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2022.05.25 安全保障

ウクライナ最新動向、中国空母「遼寧」と米空母「アブラハム・リンカーン」の動き
― JNF briefing by 末次富美雄

末次富美雄

そもそも突如、外国の軍隊が攻めてきたら、日本には何ができて、何ができないのか――。ウクライナ戦争はそんな想定をただの思考実験でなくしてしまった。「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。今回は、元・海上自衛官で、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令などを歴任、2011年に海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官したサンタフェ総研・末次富美雄上席研究員にウクライナ情勢の最新動向、米中空母の動きなどを解説してもらった。

 前回に続き「日本の安全保障」について考えてきます。まずはウクライナ情勢など最新動向をアップデートしていきます。

 図に示したのはアメリカの戦争研究所が5月17日の状況を公開したものをまとめました。皆さんご存じの通り、マリウポリのアゾフスタリ製鉄所が陥落し、ウクライナ軍が降伏したとのことです。今後、捕虜の交換を進める、というのがウクライナの主張となっています。

 ただ、アメリカの戦争研究所によると、ロシア下院で捕虜の交換を禁じる法案が提出されたということで、捕虜交換がすんなり進むかどうかは未知数です。

 このアゾフスタリ製鉄所で主に戦っていたウクライナの軍隊は、よく報道されている「アゾフ連隊」と呼ばれる部隊です。もともとは愛国者による私設軍隊、義勇軍のような存在でしたが、今ではウクライナの親衛隊として正規の軍に編入されています。2014年のドンバス地方での戦いでロシア独立派と熾烈な戦闘を交わした部隊でもあり、ロシアにとってみれば不倶戴天の敵(かたき)と言える存在です。

 日本においては、2021年に公安調査庁が『国際テロリズム要覧』という本を出していますが、その中で、このアゾフ連隊――「アゾフ大隊」となっていますが――は、ウクライナの愛国者を自称するネオナチ組織であるという評価を下しています。去年までの段階では、アゾフ連隊はある種のネオナチである、という評価が、一般的だったのではないかと思います。ただし、情勢の変化を受けてか、公安調査庁は、同著のこのくだりについて「公安調査庁としての評価ではなくて、単にほかの文献などの評価を記載しただけだ」として、ちょっと逃げていますね。

 アゾフ連隊をどう評価するかは置くとしても、ネオナチの一掃を大義名分とするロシアの視点からすると、これを打倒したことを最大の戦果とする可能性があります。とすれば、先ほどの戦争研究所の分析にあったように、捕虜交換が簡単に進まず長引く可能性があると思います。

 ほか、先週の動きとしては、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請が挙げられています。これは、プーチンが最も避けたかった動きですので、ウクライナ侵攻という選択に伴う、プーチンの誤算の1つと言えると思います。

 ウクライナ戦争というのを見たときに、わが国の安全保障を見る場合の注目点ということは、先週、自国の防衛力と同盟の重要性について説明しましたが、それに加えて、相手に誤解を生じさせない日ごろの活動が重要である、というところかと思います。今日は後段でそのお話もしていきます。

遼寧の動きと米軍の対応

 次いで、中国の空母「遼寧」の活動についてアップデートします。

 先週以来、まだ継続して西太平洋で行動中ということで、5月3日以降、15日間にわたって飛行訓練を実施しています。5月13日は認められておりませんので、恐らくこれは補給か何かで中断したものと思われます。

 5月6日には、石垣の南約150キロと、極めて近いところまで来たと防衛省は発表しています。台湾だけでなくて、日本の先島、沖縄を含めて先島に対する攻撃を視野に入れている可能性があります。

 5月7日には、台湾国防省が発表しました資料によると、中国のY-8ASW、いわゆる対潜機が台湾東部まで行動しています。これは遼寧に対する支援、潜水艦の脅威を排除するという「対潜支援」だったんだろうと思います。

 あわせて、H-6という爆撃機と早期警戒機などが台湾南西部を行動しています。遼寧と併せて台湾を東西から攻撃する訓練だったのではないかと思われます。

 これらの中国の行動について、防衛省は、護衛艦によって継続的に監視するとともに、空自戦闘機によるスクランブルを実施して情報を収集し、その概要を毎日のように公表しております。ここに示している図の中の写真なども防衛省のホームページで公開しているものです。「ちゃんと見ていますよ」と、いわゆる「探知による抑止」を目的とした公開ではないかと思われます。

 次いで、米海軍による明示的な抑止行動について見ていきます。以下は、米軍の空母「アブラハム・リンカーン」の行動概要を示したものです。

 アメリカに「USNI News」というネットメディアがあり、「Fleet and Marine Tracker」というものが定期的に示されています。空母が、いつどこにいたのかという航跡の記録です。これで「アブラハム・リンカーン」の行動を追っていくと、1月3日にサンディエゴを出港してから、1月末から1週間程度、南シナ海を行動して、その後、フィリピン海(フィリピンの東の海域)で行動しています。その後、3月末にもう一度南シナ海に入り、4月上旬、さらに日本海に向けて行動。4月末以降は再びフィリピンの東方で活動を継続しています。

 同艦が属するバトルグループは、ほかに巡洋艦1隻、駆逐艦4隻で成り立っています。「アブラハム・リンカーン」には、従来の「ホーネット」艦上戦闘機3個スコードロン(約36機)のほかに「F-35C」艦上戦闘機1個スコードロン(約12機)が搭載されています。図中の写真が、F-35Cです。

 この「アブラハム・リンカーン」の行動は、中国の「遼寧」を見据えたものというよりも、西太平洋において展開しつつ、何らか対応すべき事象があった場合に動くという位置づけだろうと思います。5月に入って、北朝鮮が弾道ミサイル発射、核実験などの行動を取るのではないかと言われていますので、それに対応して、再び日本周辺に活動海域を移してくる可能性はあります。

 ちなみに、現在、日本の横須賀を母港としている米空母「カール・ヴィンソン」は修理を終えて5月初旬に出港しています。いずれ「アブラハム・リンカーン」と交代するのか、あるいは2隻の空母で共同オペレーションをするのかというのは、今後、この北朝鮮情勢の動きによって意思決定がなされるのではないかと思います。

 現在、西太平洋においては、いわゆる「認知戦」が行われているのではないかと評価できると思っています。図にポイントを示しました。

 中国の意図は、先ほどお話したように台湾東方海域における空母の運用要領を確立するとともに、台湾への東西同時攻撃というものを演練するというところにありそうです。また併せて、このような訓練をやることによって、台湾の独立派への牽制、中国政府の台湾独立阻止に対する強い意思の提示などの意図があるのだろうと思います。

 一方、日本の意図ですが、これは中国海軍の活動を継続監視することによって中国海軍の能力を把握するということ、また併せて、自国の防衛に対する日本の意思、国際法規に違反することは許さないという姿勢の提示など、いわゆる「探知による抑止」にあると思われます。

 アメリカの意図は、西太平洋および南シナ海に対する継続的なプレゼンス、兵力投射能力というものを誇示することによって、周辺諸国に対するコミットメント維持を示すところにあると思われます。

 「アブラハム・リンカーン」の行動は、横須賀を母港とする「ロナウド・レーガン」が昨年12月から修理に入ったのに対する代替のためのものと見られていましたが、今後、先ほど申し上げたような北朝鮮をめぐる状況などを受けて2隻の空母の共同オペレーションというものも考えられてくると思います。

 いずれにしましても、中国の活動に対して、日米が対応することで、中国が台湾を武力攻撃しても日米は対応する能力がないと誤判断することを防止すること及び北朝鮮への圧力というのが、日米の行動の意図であり意思であろうと読み解くことができるでしょう。冒頭にお話しした、相手に誤解を生じさせないように普段から行動する、ということの一例です。

 次いで、今回、公表された内容から、米中空母の能力を比較したいと思います。下図に示しました。

 まず、展開海域ですが、先ほどご覧いただいたように、アメリカの空母というものは極めてダイナミックに運用されております。一方、中国空母の展開は、ようやく西太平洋に出てきたということで、まだまだ展開に関する能力に差があると見ていいと思います。これは、原子力空母と通常動力型空母の能力差が歴然とあらわれているということでもあります。

 続いて活動状況ですけれども、今回、遼寧は15日間にわたる飛行作業と、これは初めての確認ですので、航空機運用に関する習熟というものが進みつつあると評価できます。

 一方で、17日、岸信夫・防衛大臣が記者会見で、「遼寧」におけるヘリコプターを含む発着艦回数が200回を超えたと公表しております。15日間の合計で200回ということですので、1日平均しますと13回から14回となります。対するアメリカの空母では、最も脅威が高い際には1日に最大250回の発着艦が可能と言われておりますので、やはりカタパルト(艦艇から航空機を射出するための装置)を持っているか持っていないかということが大きな差を生んでいると思われます。

 今回、このフィリピンの東方の海域では、米中の艦載機と航空自衛隊のスクランブル機が入り乱れて飛行したと推定できます。今後は、偶発的な衝突だとか、危険回避の手続きというものに関しまして、きちんと3国を含めて体制を確立する必要があると思います。現在、日中間では海空連絡メカニズムやCUES(海上衝突回避規範)が存在しますが、そうしたものの実効的な運用、適用を考えていかなければならないのではないかと思います。

 本日のブリーフィングは以上です。

末次富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。