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2022.05.17 安全保障

米・武器貸与法成立で増す、ロシアが「核に手を出す可能性」
プーチンは何をするかわからない

末次 富美雄

 バイデン大統領は5月9日、「武器貸与法(2022年ウクライナの民主主義防衛レンドリース法)」に署名した。同法は4月末に議会をすでに通過していることから、あえてロシアの重要な記念日である「戦勝記念日」に署名したのは、1941年の「武器貸与法」の対象国であったソ連、現ロシアに対する強いメッセージとなることを意図したからだと考えられる。

追加の軍事援助も

 これに加え、バイデン大統領は4月28日、議会に対して新たなウクライナ支援パッケージを要求したことを明らかにした。

 その額は約330億ドル(約4兆3000億円)にものぼり、うち軍事援助は約200億ドル(約2兆5000億円)。これまでの援助額69億ドル(約8000億円)を加えると合計約269億ドル(約3兆4000億円)となる。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、2020年度のウクライナの国防費は約59億ドル(約7000億円)で、今回4倍以上の軍事援助が行われることになる。

 このような軍事援助と武器貸与によって、ウクライナへの軍事援助を円滑に実施する枠組みが整いつつある。

これまでは支援額に限界があったが…

 一方で、武器貸与法は功罪相半ばする影響をウクライナに与える。

 「功」として指摘できるのは、アメリカのウクライナへの支援に法的担保が得られたことによる継続性の確保だ。これまでのウクライナ支援は大統領権限によって行われており、支援の継続には大統領の思惑が関係し、権限で使用できる資金額も限られていた。

 しかし、武器貸与法の成立によって、ウクライナ支援はアメリカの政策として継続されることが明らかとなった。第二次世界大戦におけるアメリカの武器貸与法は、連合国が勝利する原動力となったと評価されている。今回の武器貸与法成立も、ウクライナのみならずNATO諸国にとってウクライナに支援を継続する精神的な支えとなるだろう。

武器貸与の有効期限は?

 今回成立した武器貸与法の有効期限は、「2014年2月に始まったロシア連邦とウクライナの紛争が終結するまで」と「ロシア連邦がウクライナ東部国境における軍事力を2021年3月1日以前に維持されたレベルに縮小した場合」の2条件が満たされた時と規定されている。つまり、ウクライナが2014年に武力併合された南部クリミア半島の奪還を目指す限り、アメリカの武器貸与は継続されるということだ。

ロシアの戦線拡大の口実になる恐れも

 「罪」と考えられる事項は次のとおりである。

 第一に、武器貸与の国際法上の位置づけである。永世中立国であるオーストリアのマーシック国連大使は3月28日の国連総会で、「中立とは価値観の中立を意味しない。正当化できない国際法違反に直面し、何の立場もとらないという事ではない」と述べ、EUが進めるウクライナ支援に参加することを示唆した。

 一方で、アメリカのウクライナに対する武器貸与は明らかに戦争に加担する行為だと言えよう。

 プーチン大統領は5月9日の戦勝記念日に、今回の軍事作戦をロシアの安全保障を考える上で他の選択肢はなかったと強調している。第二次世界大戦において、ナチス・ドイツの指導者ヒトラーがアメリカに宣戦布告した理由の一つに、アメリカによるイギリスなどへの武器貸与をあげたことが知られているが、現在のウクライナ戦争においてもプーチンのロジックに従えば、アメリカやEUのウクライナへの軍事援助はロシアへの敵対行為そのものということになる。つまり、武器貸与法はロシアが戦線を拡大する口実に使われる可能性があるということだ。

ウクライナ軍が使いこなせる装備には限界がある

 次に指摘できるのは、貸与できる武器の種類が限定されている点だ。現時点で明らかにされているアメリカからの貸与予定の武器は、携帯式対戦車ミサイル(ジャベリン)や携帯式対空ミサイル、各種ドローン、「155㎜榴弾砲」で、戦闘機や武装ヘリといった装備は含まれていない。ロシア製武器しか使用経験のないウクライナ軍がすぐに使える装備には限界があるのだ。

 貸与される装備の種類や量は今後両国の交渉の中で決められていくが、当面の戦いに使用する装備が中心になると考えると、そこに長期間の訓練を必要とする使い慣れない大型装備が含まれる可能性は低く、現在の軍事援助の延長線程度の装備のみの貸与となるだろう。

武器貸与には債務が発生する

 また、武器貸与法はあくまでも貸与であり、それに伴う債務が発生する。

 英国が第二次世界大戦中の武器貸与法の債務を返済し終わったのは2006年12月であったし、中国政府系英字新聞Global Times紙は5月10日、「武器貸与法はウクライナを債務の罠に陥れるものである」と評している。債務の返済要領は今後両国の協議に委ねられるものの、ウクライナが多額の債務を抱える可能性は否定できない。

追い詰められたロシアは何をするかわからない

 アメリカ戦争研究所は5月12日、ウクライナ軍が第2の都市ハルキウ周辺において攻勢に出ており、ロシア軍を押し返していると評価した。また、ウクライナのゼレンスキー大統領も6月以降反攻に出ることを示唆しており、アメリカによる武器貸与はウクライナ側を強力に支援するものになることは間違いない。

 しかし、アメリカが武器貸与法を梃にロシアの弱体化を図ることを企図しているのであれば、今回の紛争が長期化するのは不可避だ。4月24日にキーウ訪問を終えたオースティン米国防長官は「ロシアがウクライナ侵攻でやってきたようなことを繰り返す力を失うほど弱体化することを期待している」と述べているが、追い詰められたロシアが化学兵器や核兵器という大量破壊兵器の使用に走る可能性は高まるだろう。

「ロシアに撤退を促す方法」も模索すべき

 戦争は、「始める時よりも終わる時が難しい」と言われる。

 今回の戦争はロシアが一方的に仕掛けたもので、ウクライナやNATO諸国が終わらせるための努力をする義務はない。しかしながら、民間人の犠牲や世界経済への影響を考慮すると、少なくとも本格的な軍事衝突を一時的にせよ停止させるための努力は必要であろう。

 アメリカの武器貸与法はロシアに対する鞭の働きをするが、同時に、ロシアに名誉ある撤退を促す方法を模索することもまた必要なのである。

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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