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2022.06.13 外交・安全保障

ついにNATO加盟申請 日本がフィンランドを見習うべきと言えるワケ
「フィンランド化」はもはや死語だ

末次 富美雄

 「フィンランド化」という言葉がある。議会制民主主義と資本主義経済を維持しつつも、旧ソ連の顔色を窺(うかが)わざるを得なかったフィンランドの状態を指している。フィンランドが大国の意向を過剰に忖度(そんたく)することから、自主性を持たない政策に対する揶揄(やゆ)的なニュアンスを込めて使用される。もともとは旧西ドイツの保守勢力が、旧ソ連などといった共産主義諸国との対話を重視した旧西ドイツのブラント元首相を批判するために用いた造語とされている。

思い出される「冬戦争」

 1917年のソ連邦成立にともない独立したフィンランドはロシアと約1300㎞にわたって国境を接し、ロシアの西欧への玄関ともいえるサンクト・ペテルブルグにも近いことから、独立以降は継続してロシアと緊張状態にあった。

 フィンランドは1939年に「冬戦争」でソ連の侵攻に対抗し、続けて1941年から1944年まで「継続戦争」としてドイツとともにソ連と戦っている。冬戦争がソ連による一方的な侵略であったという批判が各国から集まり、ソ連は国際連盟から追放された。フィンランド軍の抵抗を受けたソ連軍が苦戦するという戦況であったが、4か月後にはカレリア地峡をソ連領とする講和条約を締結、「冬戦争」は終結した。

 その後の継続戦争ではドイツとともにソ連と戦ったため「枢軸国側」とされ、1944年9月の休戦協定では友軍であった国内のドイツ軍排除に加え、領土の一部割譲および賠償金の支払い等の過酷な条件が課された。

ソ連の顔色を窺っていたフィンランド

 侵略戦争の当事者であり国際連盟を追放されたソ連が戦勝国として国際連合の常任理事国となったことは、ソ連の意向を忖度するフィンランドの外交政策に色濃い影響を与えている。

 多くの東欧諸国が社会主義政策を進めてソ連の衛星国と化すなか、フィンランドが議会制民主主義と資本主義経済を維持し続けるためにはソ連の顔色を窺う以外の選択肢はなかった。

 1948年に締結された「フィンランド・ソ連友好協力相互援助条約(フィン・ソ友好条約)」の前文には「大国間の紛争の局外に立つとともに国連の原則にしたがって平和を維持したい」というフィンランドの願望が記されている。

フィンランドの「EU参加」の意味

 フィンランドはソ連との関係をうまく調整しながら国際社会への参加を進め、1950年には多国間の自由貿易化のために生まれた関税貿易一般協定(GATT)に、1955年には国際連合に加盟。1991年のソ連崩壊にともなってフィン・ソ友好条約を解消し、1995年には欧州連合(EU)への参加を果たしている。

 とくに注目すべきはEUへの参加である。EU条約は「経済通貨同盟」と「共通外交・安全保障同盟」が基本柱となっており、それまでフィンランドが行ってきた中立政策とは相いれないものだった。ソ連崩壊にともなう歴史的な圧力の減少がこのようなフィンランドの政策変更を後押ししたものと推定できる。しかしながら、ロシアと長く国境を接するフィンランドにとって、一時的な苦境から抜け出したロシアが脅威であるという地政学的な位置づけに変化は無かった。

フィンランドとNATOの関係

 フィンランド国防省は毎年、自国の国防政策「Government’s Defense Report」を公表している。その2021年度版は「フィンランドに切迫した軍事的脅威は無い」としつつも、国境付近におけるロシア通常戦力の増強や近代化および訓練の活発化から、ロシアが軍事力を勢力拡大の道具として使う可能性を指摘し、奇襲攻撃への備えをうったえている。さらに、ロシアの脅威に対する北大西洋条約機構(NATO)は、欧州だけでなくフィンランドの安全保障にとっても重要であるとしている。

 加えて、NATO加盟に関する政府委員会で指摘された3つの論点を明らかにしている。「現状変更に対するロシアの危機意識」、「スウェーデンとの共同防衛への影響」、「NATOに加入することなく、集団防衛を義務付ける5条の適用を受けることが可能か」だ。3点目については「ありそうも無い」としつつも、2014年にNATOと締結した安全保障に関する定期的な会議とホストネイションサポート(受け入れ国支援)協定に期待を寄せている。

 公開されているフィンランド政府とNATOとの同協定覚書には、NATOがフィンランドにおいて軍事活動(作戦、訓練およびその他の活動)を実施する場合のNATO軍の地位を規定している。NATOがフィンランド防衛にコミットする内容ではないが、訓練等をつうじてフィンランド軍の作戦能力を向上させるとともに、政治的決断があれば速やかに共同防衛に移行できる体制が構築されていると言える。

ついにNATOへ加盟申請

 フィンランドは少なくとも2021年の国防政策策定時点では、NATOに加盟してロシアを刺激することを避けながらもNATOとの協力を進め、実質的な対ロ抑止力を築くことを目指していた。この方針の変更を余儀なくさせたものがロシアのウクライナ侵攻であった。

 フィンランドのニーニスト大統領は5月12日、英国と安全保障協定に関する合意文書に署名した際、フィンランドがNATOに加盟することになれば、ロシアに対して「原因は貴国だ、鏡を見よ」と告げるだろうと語った。フィンランドのマリン首相は5月15日、NATOに加盟申請することを明らかにし「私たちは、数か月前と全く違ったロシアを目の当たりにしている。ロシアの近傍に位置する中で、私たちだけで平和な未来を築くことはできない」と、自国の安全保障政策を抜本的に改めることを示している。同時に隣国のスウェーデンもNATO加盟申請を行った。

 これに対してロシアのプーチン大統領は5月16日、モスクワで行われた集団安全保障条約機構(CSTO)の首脳会談で、フィンランドとスウェーデンのNATO加入を直接的な脅威では無いとした上で「両国の領土で軍事的インフラが拡大する事態になれば、確実に、我々は対応する。」と述べている。

 「対応」の中身を軍事的合理性から見る限り、ウクライナ侵攻で兵力に余裕が無いと思われるロシア軍が新たな侵攻を行うとは考えられない。おそらくは核兵器等を含む装備をフィンランド正面に配備するにとどまるだろう。

プーチンの大きすぎる誤算

 フィンランドのNATO加入は唐突に見える。しかしフィンランドは、国際社会から「フィンランド化」と揶揄されつつも国際情勢をしっかりと見極め、GATTや国連、EU等の国際舞台における足場を固めている。

 そして、スウェーデンを含む周辺諸国との連携を深めつつ、NATOとの共同訓練、さらにはレオパルト戦車やF-18C/D戦闘機の導入といった西側諸国との装備の共通化を進めることによって着実に安全保障体制を強化している。NATO加盟は安全保障に関する同国の最終到達地点であり、「フィンランド化」という言葉は完全に死語となるだろう。

 フィンランドとスウェーデンがNATO加入を果たすことはプーチンの大きな誤算であり、今後たとえロシアがウクライナ領土の一部を自国化しようとも、最終的にはロシアのウクライナ侵攻を失敗と評価する大きな理由となるだろう。

日本はフィンランドを参考にせよ

 中国という軍事大国の近傍に所在し、領土、領海および領空に圧力を受け続けている日本は、小国フィンランドが大国ロシアの思惑を勘案しつつも自らの安全保障を強化していく道筋を大いに参考とすべきだ。

 経済的思惑を優先し、脅威に目をつぶる国の将来は危うい。ロシアのウクライナ侵攻で目の当たりにした、「軍事力による強制力の影響の甚大さ」を自覚し、最終的にはリスクを甘受して旗幟(きし)を鮮明にせねばならない時期が来ることを認識する必要がある。

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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