ロシアのウクライナ侵攻が長期化している。ウクライナ東部ドンバス地方における戦いは一進一退をたどっており、停戦交渉開始の見通しもまったく見いだせていない。
事態の長期化がロシアにとって誤算であったことは間違いないが、それによってエネルギーだけではなくウクライナからの穀物サプライチェーン(供給網)の混乱も生じてしまった。これにより、ウクライナを支援する国々の間に亀裂が走る可能性がある。そんななか注目されるのが、中国とロシアの関係だ。
中露、クアッド会議に合わせて共同訓練
日米豪印4か国の枠組み「Quad(クアッド)」首脳会議が行われた5月24日、中国とロシアの戦略爆撃機は日本海から東シナ海、そして太平洋に至る空域で共同巡航訓練を実施した。ロシアからはTU-95爆撃機、中国からはH-6爆撃機がそれぞれ2機ずつ参加。中国のH-6爆撃機は東シナ海で別のH-6爆撃機と交代している。
長距離爆撃機の中国・ロシア共同巡航訓練は2019年から年1回のペースで開始され、今年で4回目となる。航跡および飛行中の隊形を見る限り事前に十分打ち合わせされたものと推定でき、飛行中に相互の通信が維持されていたと考えられることから、両国の相互運用性(インターオペラビリティー)の向上が認められる。QUAD首脳会談にあわせて周到に準備されたと訓練だったと言えよう。
戦略爆撃機は核兵器を搭載することで核抑止戦略の三本柱の一つとして機能する他、大量の爆弾等による大規模破壊を目的に運用される。戦略爆撃機はその名のとおり、国家の戦略目標等を達成するための兵器なのである。重要な戦略兵器を共同運用するということは、共通の戦略目標を持ち、相互の信頼関係が構築されている前提があるということだ。
長大な国境線を接する中国とロシアは、旧ソ連時代からのイデオロギーの対立のみならず、1969年にはダマンスキー島(中国名=珍宝島)を巡った軍事衝突までをも経験している。その両国の戦略兵器共有はどの程度進展しているのであろうか。
北朝鮮への好感度も高い
欧州のアジア研究所Central European Institute of Asian Studies(CEIAS)は、中国本土在住の中国人約3000人に対し3月9日から23日までに行った、ロシアのウクライナ侵攻に関する電話アンケートの結果を公表した。
「世界25か国について好きか嫌いか」という質問に対し、好感度が最も高かったのがロシアの79.8%。最も低かったのがアメリカの30%だった。日本はアメリカ、インドに次ぐワースト3位に入っている。
ロシアの次に好感度が高い国はパキスタンで、シンガポール、北朝鮮と続いている。核開発および弾道ミサイル開発を続け、国連から厳しい経済制裁を科されている北朝鮮への好感度が高いのは驚きだ。
ウクライナ危機の影響は見られず
「最近の3年間でロシアに対する好感度がどのように変化したか」という質問に対しては、78.9%が良くなったと回答しており、悪くなったとした6.9%を大きく上回っている。
2008年および2015年に行った同様のアンケートにおけるロシアへの好感度は50%程度だったのに対し、この数年間で急激に良くなっている。その理由については、プーチンの指導力、経済発展、軍事力の強さ等が挙げられている。
ロシアのウクライナ侵攻直後のロシアに対する国際的批判が集まった時期に行われた調査であるにもかかわらず、中国人のロシアに対する好感度にウクライナ軍事侵攻の影響はほとんど見られない。さらには、米中対立の激化を受けて、「敵の敵は味方」という感覚があるのではないかとも分析している。
「ロシアと聞くとどのような言葉が思い浮かぶか」という質問の回答で最も多かったのは「Warrior Nation(戦士の国)」で、次いでプーチン、強大な軍事力が続いている。これは、軍事力および強権的なリーダーシップを「善」と捉える中国人のもの考え方をよく表しており、同時に中国共産党の思想統制が行き届いている証左ともいえる。
ロシアが頼れるのは中国だけ…
このアンケート結果は、中露の友好関係は国民レベルにまで広がっていることを示唆している。また、昨年6月に中露友好善隣条約調印20周年を迎えた際、共同声明文が公開されている。そのなかでは「中露関係はすでに歴史的最高レベルに達し」、「ロシアは繁栄・安定の中国を、中国は強大・成功のロシアを必要としている」とされており、両国が政治的に緊密な関係にあることを高らかにうたいあげている。ウクライナ軍事侵攻という明らかなロシアの国際法違反に中国が厳しい態度を取らない背景には、中国の民意があることを忘れてはならない。
中国は現時点で経済制裁には加わってはいないものの、あからさまなロシア支援を行っている様子もない。しかしながら、ウクライナとの停戦交渉が妥結しロシアの国力が相当程度低下した段階で、国際的に孤立したロシアが頼る先は中国しか思い浮かばない。
「対日」で手を組むかもしれない
軍事力を使用し現状変更を試みるロシアのやり方は決して是認できず、経済制裁やロシア外交官を追放した日本政府の施策は正しい。ロシアが日本を非友好国に指定し、北方領土問題を存在しないと言い切ったことも想定内であろう。しかしながら、日本は中露が対日で手を組むシナリオを避ける必要がある。
上述の共同声明で示された政治的、経済的関係の強化に加え、当初対テロが主だった中露共同演習の内容も次第に高度な軍事訓練に移行しつつある。そして、2019年以降繰り返される長距離爆撃機による共同パトロールはこれを一歩進め、共通の戦略目標に対し共同で行動するための能力向上を目指している可能性がある。戦略爆撃機の共同訓練における共通の戦略目標が在日米軍基地である可能性は極めて高いのだ。
一方で、両国が実際に戦略兵器の共同使用まで踏み込むかについては、長年染みついた両国の警戒感を考慮すると、かなりハードルが高いのも事実だ。
NATOに期待できない「インド太平洋地域」
中露接近に対するカウンターバランスとして、北大西洋条約機構(NATO)に期待する動きがある。ウクライナ情勢にともなってNATO加盟国が増え軍事力が強化されることは、欧州正面における対ロ政策としては歓迎すべきだからだ。
しかしながら、これとインド太平洋方面の情勢はまったく異なっている。というのもNATOが軍事的影響範囲をアジア太平洋地域にまで拡大する可能性は高くない。そのため、中国に対する梃(てこ)として、インド太平洋においてのNATOに軍事的役割を過度に期待することはできないからだ。
日本は、孤立したロシアとどう関係築く?
ロシアによるウクライナ侵攻がどのような形で終結するか全く見えないが、いつかは必ず終結する。その際日本には、「ロシアとどのように向き合って行くか」という点を踏まえたNATOとの付き合い方が必要となるだろう。そして、そこではロシアを過度に中国寄りと考えないという視点が必要だ。
中露はどちらも権威主義国家ではあるが、民意を完全に無視することはできない。現在中国の民意は親露に大きく振れているが、短期間で揺れ戻しが起こる可能性もある。また、民意は指導者による誘導だけではなく、経済、文化等の幅広い分野の影響を受ける。
現時点で日本は、自国の国益のために孤立したロシアとどのようなチャネルを維持すべきか戦略的に考える必要があるだろう。