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2022.03.17 安全保障

ロシア非難決議も棄権…対中最優先のインドが「ロシアの中国傾斜」を絶対に避けたいワケ

末次 富美雄

● ウクライナ問題で見えた「QUADの限界」

外交・安全保障の協力体制であるQUAD(日米豪印4か国戦略対話)は、インド太平洋地域における中国の影響力拡大に対抗する枠組みとして2019年に発足した。当初は外相間の対話の枠組みであったが、2021年に首脳会談に格上げされ、議題も、「ワクチンパートナーシップ」、「気候作業部会」、「重要・新興技術作業部会」等、インド太平洋における外交・安全保障を超える分野での協力も進められていた。

しかしながら、QUADの一国であるインドは2022年2月、ロシアのウクライナ軍事侵攻に対し、2月25日のロシア軍即時撤退を求める安保理決議及び3月3日の国連総会緊急特別会合におけるロシア非難決議のどちらも棄権している。インドのロシアに対する姿勢は、QUADの協議に不協和音を生じさせている。

2月11日にメルボルンで行われた第4回日米豪印外相会談において、ウクライナ情勢に関し意見交換は行われたものの、共同声明にウクライナ情勢は一切触れられていない。また、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、3月3日に行われた四カ国首脳テレビ会談では、「力による現状変更を、インド太平洋地域において許してはならない」、という点では一致をみたものの、ウクライナ危機に関して共同声明で述べられているのは、それぞれ対処、対応する中で人道支援・災害救難メカニズムを構築するとされているのみである。

外交安全保障の枠組みとして期待されていたQUADであるが、ロシアのウクライナ軍事侵攻という国際法違反に、明確なメッセージを伝えきれないという限界を露呈した。

● インドがロシアとの関係を切らないワケ

本年2月、「軍事技術が世界覇権争いの武器に?インドが、QUADの一員なのに『ロシアとの関係を切れない』切実なワケ」という記事を投稿した。インド軍装備武器のロシア依存度は極めて高く、中国及びパキスタンと国境を巡り対立関係にあるインドにとって、ロシアから最新装備武器を調達することは安全保障上重要である一方で、軍事技術の違いがアメリカとのデカップリングを進める可能性があることを指摘したものである。

インドの主要装備であるSu-30、Mig-29戦闘機、タラワール級フリゲート、S-400対空ミサイル等の調達、メンテナンス及びスペアパーツの確保等はロシアに大きく依存している。また、インド洋における対中国用として、キロ級潜水艦のみならずアクラ級原子力潜水艦のリースも重要な課題である。

ロシアと共同開発した対艦ミサイル「ブラモス」のフィリピンへの輸出も、ロシアとの協力なくして実現し得ない。インドの2010年装備武器購入費の約79%がロシアからであったが、2020年には約35%に低下しており、徐々にロシアへの依存度を低下させてはいるが、ロシアとの関係を急に切ることはできない。国際社会のロシアに対する非難と距離を置いた理由は、インドのプラグマテックな計算に基づく判断だと考えられる。

● インド、避けたい「ロシアの中国傾斜」

今後、この情勢を大きく変える可能性があるのが、ロシアに対する経済制裁の影響である。ウクライナ軍の抵抗を受け、ロシア軍の侵攻速度が遅いのは事実であるが、ウクライナ軍にロシア軍を完全に撃退する軍事力はない。

プーチン大統領がウクライナの非軍事化、中立化という侵攻目的を追求する限り、ロシア軍の撤退はあり得ず、戦闘は長期化するであろう。その場合、ロシアへの経済制裁の影響が拡大してくることは不可避である。

中国はロシアへの経済制裁を批判しており、「引き続き正常な貿易協力を行っていく」としている。インドにとって、ロシアが中国への依存度を高めることは、ロシアをつうじてインドに中国の影響力が及ぶ可能性が有るという観点から好ましい事ではない。

更には、ロシアからの武器輸入代金をどのように決済するかという問題もある。中国経由の決済を利用することによる中国の発言力向上は、インドにとって認めがたいであろう。このため、ロシアへの経済制裁の長期化は、インドにとってロシア製武器への依存度を一層低下させるインセンティブになり得る。

「インドのロシア離れ」が始まる?

QUADの国際的な影響力を過大に考えてきた人々にとって、今回のロシアのウクライナ軍事侵攻に対するインドの態度は、期待外れと受け取られるであろう。しかしながら、QUADは、あくまでも「インド太平洋における対中ヘッジ」が主目的であることを再認識する必要がある。第1回首脳会談でワクチン、気候問題や新興技術等というインド太平洋を越える問題に関する合意がなされたのも、対中という色彩が濃いことを忘れてはならない。

一方で、インドにとって、西欧諸国がロシアの脅威への対応に傾注することは、インド太平洋方面における対中牽制力が弱まることを意味する。QUADを強化し、対中牽制力として維持発展させることはインドの国益に合致する。また、インドは装備武器以外、ロシアとの貿易額は少なく経済的結び付きは薄い。長期的には、今回のロシアのウクライナ軍事侵攻が、インドのロシア離れを助長する可能性は高いと考えられる。

ロシアのウクライナ軍事侵攻に関し、QUADが一致した姿勢を示すことができなかったことをもって、QUADの役割りを過小評価することはできない。インド太平洋方面におけるQUADは、依然として効果的な枠組みであることには変わりはない。さらに、長期的視点に立てば、QUADをより強化する観点から、インドが装備武器のロシア依存度を低下させるように、アメリカを中心に働きかけていく必要がある。今回の試練を乗り越えれば、QUADはさらに強固な枠組みとなることが期待できるであろう。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:ロイター/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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