を推測したものを示します。

 米軍は、領域横断作戦能力の検証と、他国との共同訓練では実施できない高烈度、いわゆるハイエンドの能力確認を実施したと考えられます。あわせて、米海兵隊の柔軟な前方展開の一環として、HIMARSの緊急展開訓練(EABO=機動展開前進基地作戦)を実施したという点が注目されます。これらは、太平洋島嶼国に対する中国の活動を牽制する狙いがあったものと考えられます。

 一方ロシアですが、ウクライナ戦争遂行中における極東ロシア軍の能力をみずから検証するとともに、周辺諸国に見せるという狙いがあったのではないかなと思います。今回の参加艦艇を見ますと、ウラジオを母港とするロシア太平洋艦隊の主力艦艇がほとんど参加しています。したがって、これらの艦艇が行動している間は、ほとんどウラジオは空っぽという状況です。つまり、ウラジオに対する脅威が低いと判断している可能性があります。また同時期に、日本海で中国の艦艇が行動しておりますので、中露の協力というかロシアの力の空白を中国が補完したという可能性も否定できないと思います。

 中国は、第一列島線を超える作戦能力の検証とあわせて、ロシアとの緊密な関係を誇示することがあったのだろうと思います。特に注目されますのは、ロシアが潜水艦搭載弾道ミサイルの潜水艦の展開エリアとして重視するオホーツク海方面で行動した点です。その重要な海域に中国艦艇が入ることを許容したという意味で、中露間の関係緊密化と北極海航路をにらんで中国がその付近に海軍艦艇を展開する、プレゼンスを強化する意図があることを示しています。

 ここまで海洋状況認識、海軍艦艇等の活動を例に示しました。このように各国の活動を確実に把握するということが、海洋安全保障上、極めて重要です。

 これは政治レベルでも認識されています。年1回、イギリスの研究所主催で実施され、各国の防衛関係者、あるいは各国の指導者が参加する会議「シャングリラ・ダイアローグ」が今年は6月にシンガポールで開催されました。同会議に参加した岸田首相は、その中で「Kishida Vision for Peace」という基調講演を実施しています。

 この内容は、下図のとおりです。

 ①と②については海洋安全保障に関わるものであり、具体的な施策として、「平和のための『自由で開かれたインド太平洋』プラン」を具現化していくということが述べられています。具体的な方向性としては、海洋安保の分野における人材育成、巡視船を含む海上安全保障設備の供与、海上輸送インフラの支援、それと法の支配やガバナンス分野における人材育成というものが挙げられています。

 それでは、いま、海洋安全保障に関わる施策及び国際協力の現状というのはどのようになっているかという件について説明していきます。

 下図に、海洋に関する我が国施策の基本的事項を示す海洋基本法を示しました。海洋基本法は、2007年に制定された法律で食糧、資源・エネルギーの確保、物資の輸送、地球環境の維持等に果たす海の役割を再確認するということ、そして海洋環境の汚染、あるいは水産資源の減少等の現状を踏まえまして、海洋基本法を制定しております。基本理念が6項目、基本的施策12項目が挙げられています。また、海洋基本計画を策定し5年ごとに見直しをするというような方針が示されています。

 この基本理念と基本的施策を見ていただければわかりますが、2007年の段階では、安全保障に関する考え方、配慮というものが、それほどなされていません。2008年3月に制定されました第1次の海洋基本計画を見ると、目指すべき政策目標に含まれるのは海洋調査、資源の活用、あるいは安全・安心な国民生活の実現に向けた海洋分野での貢献ということで、安全保障に関する考え方というのはあまり言及されていません。

 2013年に第2期が策定されましたが、ここで初めて海洋権益をめぐる国際情勢の変化というものが挙げられております。ただし、これは南シナ海における中国の人工島の開発や尖閣諸島における中国公船の行動に鑑みて、海洋権益をめぐる国際情勢の変化というものが改めて認識され、海洋をグローバルコモンズ(国際公共財)として保たなければならないとされているだけで、安全保障ということまでは踏み込まれてはいません。

 この状況を抜本的に変えたのは、2018年の閣議決定、第3期の海洋基本計画です。

 今まで全く触れられていなかった、海洋の安全保障というのが第一に挙げられています。総合的な海洋の安全保障として海洋の施策を幅広く捉え、海洋の安全保障に関する施策に加えて、海洋の安全保障に資する側面を施策として実施すると規定されています。

 具体的施策として、全部で約370項目挙げられていますが、この中に、海洋状況把握(MDA=Maritime Domain Awareness)の能力強化が独立した項目として示されています。

 下図は、総合的な海洋の安全保障ということで、海洋の安全保障のために何をするかということが示されております。

 基盤となる施策として挙げられておりますのが、いわゆる海洋状況把握(MDA)体制の確立です。あわせて、離島の保全・管理、海洋調査、科学技術等の項目が並んでおり、経済安全保障も補強となる施策として示されております。

 それでは、海洋状況把握について、どのような取組をやっているのかということを示しているのが次の図です。

 「海洋状況表示システム」に海洋情報を全て集約する方針が述べられています。2017年から海上保安庁が主となり、海洋情報を集約・共有して提供するというシステムを構築し、全省庁はこのシステムに関連情報を提供する仕組みとなっています。

次の図に示しておりますのが「海洋状況表示システム」です。海洋に関する全ての情報を集約し、関係者が共用できるシステムとなっています。

 図に示しておりますのは、実際の海洋状況表示システム、いわゆる「海しる」です。海洋レジャーから、海運、水産、あるいは防災、環境保全、油等の災害等各種情報にアクセスできます。例えば、先ほどロシアの船の航行警報というのを示しましたが、「航行警報」というタブをクリックすると、今、どこに航行警報が出ているか、危険なエリアはどこかが表示されます。

 続いて、海洋状況認識に係る国際的な枠組みについて説明します。5月に実施されましたQUADの首脳会合、その中の合意事項として、1つ、海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ(IPMDA)合意されております。これは、5月24日の「日米豪印首脳会合の共同声明」の中で、インド太平洋諸国及びインド洋、東南アジア、及び太平洋諸島の地域情報融合センターを支援し、これらと協議しながら取り組んでいくとされています。

 地域情報融合センターが現在置かれているのは、インドのグルグラム、とシンガポール、ソロモン、太平洋フュージョンセンターとして、オーストラリアが支援するバヌアツです。

 商業ベースで入手できるデータを中心として、これら情報集約センター同士の連携を高め、インド太平洋における海洋状況認識を高めていこうとするものです。共有するデータの例ですが、商業ベースということで、図に示す、AIS(Automatic Identification System)情報が主となります。

 AISは、1974年のSOLAS条約に基づき、300総トン数以上の全ての船舶に搭載が義務づけられている通信システムですが、これは自動的に、動的情報、静的情報、あるいは航海情報というものを発信するようになっています。

 AIS情報は、装置にあらかじめ設定されている情報と、船舶が入力する情報があり、装置の電源を入れていない船舶があるなど、信頼性の欠如というものが指摘されております。したがって、例えば港湾への入港時間、荷役に関する情報、入港届等記載事項などほかの記録や情報とAIS情報と合致しているのかどうかという事を比較して用いる必要があります。これらと比較することで、その船が正当な、正規な運航なのか、あるいは不法な運航なのかというようなのも見えてきます。国際的な情報交換の枠組みは情報精度向上のため必要不可欠と言えるでしょう。

 今日のまとめです。MDAは一義的にわが国安全保障の確保、特に我が国周辺の各国海軍艦艇等の活動を把握するため極めて重要です。更には、わが国の権益保護の観点から資源の安定確保や不法採掘などの防止、そして国際協力推進のためのツールといった側面も忘れてはならないと思います。

 したがって、岸田首相が提唱した「平和のための『自由で開かれたインド太平洋』プラン」は、国際貢献ということだけではなくて、我が国の安全保障上の観点からも極めて重要であるということが言えます。そのためにも、IPMDA(Indo-Pacific MDA)を積極的に推進していく必要があると考えています。

写真:AP/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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