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2022.03.28 安全保障

「ウクライナ難民」は「シリア難民」と同じ道を辿るのか?絶対に押さえておきたい「2つのポイント」

末次 富美雄

「外交ツール」と化す難民

2021年11月、ベラルーシとポーランド及びリトアニア国境に数千人の難民が足止めされ、寒空の中野宿する姿は人道上の問題としてメディアで多く取り上げられた。SNSでは、有刺鉄線が張られた柵を乗り越えようとした多くの難民に対して、これを阻止するポーランド国境警備隊が放水し難民が逃げ惑う映像が投稿された。

国境地域を視察したポーランドのモラウィエツキ首相は、「難民が人間の盾として利用される新しいタイプのハイブリット戦争である」と述べた。難民の多くは観光ビザを持った旅行客としてベラルーシに入国後、陸路でそれぞれの国境を目指し移動してきた模様である。

EUは「ベラルーシはこれまでに科された制裁に対抗するため、大量の難民を意図的にポーランドとリトアニアに送り込もうとしている」と非難し、更に制裁を強化するとしている。

国境付近の難民は、ベラルーシが観光ビザを取り消して帰還を進めたことから、小康状態を得ているが、難民が外交上のツール、武器として使われる危険性を改めて浮かび上がらせた。

「難民の人権」と「国内政治安定」のバランス

Foreign Affaires誌の2022年3月/4月号では、タフツ大学政治学准教授、MIT上級研究員グリーンヒル氏の「難民が武器となる時」と題する所論を紹介している。副題に「強制戦術の長い歴史と憂慮すべき未来」とあるように、人間を外交上の武器とする歴史は古く、その場所も欧州に限定されていたわけでは無いと断じている。

確かに、アメリカがメキシコを含む南米からの難民に悩まされていたのは歴史的事実であり、トランプ前大統領はメキシコとの間に長大な壁の建設にまで踏み込んでいる。

グリーンヒル氏は、現在世界中で8,200万人以上の難民がおり、人道的見地からの受け入れが国内不和を生じさせる可能性が有ることから、「外交的武器」となり得ると主張している。そして、リビアやトルコが難民の流れを自国内に留め置くことで、EUから大幅な外交上の譲歩を引き出していることを指摘した。

結論として、自由民主主義国家にとって、難民の人権と国内政治の安定のバランスをどのようにとるのか大きな課題となっていると締めくくっている。

ウクライナ難民は「国民の4分の1を超える」

2022年2月24日、ロシア軍はウクライナに軍事侵攻を開始した。2014年のクリミア併合に鑑み、ロシア専門家を含む多くの人はロシアによる本格的な軍事侵攻は想定していなかった。そして、ウクライナ国民の抵抗も予想を上回るものであった。

戦闘はウクライナ全土に及び、国連難民高等弁務官事務所によると、3月20日現在ウクライナ国外に脱出した難民の数は約349万人に上っている。

避難先の国別では、ポーランド約208万人、ルーマニア約54万人、モルドバ約37万人、ハンガリー約31万人となっている。ウクライナ難民の数は、最終的には国内外で1,000万人を超え、国民の四分の一を超えると見積もられている。これら難民は、それぞれの国において生活支援と当面の受け入れ先調整等が実施されている。

昨年11月に、ポーランド政府がベラルーシからの難民数千人に対して行った処遇とは際立った違いだ。もちろんウクライナ難民は当面の戦火から逃れてきたものであり、人道上の支援は当然である。しかしながら、昨年11月の難民もシリアやイラクという紛争当事国から逃げてきた人間である。

その違いは、後者が移民として定住する可能性が高いことに加え、ルカシェンコ大統領がこれら難民を利用してポーランドの不安定化を狙うという政権による意図であり、難民自体が被災者であることに違いはない。

紛争長期化で、「難民への関心」が薄れていく…

ウクライナの難民問題を考える上で、参考とすべきはシリア難民の現状である。シリアは2011年に活発化した民主化運動とこれを抑えるアサド政権が内戦状態となり、政権を支持するロシア、イスラム過激派組織等が入り乱れて紛争が長期化し、今年で11年目を迎える。

国内治安の悪化から多くのシリア人が国外で避難生活を続けており、国連難民高等弁務官事務所によると、その数は2020年現在で約660万人と推定されている。そしてその約半数の360万人がトルコに、約150万人がレバノン、ヨルダンで暮らしている。欧州諸国で一番受け入れているのはドイツであり、約56万人となっている。

国連やNGOがシリア難民の生活支援を行っているが、10年以上の長期化によって国際的な関心は低下し、受け入れ先の国民との生活習慣の違いから大きな摩擦となっている。

「ウクライナ難民」は「シリア難民」と同じ道を歩む?

ウクライナ難民がシリア難民と同じような道を歩むのかどうかを見るうえでは、2つのポイントがある。第1は、ウクライナ帰国までの期間である。戦闘が長期化し、シリアのように10年以上に渡れば、受け入れ国との摩擦は避けられない。国際社会の支援も先細りとなってくるであろう。

第2は、ゼレンスキー政権の命運である。シリア難民の国内帰還が進まないのは、アサド政権の強圧政治への忌諱感がある。ウクライナが停戦交渉によってゼレンスキー政権又はウクライナ国民が納得する政権を継続するのであれば、難民の帰国が進み、復興への道を歩むことができるであろう。

一方、ロシアの軍事力に屈し、親ロ政権が誕生するようなことが起きれば、ウクライナ国内において内戦が激化することは必至であり、国民の帰還は進まないと考えられる。

ロシア軍の苦戦が伝えられており、戦況を打開するための化学兵器や非戦略核兵器の使用の可能性も取りざたされているため、ウクライナ国民の命を優先し、ロシアが化学兵器や非戦略核兵器を使用する前に妥協すべきという意見がある。しかしながら、ウクライナが親ロ政権となった場合、ウクライナ難民が現在のシリア難民のような立場に置かれる可能性がある。

CNNは3月19日、マリウポリの一部の住民がロシア領へ強制的に移送されていることを伝えている。これらの住民が武器として使用されることが危惧される。

ウクライナ難民とシリア難民の命の重さに違いがあるはずはないが、現時点ではそれぞれの難民の扱いには厳然たる違いがある。厳しい将来が予想されるウクライナが徹底抗戦と妥協のどちらを選択するのか、それは国際社会が云々できるものではない。ウクライナ人が選択するものであり、国際社会はその決断を支援する立場を貫くべきであろう。

写真:ロイター/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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