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2022.04.15 安全保障

国連もブタペスト覚書も機能せず…「条約締結だけでは安全保障は確保できない」悲しい現実を知った日本がすべきこと

末次 富美雄

機能不全に陥った国連

「集団安全保障は、個別的安全保障及び勢力均衡が第1次世界大戦を回避できなかった反省を踏まえ、国際連盟で制度化、これが第2次世界大戦後の国際連合に引き継がれたものである。加盟国は国際紛争解決の手段として武力を行使せず、侵略行為が発生した場合は、国連安全保障理事会の決定に基づき平和的又は軍事的措置をつうじてこれを解決するというのが基本的枠組みである。」

小学館の日本大百科全書によると、集団安全保障はこのように説明されている。また、国連が機能するまでの間は個別的又は地域的枠組みに基づく自衛権行使が認められている。

冷戦時代をつうじて、国連の集団安全保障は幾度となく機能不全に陥っており、今年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻(以下、「ウクライナ戦争」)においてもロシア軍の即時撤退を求める決議案が、侵攻したロシア自身の拒否権行使のため否決されている。

常任理事国による拒否権が認められている安全保障理事会において、常任理事国が直接関係する紛争に効果的な意思決定を行うのは不可能に近い。また、国連の集団安全保障が機能する前に紛争抑止機能が期待されている地域的枠組みも確実に機能するとは言えない。

ブタペスト覚書も機能せず…

94年12月に締結されたブタペスト覚書は、ソ連邦崩壊にともなってベラルーシ、カザフスタン、ウクライナが保有している核を放棄する代わりに、アメリカ、ロシア及びイギリスの3カ国がこれら3カ国の安全を保障するというものである。

13年に締結された「中国ウクライナ友好協力条約」にも、「ウクライナが核の脅威に直面した際、中国が相応の安全保障をウクライナに提供する」とされている。

今回のウクライナ戦争では安全を保障すると約束したロシアが侵略行為を行い、集団で安全を担保するとしていたアメリカ、イギリスそして中国がロシアによる侵略を止めるための有効な手立てを取り得ていない。ウクライナが国の安全保障を確保するために期待していた国連の集団安全保障、ブタペスト覚書、中国ウクライナ友好協力条約はロシアの侵攻を止めるという一点では一切機能していないということだ。

見直される「NATO の役割」

一方で、ウクライナ戦争でその役割が見直されている地域的安全保障の枠組みがある。それはNATOである。フランスのマクロン大統領は19年11月、NATOを軽視するトランプ大統領や加盟国であるトルコのシリアにおけるクルド人攻撃を受けて、NATOは「脳死状態」だと語っている。

しかし、ウクライナ戦争はNATOが「脳死状態」を脱し、強固な同盟に回帰する良い機会だ。特に、その動きが顕著なのがドイツである。ロシアの侵攻当初はウクライナ支援におよび腰で、ヘルメットの供給のみに留まり他のNATO諸国から不審の眼を向けられたが、天然ガスパイプラインのノルド・ストリーム2凍結に加えて対戦車兵器や携帯型地対空ミサイルの供与を公表している。更には、国防費をGDPの2%に増加させることも明らかにした。

ロシアがバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)やウクライナ支援の基地となっているポーランドに対する攻撃を行わないのも、これらの国々がNATO加盟国であることが大きい。それでは、地域の枠組みが機能するかどうかの違いはどこにあるのだろうか。

NATOがウクライナに「軍を派遣しないワケ」

指摘できるのは「共同防衛」の規定の有無である。北大西洋条約第5条には「欧州又は北米における一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす」と規定し、これに対し「国連憲章の認める個別的又は集団的自衛権を行使する」としている。

中国及びロシアが参加する「上海協力機構」が軍事協力(情報提供、軍事演習、共同作戦等)に限定されているのに対し、集団防衛に関し拘束力の強い内容である。

一方で、2010年に制定された「新たな戦略概念」は「NATOはいかなる国も敵とはせず、加盟国の領土及び国民の防衛が最大の責務」としており、責任の範囲はNATO領域内であることを明確にしている。ウクライナが希望する、「ウクライナ全域を飛行禁止区域に指定」することに否定的であるのも、ウクライナに軍を派遣しないことも、この制限にのっとったものである。

日米安保は「NATO共同防衛」とは異なる

日米安保は、NATOと同様の効果を及ぼし得るだろうか。日米安保条約第5条は、「日本国の施政下にある領域における」、「いずれか一方に対する攻撃が」、日本の平和及び安全を危うくするものであることを認め、「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処することを宣言する」と規定している。

文面からは、国内のコンセンサスが得られなければ対処しないと読み取れる。日米安保体制は日本安全保障の根幹とされるが、その実効性については曖昧さが付きまとう。NATOの共同防衛とは異なる事を理解しておく必要がある。

日米安保の実効性を強化するには

日米安保体制の実効性を高めるためには、アメリカの安全保障に日本の存在が必要であるという不可欠性を確保する事であろう。

これは、日本がアメリカ本土を防衛するために行動するということではない。アメリカの国益に不可欠な分野における日本の役割と存在感を拡大するということである。そして、これは軍事分野に限らない。あらゆるものが安全保障のツールと化す現在、経済、金融から先端技術開発に至るまで日本の強みを強化し、これをバーゲニングパワーとして日米安保の実効性を確保する必要がある。

今回、国連安全保障常任理事国の一つが国連加盟国に軍事侵攻するという冷徹な現実を見て、私たちは条約や協定に規定されているというだけで安全保障は確保できないことを理解した。ウクライナ戦争はその現実をまざまざと見せつけた。

条約や協定締結国に対し、これを守ることが自らの国益に合致すると認識させる努力こそが、自らの安全を確保する手段になることを銘記すべきであろう。

写真:新華社/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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