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2022.06.17

チャフ発射も…中国機が東・南シナ海でカナダ・豪州哨戒機に異常接近したそれぞれの事情

末次富美雄

 カナダ国防省は1日、東シナ海で実施した国連の北朝鮮制裁への違反活動を監視する「NEON作戦」期間中の4月26日から5月26日までの間に、カナダの長距離哨戒機CP-140と中国人民解放軍空軍航空機が数度にわたって危険な接近状態となったことを明らかにした。

 カナダ国防省は、中国空軍機の行動は国際的に認められている安全規定から逸脱しており、機体と搭乗員の安全を確保するためしばしば回避行動をとらざるを得なかったとし、国連決議に基づく行動を阻害するものであると批判している。さらに、このような危険行為の件数は増加傾向にあり、外交ルートで懸念を伝えたとしている。

豪哨戒機も妨害された

 また、オーストラリア国防省は5日、5月26日に南シナ海公海上を哨戒飛行中のオーストラリアP-8哨戒機が、中国戦闘機J-16から機体と搭乗員に危険を与える行為を受けたと発表した。

 その後の記者会見に応じたオーストラリアのアルバニージ首相およびマールス副首相兼国防相は危険行為の細部について、「前方横切り、異常近接およびチャフ(レーダー妨害のための金属片)の発射」である述べ、外交ルートをつうじ中国に懸念を伝えたことを明らかにしている。

中国は不快感示す

 これに対し中国外務省と中国国防省の報道官は6月6日の記者会見で、カナダ航空機の行動を「危険かつ挑発的」とした上で、中国軍用機は「適切、強制的かつプロフェショナルな方法」で対応するとともに外交ルートをつうじ抗議したと反論。国防省報道官はこれに加え、「最近のカナダ哨戒機は国連決議履行の名を借りて、中国領海近傍まで哨戒行動を拡大している」と不快感を示した。

 一方で、オーストラリアからの非難に対する中国の反論はトーンがやや低い。

 中国国防省報道官は6月7日の記者会見での質問に対し、「オーストラリアP-8哨戒機1機は度重なる警告にもかかわらず中国の西沙島に近接哨戒を行い、さらに近接する姿勢を見せたため、南部戦区司令部(中国南部と南シナ海地域の陸海空軍を統合運用する部隊)が戦闘機を派出した。中国戦闘機の行動はプロフェショナル、安全、適正かつ合法的である。オーストラリアは黒を白と言い換え、偽情報をまき散らし、敵意と対立を生み出そうとしている」と述べた。

 ちなみに、記者の質問および報道官の回答の双方で、チャフの発射については触れられていない。さらに国防省報道官の発言では、外交ルートでオーストラリアに抗議したことは確認できない。

カナダへのいら立ちは理解できるが

 今回の2つの事例は何を意味するのだろう。繰り返しになるが「NEON作戦」は、国連による北朝鮮経済制裁の抜け道となっている北朝鮮船舶による違法な洋上における油や物資の移し替え(瀬取り)を監視するための作戦のことだ。日米に加え、ドイツ、ニュージーランド、オーストラリア、フランス、カナダおよびイギリスが艦艇または哨戒機を派遣し、洋上監視を強化している。

 防衛省が公表した2018年の「瀬取り」確認件数は9回だったが、2019年には6回、2020年に1回と次第に減少し、それ以降は0となっている。しかし、これは「瀬取り」自体が減少したのではなく、「瀬取り」実施海域を中国沿岸よりの海域に移動しているためと考えられる。

 つまり、カナダ国防省が「中国戦闘機による危険行為が増加しつつある」としたのは、NEON作戦に従事する哨戒機の行動海域の拡大と密接に関係している。中国戦闘機の行動が国際法に違反する危険行為であった可能性は否定できないが、中国のいらだちはある程度想定内と言える。

オーストラリアへの反論が弱いワケ

 一方で、中国軍のオーストラリア哨戒機に対するチャフ発射はその意味がまったく異なる。

 西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)で取りまとめられた「CUES(キューズ=海上衝突防止協定)」には中国も署名している。この協定は海上において他国艦艇と予期せず遭遇した時の行動規範で、法的拘束力は持たないものの公海およびその上空において軍用艦艇および航空機が遭遇した場合に危険を回避するための基本的運動と通信手段を定めている。

 チャフとは、レーダーの偽目標となるため使用される長時間空中を浮遊する細かなアルミ箔のこと。これを相手航空機に対して放射するとエンジンの損傷を引き起こし、最悪の場合墜落する可能性も否定できない。つまり、CUESの精神に反する危険な行為なのだ。

 中国国防省報道官がチャフの使用について触れなかったのは、チャフの放射が危険な行為であることを認識しており、あえてプレイアップ(強調)されることを避けたためだと推測でき、このことがオーストラリアに対する反論が弱かった理由だと考えられる。

「中国軍の暴走」という見方もあるが

 中国軍による東シナ海における航空機の行動過激化やチャフの発射については、現場の独走なのではないかとの指摘もされている。

 中国共産党による軍への指導は中国の国防法で規定されている。それに加えて各部隊に政治委員を配置する制度をとることで、軍の暴走防止の徹底を図っている。このため、現場独自の判断で過激な行動をとったりチャフを使用したりすることは考えられない。また、党または中央政府が現場の航空機にチャフの使用を直接指示するようなことも考えづらい。

 したがって、軍に「東シナ海および南シナ海における西側軍用機の活動に、毅然とした態度あるいは強い対応をせよ」という指示が送られ、それぞれ現場の判断で対応したものと考えられる。チャフの発射は行き過ぎにせよ、対応の強化それ自体は中国共産党と中央政府の方針だったと見るべきだろう。

中国、稚拙外交で焦りが浮き彫りに

 昨年6月に出された中露友好善隣条約20周年の共同声明において、中国は中露関係について「歴史的最高レベルにある」と自賛した。ロシアが昨年2月からのウクライナ侵攻によって大きな経済制裁を受け、国際的に孤立した状態となっているにもかかわらず、中国は中露関係の緊密化を誇示しているのだ。それだけに、中国がロシアと同じように台湾に軍事侵攻するのではないかとの疑いが出てきている。

 このようななか、中国はアメリカの強い対立姿勢にもいら立ちを強めており、5月末には中国の王毅(ワン・イー)国務委員兼外相が安全保障面での協力の合意を取り付けのためにソロモンやフィジーなどの南太平洋諸国を歴訪したが、失敗に終わっている。

 中国がソロモン諸島との安全保障協定を締結したことによって、米豪、ニュージーランドが中国への警戒感を高めているなか、同様の協定を南太平洋島嶼(とうしょ)国家に広げていこうというのはあまりにも拙速な外交だ。中国の焦りが浮き彫りになった。

尖閣周辺、活動過激化の可能性も

 今年の秋に3期目続投を目指す党大会を控える中国共産党の習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主席)にとって、現時点で弱みを見せることはできない。実態はともあれ、習近平政権の無謬(むびゅう)性を誇示するために、より強硬な姿勢を示してくるだろう。

 カナダ、オーストラリア哨戒機に対する中国戦闘機の過激な行動はその証左と考えられ、沖縄県・尖閣諸島周辺における中国公船の活動も過激化する可能性が出てきている。

求められる「洋上監視能力の向上」

 さらにロシア外務省は6月に入り、北方領土周辺海域における日本漁船の安全操業に関する協定の履行停止を表明しており、かつて多くの漁船が同海域にてソ連およびロシア警備艇に拿捕(だほ)された時代の再来が危惧される。

 尖閣諸島における中国公船の活動に加え、北方領土周辺におけるロシア軍の活動にも目を配らなければならないということだ。

 防衛費の増額が叫ばれている。日本領域防衛のため、海上保安庁との連携も踏まえた洋上監視能力向上の優先順位が極めて高い。

末次富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。