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2022.06.28 安全保障

「北朝鮮の瀬取り」「中国艦船」…“海洋立国”日本が率先して作るべき「海のルール」とは

末次 富美雄

 四周を海に囲まれた日本は、「海洋立国」として海上での状況認識能力を高める国際的な枠組み・ルール作りに率先して取り組むべきだ。それこそが日本の国益に直結し、国際的な影響力の拡大につながるという意識を持って、IPMDAを積極的に推進する必要があるだろう。

 かつて海は冒険の場であり、見知らぬ国につながるロマンの場でもあった。一旦船で大海原に向かえば、陸上にいる人間はその船がどこで何をしているのかは知る由もなかった。大嵐に会い、二度と戻らぬ人も数多く存在した。

 しかしながら、現在では情報通信技術の発達にともない、その船がどこにいるか、何をしているのかをリアルタイムで把握できるようになった。6月に中国とロシアの艦艇が日本を一周する行動をとったが、防衛省はその位置と行動内容を逐一把握していた。

 日本の輸入の9割以上は海からの輸送ルートを使っているし、海は漁業資源や海底資源等という国家の富を構成する重要資源が取れる場所でもある。そして、気候変動や台風、津波等の自然災害をもたらす存在でもある。船舶等の運航状況を含む海洋の状況を把握することは、日本の権益保護、自然災害による被害の極限把握、そして日本の安全保障上、極めて重要だ。

日本周辺の海は「海洋基本法」で守られている

 日本の海洋に対する基本施策を定める「海洋基本法」が制定されたのは2007年のことだ。①「海洋の開発及び利用と海洋環境の保全との調和」② 「海洋の安全確保」③「科学的知見の充実」④「海洋産業の健全な発展」⑤「海洋の総合管理」⑥「海洋の国際的協調」の6項目を基本理念とし、海洋資源の開発、海上輸送の確保、離島の保全等の12項目を基本施策に定めている。

 この法律に基づいて海洋施策の基本方針および具体的施策を定める「海洋基本計画」が策定され、概ね5年ごとの見直しが規定されている。

 海洋基本計画は2008年3月と2013年4月に策定および見直しが実施されており、現在の計画は2018年5月に閣議決定されたものだ。1期、2期と大きく異なり、3期海洋基本計画では「新たな海洋立国への挑戦」をスローガンにした「総合的な海洋の安全保障」が中核とされ、その具体的施策の一つとして「海洋状況把握(MDA)の能力強化」が独立した項目に指定されている。

求められる「海洋状況把握(MDA)の能力強化」

 このMDAを確立するためのハードウェアとして、2017年から海上保安庁に海洋状況表示システム「海しる」の整備が進められている。

 「海しる」は3層構造で、誰でもアクセスができる情報層、官公庁の担当者がアクセスできる情報層、そして安全保障の担当者しか閲覧できない情報層からなっており、中国やロシアの艦艇の動きは3層目で共有されていると考えられる。

 海上保安庁だけでなく気象庁等の関係府省や海洋調査研究機関、宇宙開発機構から情報が提供される仕組みだ。海上保安庁のホームページからアクセス可能で、「海洋レジャー」、「物流・海運」、「水産」、「津波防災」、「環境保全」および「油防除」の6つのタブが設定されている。地震による津波発生のシミュレーションや船舶通行量等の情報も入手可能だ。

「船舶の運航状況把握」が重要なワケ

 海洋安全保障上重要視されているのは、船舶の運航状況に関する情報共有である。経済のボーダーレス化が進むなか、海運はサプライチェーン(供給網)の重要な構成要素だからだ。

 現在、進行中のウクライナ戦争によってウクライナの主要輸出物である小麦やトウモロコシの海上輸送が途絶しており、世界的な食料不足や物価高騰が危惧されている。とくに中東やアフリカはウクライナの小麦への依存度が高く、かつ政情が不安定な場所だ。これらの地域で、飢餓や難民が発生する危険性が高まっている。また、国連の厳しい経済制裁を受けている北朝鮮は、洋上で違法に物資を移す「瀬取り」を行っている。違法操業や無許可海底資源探査等の活動も安全保障上の脅威なのだ。

中国の海洋活動を監視するためにも

 船舶の運航状況を把握するために使うのは、「海上における人命の安全に関する条約(SOLAS条約)」で装備が義務付けられている船舶自動識別システム(AIS)だ。AIS情報はインターネット上の無料サイトからも受け取ることができ、船舶の名前や船型といった静的情報、位置や針路速力といった動的情報、目的地や積み荷の種類、到着時刻等の航海に関する情報を入手できる。

 これらの情報には「AIS機器本体に予め設定されているもの」と「乗組員が設定する情報」の2種類がある。AISの電源自体を入れないことや設定をしていないこと、犯罪に加担している人が「なりすまし」として嘘の情報を入力することも可能である。したがって、他の情報、たとえば監視艦艇・航空機の情報や港湾入港記録等との整合が重要となる。

 5月に開催された日米豪とインドの4カ国による安全保障の枠組み「QUAD(クアッド)」首脳会談の共同声明においては、「海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ(IPMDA)」を推進する旨の合意がなされている。

 これは、インドのグルグラムやシンガポール、ソロモン諸島、バヌアツにある海洋情報地域情報融合センターへの支援を強化し、情報共有体制を強化するとともに情報の信頼性向上を図るためのものだ。そして、中部および南部太平洋に触手を伸ばしつつある中国の海洋活動を監視するためでもある。

日本が率先してルールを作れ

 海洋の状況認識は、他国海軍艦艇等の活動状況を把握することによって日本の領海と海上交通の安全性を確保するという安全保障上の目的に加え、海洋権益を保護することによる日本の経済活動の維持や国際協力を推進するためのツールとしても極めて重要である。

 四周を海に囲まれた日本は、「海洋立国」として海上での状況認識能力を高める国際的な枠組み・ルール作り率先して行いたい。それこそが日本の国益に直結し、国際的な影響力の拡大につながるという意識を持って、IPMDAを積極的に推進する必要があるだろう。

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。