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2022.05.16 外交・安全保障

日本の安全保障の枠組み~自衛隊、平和安全法制、日米安保
― JNF briefing by 末次富美雄

末次 富美雄

 そもそも突如、外国の軍隊が攻めてきたら、日本には何ができて、何ができないのか――。ウクライナ戦争はそんな想定をただの思考実験でなくしてしまった。「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。今回は、元・海上自衛官で、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令などを歴任、2011年に海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官したサンタフェ総研・末次富美雄上席研究員に「日本の安全保障」の枠組みについて解説してもらった。

 最近のウクライナ戦争から得られる教訓というものを考えますと、やはり「みずから守る体制」というのと、「同盟」というものがいかに大事かということではないかと思います。それでは、翻って日本はどのような状況になっているのかという部分について考えていきます。今回はその議論の前提の1つとして、日本の安全保障の枠組みというものをまとめてみました。

 以下の図は、自衛隊の運用体制を示しています。

 皆さんご存じのとおり、内閣総理大臣を最高指揮官として、その指揮下に防衛大臣がいます。防衛大臣の自衛隊に対する指揮は、この図の左部にあるように「統合運用の基本」を原則としています。つまり、統幕長が自衛隊の運用に関して軍事専門的観点から大臣を一元的に補佐し、大臣は自衛隊に対して統幕長を通じて指揮を執るという方法です。

 統幕長の下に、実働部隊として陸・海・空とそれぞれの指揮官がいます。この中で、事態に応じて一番ふさわしい人間が統合任務部隊指揮官に指定され統合幕僚長の下で陸・海・空の自衛隊を運用するという仕組みになっています。

 陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長という、陸・海・空それぞれの組織のトップはいますが、基本的にその役割は部隊運用以外の責任を負うことにあります。いわゆる「フォースプロバイダー」と呼ばれる機能で、人事、教育訓練、あるいは防衛力整備などを担当します。

 この統合運用は2006年から開始されました。これまでの最大の例として、2011年の東日本大震災発生時に、この統合任務部隊指揮官を陸上自衛隊の東北方面総監が務め、陸・海・空を一元的に指揮したという実績があります。

 そのとき、この体制が始まって間もなかったこともあり、通信や情報システムなどにおいて陸・海・空の連携が必ずしもがうまくいったとは言えない事態が起こりました。それ以降、装備の均一化や連携の進化など、この体制の実効性を高めるための整備が進んでいます。

 次の図は、自衛隊の任務を示しています。

 防衛省も行政機関の1つですので、自衛隊のあらゆる任務遂行に当たっては法律上の根拠というものが必要になります。

 防衛省の所掌業務につきましては、防衛省設置法が定めています。その第5条の規定に基づく自衛隊の任務、行動、権限の細部はは自衛隊法に規定されています。

 図にあるような任務は「本来任務」とされますこの本来任務に該当しない任務とは何かというと、「その他の任務」と呼ばれる、土木工事の受託、教育訓練の受託、運動競技、南極観測、国賓輸送などが含まれます。総理大臣の海外出張に関しては自衛隊が運用する政府専用機を使っていますが、あれもまた自衛隊の「その他の任務」の1つです。

 「本来任務」の中には、「主たる任務」と「従たる任務」があります。日本の防衛を「主たる任務」とて、公共の秩序の維持、重要影響事態あるいは国際平和協力活動云々につきましては、「従たる任務」という位置づけになっているのです。

 以下の図は、2015年9月に成立し、翌年に施行された平和安全法制の定めた枠組みを示しています。

 安全保障環境の厳しさを踏まえ、従来どおりの枠組みではうまく行かないということで大きな見直しが図られ、自衛隊の任務について、再度整理がなされたものです。いわゆる我が国の防衛というものと、我が国の周辺における活動というのと、併せて国際貢献について再整理がなされました。

 この平和安全法制についてより詳細に見ていきましょう。

 まず第1に、自衛隊が防衛出動というかたちで活動することについて、今までの規定に代えて新たに「存立危機事態」とするための三要件が設けられました。この要件の中で、我が国だけではなく我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生して、これによって我が国の存立が脅かされるような場合にも「存立危機事態」として自衛隊の防衛出動が可能であるとしました。

 なお、残る2つの要件、すなわち「国民等を守るために他に適当な手段がないこと」「必要最小限度の実力行使にとどまるべき」というものの考え方についてはかつての要件をそのまま踏襲したものになっています。

 第2に、そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態を「重要影響事態」として改めて規定しましたが、その定義の中で、従来あった「周辺地域」という制限をなくしました。地理的な距離に関わらず、事態の及ぼす影響で評価するという考え方で、おそらくこの内容を見ると、米軍などに対する後方支援を想定していると考えられます。

 第3に、実は一番これが自衛隊の現場では注目を集めたものですが、いわゆる米軍などの部隊防護のための武器の使用が認められることになりました。今まで、自衛隊の武器等を防護をするために武器を使用するというのは認められていましたが、それに加えて、米軍などの部隊防護のためにも武器が使用できることになりました。これは、平時、有事にかかわらず行使できる権限というかたちになっています。この規定に基づき米海軍艦艇及び航空機の護衛が行われています。護衛という任務の性格上細部を公表する事は差しさわりがあるため、防衛省は年間の件数のみを公表しています。今年1月の発表によれば、2021年は合計22回であり、豪州軍にも初めて実施したとされています。

 では、武力攻撃事態だとか、存立危機事態というものが発生した場合に、どういうような手続きに従って対処方針が決められるのでしょうか。その手続きを図に示しました。

 武力攻撃事態などが発生したときに、内閣総理大臣が対処方針を策定します。具体的には安全保障会議が開催され、その中で対処基本方針案、いわゆる対処すべき事態の経緯、認定事実、武力行使の必要性、対処に関する全般的な方針、措置に関する重要事項などを決定します。その対処基本方針を閣議で決定し、事態対策本部が設置されて内閣総理大臣を中心に対処が進められます。

 併せて、この対処方針について国会で審議してこれを承認、もしくは否認するのであれば、これを速やかに終了するということも規定されています。

 この事態対策本部の定めた基本方針は、指定行政機関、地方公共団体、指定公共機関に流れるていきます。指定行政機関あるいは地方公共団体は、今、ウクライナでも問題になっていますが、民間人の保護、国民の保護を担うことになります。。

 次いで「重要影響事態」について詳しく見ていきます。以下に「重要影響事項の考慮事項」として定められているものを示します。

 支援対象としては、図にありますように、米軍あるいは国連憲章の目的達成に寄与する活動を行う外国の軍隊、あるいはその他に類する組織と定められています。

 実施する項目としては、「対応措置」として明示されていますが、いわゆる後方支援がメーンです。

 ここで注目しなければならないのは、「武力行使との一体化に対する回避措置」として示されている原則です。つまり、戦闘が行われている現場では実施しない。あるいは、戦闘が行われた場合は、活動を中止して撤退する、というのが規定されています。

 例えば台湾有事というものを考えたときに、これを「存立危機事態」と位置づけるのか、あるいは「重要影響事態」と位置づけるのかによっては、自衛隊が取りえる行動の範囲に大きな変化が出てくるということが言えると思います。

 存立危機事態と認定されれば、先ほど説明した3要件を満たすかたちで活動できますが、重要影響事態と認定されれば、実施できるのは米軍などへの支援のみということになります。

日米安保の枠組み

 続いて日米同盟とはどのような枠組みなのかについて改めて説明します。新旧の内容を比較したものが下図です。

 旧条約では、アメリカによる日本の防衛義務が明確にされておらず、日本国内における内乱の鎮圧を米国、米軍が担うと規定されていました。これは改正の必があるということで、1960年に現在の日米安全保障条約、1条から第10条までが規定されています。上図の通りです。

 下図にその肝を示します。

 やはり大きいのは、第5条に規定されているアメリカによる日本の防衛義務、第6条に規定されている日本のアメリカ軍に対する基地提供義務2つです。

 これに関しまして、今までいろいろと課題があると言われています。まず1つ目の防衛義務が片務的だというものです。アメリカは日本を守ってくれるけど、日本にはアメリカを守る義務はないというのは不公平ではないかという議論です。。ただ、基地提供というのは非常に大きな義務であると思いますし、特に日本は、非常に高いレベルの後方支援を提供しています。米軍が虎の子の空母の母基地を海外としているのはも日本だけです。日本の地理的な位置というものはアメリカにとっても重要ですので、必ずしも片務的とは言えないと考えます。

 次に適用範囲で、あまり注目されていないところではありますけれども、実は第6条に極東条項というものがあります。これは適用について、極東における国際の平和及び安全の維持と規定しているものです。この「極東」というのはどこまで入るのかということについては、1960年の政府の統一見解で、極東の範囲というのは、大体において、フィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域であって、韓国及び中華民国(台湾)の支配下にある地域を含むと示されています。

 ここから、台湾は、日米安全保障条約の対象エリアであるということが言えると思います。台湾有事をどのような事態に認定するかという時、日米安保の対象海域に台湾が入っているというのは大きな要素となります。

 それともう一つ、第6条にでは事前通報というものが規定されています。これは、第6条の実施に関する交換公文の中で、米軍の配置における重要な変更、装備に関する重要な変更、ならびに日本から行われる戦闘作戦行動は日本国と米国が事前に協議するという規定です。

 装備に関する重要な変更とは何かというと、陸上部隊であれば1個師団程度、空軍であればこれに相当、海軍であれば1個機動部隊の配置以上の変更を指します。

 装備に関して言えば、核弾頭及び中・長距離ミサイルの持ち込み並びにそれらの基地の建設を指します。

 最後に、日本に配備されている米軍部隊が日本以外の国で戦闘行動を行う場合、事前に日本政府に通報すると規定されています。この規定は、日本がアメリカの軍事行動に巻き込まれるという、いわゆる「巻き込まれ論」に対し、その場合はアメリカから事前の通報があり、日本はそれを断る余地があるという事を示す、主として日本国内向けの規定です。

 この規定からすると、今後、課題となってくるのは、ウクライナで大きな効果を上げているといわれるミサイルです。長距離巡航ミサイルを米軍が日本に配備する場合には事前通報が必要です。また、例えば中国に対する戦闘行動をアメリカが日本の基地から行う場合には、事前の通報が必要となります。しかしながら、これはあくまでも通報であり申請ではありません。更に、アメリカがこのような通報をするかどうかについても疑問があることは確かです。10枚目のスライドは、日米安保条約の実効性を確保するための指針、いわゆる「ガイドライン」を示しています。

 このガイドラインは、1978年に最初のものが示されてから2回改定されています。日米それぞれの安全保障環境の変化に伴って、どのようなかたちで協力していくかが変わってきていることに対応したものです。

 現在のガイドラインを以下に示します。2015年に改定されたものです。

 それぞれ厳しさを増す安全保障環境を前提としています。グレーゾーン事態、あるいは明確に示してい ませんが、中国の軍事力の近代化、活動の活発化というものを受けたものであると同時に、新たなエリアとしてサイバー空間や宇宙空間などに自衛隊や米軍の活動範囲が拡大したことを受けたものです。

 また、先ほど説明しました平和安全法制の整備という背景のもとに、いわゆる日米安全保障体制というものがどういう役割を持つものなのか、どうやって実効性を確保するのかを規定したものでもあります。この中で、日米安保体制は、日本の安全保障の機軸としてだけではなく、アジア太平洋地域、さらには世界全体の安定と繁栄のための「公共財」だと位置づけられています。

 さらに詳細を下図に示します。大きく分けて3本柱となります。平時からの調整メカニズム、共同計画の策定、運用面の調整を強化の3つです。

 いずれも、いかに切れ目なく日本の平和と安全を確保するかという観点から定められています。

 見るべきところは特にCの項目です。日米の行動および活動は、各々の憲法・国内法令などに従って行われるとあります。また、日本の行動および活動は、専守防衛、非核三原則など日本の基本的な方針に従うという縛りが相変わらず加わっています。この点が「自動参戦」を義務付けるNATOとの違いと言えます。

 ここにある共同作戦計画の中身をさらに詳細に見ていきましょう。下図2枚で示ししているのは、1枚目に空域の防衛のための作戦、弾道ミサイル攻撃のための作戦、海域を防護するための作戦。2枚目に陸上攻撃に対処するための作戦と、領域横断的作戦について示しており、このそれぞれの作戦について自衛隊と米軍がどのような役割を果たすかというものをマトリックスで示しています。

 

 それぞれ非常に概観的なものしか書いてありませんが、端的に言うと、自衛隊が主体的に行動して、米軍はそれを支援し補完するという役割となっています。その中で、自衛隊が保有していない攻撃的な性格のものについては米軍に依存するというかたちになっています。

 次いで下図には、防衛装備の移転についてまとめました。

 左に、従来からの武器輸出三原則を示しました。文字通り、実質的には武器は輸出しません(武器禁輸)というものです。

 これを見直して、現在の国家安全保障戦略に基づいて、従来、制限されていたというか、禁止されていた防衛装備の海外移転を積極的に進めるということで、新たに定められた三原則を右に示しました。

 第一原則は、紛争国などには移転しない。第二原則は、移転をする場合でも平和貢献・国際協力だとか、我が国の安全保障に資する場合に限る。厳格に審査して、安全保障会議で審査後に公開を図る。第三原則は、第二原則で認められたもの以外の目的外使用に関しては、あるいは第三国への移転に関しては、事前同意を義務づける、というものです。非常に縛りが強く、防衛装備の移転がなかなか進んでいないという現状にあります。

 ここまでを踏まえて、日本の抱える脆弱性がどこにあるのかを最後にまとめました。

 第1に、日本の安全保障の枠組みを見てみると、自衛隊の活動として、命令がなくても実施可能な任務というのは、基本的には「領空侵犯措置」のみです。これに加えて「弾道ミサイル等破壊措置命令」は、北朝鮮から撃たれると10分間ぐらいで飛んでくるので、手続きを踏んでいる暇はないということで、常時発令状態とすることで、事実上、命令がなくても実施可能な任務となっています。

 これら以外については、基本的には、内閣総理大臣もしくは防衛大臣の命令がなければ何もできません。自衛隊が「警戒監視活動」をやっていますが、その中で不測の事態が発生した際に対応できる法的枠組みはないというところは1つの脆弱性と言えると思います。

 第2に、次いで、憲法に関する問題です。日本の憲法には緊急事態条項がなく、武力攻撃事態というものが発生したときに、対処方針を閣議決定して実施しながらも国会審議に応じなければならず、国会審議の時間等を考えると、対処が後手に回る可能性があります。ただ、今年の憲法記念日にNHKが調査したところによると、緊急事態条項を憲法に追加することの賛否については、それぞれ同数でおよそ40%ということで、国民の中でも意見が分かれているところです。ウクライナ情勢を見ますと、大きな危機が何時襲ってくるか分かりません。その際一時的にでも政府に強い権限を与える枠組みは必要ではないかと思います、

 第3に日米安保の実効性です。特に今回、ウクライナを見てお分かりになると思いますが、核を持った国の侵略を受けた場合に、果たして「核の傘」というものにどれだけの信頼性があるのかという点について、かなり疑問が出てきたと思います。核の恫喝に対する信頼性というものをどう確保していくか。日米安保の実効性確保の中で、ここはもう少しきちんとした枠組みが必要なのではないかと思います。「非核三原則」の見直しや「核シェアリング」について国民的議論を深めるべきですし、議論をすること自体が我が国の抑止力向上につながると考えます。

 第4に、防衛装備移転です。先にお伝えしたように、これもやはり非常に高いハードルがあるということで、移転実績としては、わずかにフィリピンに防空レーダーを移転したということはありますが、それ以外はほとんどありません。本来なら、防衛装備移転は日本の影響力拡大のツールとして使えますが、民間企業にどのようなインセンティブを与えていくかということが大きな課題になっていくと思います。

 これらの脆弱性が多少なりとも解消されるのか、年度末までに国家安全保障に関するいろいろな戦略の策定が予定されておりますので、その内容に注目したいと思っています。

写真:つのだよしお/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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