中国が豪軍機にレーザー照射
2022年2月19日豪国防省は、2月17日に豪州北方を哨戒行動中のP-8Aポセイドン哨戒機が航行中の中国艦艇からレーザー照射を受けたことを公表した。同日モリソン豪首相は本事象を脅迫行為と批判、中国に経緯を説明するように求めていく考えを明らかにしている。
豪州国防省が公表した動画によると、中国艦艇は「ルーヤンIII級駆逐艦」と「ユーゾウ級ドック型輸送揚陸艦」それぞれ1隻であった。この2隻は、豪州とパプアニューギニアの間のトレス海峡を通過、豪州北東のサンゴ海で活動中と見られる。
中国は海底火山噴火に伴う津波被害を受けたトンガに対し災害救援活動を行っており、解放軍報によると、2月15日にトンガのヌクアロファ港に、揚陸艦及び補給艦の2隻が到着したことが伝えられている。レーザー照射を行った艦は、トンガ救援等とは全く別の目的で近傍を行動していたものと見られる。
- 過去には「レーザーで目を負傷」
中国艦艇等が航空機にレーザー照射を行ったのは、これが初めての事例ではない。2020年2月にはグアム西方の太平洋において、米海軍哨戒機P-8哨戒機がルーヤンIII級駆逐艦から照射を受けており、2019年には南シナ海において訓練中の豪海軍ヘリコプターが照射を受けている。また、2018年にはジブチ基地において米軍航空機がレーザー照射を受け、パイロット2名が眼に軽傷を負い、中国政府に公式に抗議、徹底調査を求めている。
中国はいずれもレーザーの照射そのものを否定している。2020年2月の事件に関しては、中国艦艇が国際法にのっとり公海上で訓練を実施していたところ、長時間にわたり米海軍P-8哨戒機が低空で監視飛行したことを危険な行為と非難している。
2月21日中国政府系英字新聞グローバルタイムズ紙は、同事件を国際貢献に従事する中国海軍艦艇にいわれない批判を加えるものであるとし、豪州P-8A哨戒機が挑発的な近接飛行を行ったことを批判した。ここまでは、今までの中国の言動から理解の範囲内であった。
しかしながら、グローバルタイムズ紙は、さらに踏み込んで、「軍艦には物との距離を測るためにレーザー測距儀が装備されている、この測距儀は民間でも使用されているものであり、危険性は全くない」とレーザー使用を問題視しない解釈を示している。そして、今回の豪州の発言は、南太平洋の島々と中国の交流に不満を持ち、中国の信用を落とすために仕組んだものと結論付けている。
2月22日解放軍報は、中国国防省報道官の「豪州側の主張は事実と異なる。中国艦艇は関連する国際法規に基づく行動をとっていた。むしろ豪州哨戒機は、船の周囲に(音響情報収集用の)ソノブイをばらまいた上、わずか4Kmまで近接するという危険な行為を行った。中国は豪州が故意に虚偽の情報を広めることを強く非難する。」という言葉を伝えている。中国国防省報道官は、豪州の主張を誤りとしているが、レーザー照射そのものについては否定していない。
「レーザー照射」に見る中国の独善的な法解釈
今回の事件から得られる教訓は次のとおりである。第一に、レーザー照射に関する中国の考え方である。2014年に、中国も参加している「西太平洋海軍シンポジウム」において、海軍艦艇同士が洋上で遭遇した場合の規範(CUES : Code For Conduct Unplanned Encounter at Sea)が締結された。同規範は、法的な拘束力はないものの、参加国が守るべき規範としてコンセンサスが得られたものである。
その中で、海軍艦艇が避けるべきこととして、航空機の操縦席への探照灯照射禁止に加え、航空機搭乗員又は機器にダメージを与えることを目的としたレーザー照射の禁止が盛り込まれている。今までは、人や機器に与える影響が不明であるとともに、使い方によっていかなるレーザーもダメージを与える可能性があることから、航空機への照射を控えるというのが常識であった。中国が今までレーザー照射を否定していた理由はそこにある。しかしながら今回、中国は市販のレーザー照射は規定に違反するものではないと判断した可能性がある。
二つ目のポイントは、艦艇と航空機の安全な距離に対する考え方である。CUESでは、安全な距離に関して具体的な数字をあげずに、環境条件、任務、乗員・機器の状況等を勘案して、安全な距離をとることを推奨している。
2018年12月に韓国駆逐艦が海自哨戒機に射撃管制用レーダーを照射した際、逆に海自哨戒機の近接飛行を批判する韓国に防衛省が示した数字は、十分な高度(約150m)と距離(約500m)を確保したというものであった。この数字は、アメリカを含め、航空機が監視を実施する場合の西側の共通理解である。今回中国国防省報道官が示した4Kmという数字は、西側の理解とかけ離れたものである。中国艦艇の活動が活発化するにつれ、それら艦艇等に対する警戒監視が強化されると考えられる。その際、レーザー照射の可能性や安全な距離に対する中国の解釈を理解した上で行動する必要がある。
これまで以上の監視が必要
最後のポイントは、中国の南太平洋への影響力拡大に伴う豪州との新たな摩擦の顕在化である。中豪関係は、かつて蜜月だった時期がある。2014年両国は両国関係を「包括的な戦略パートナーシップ」に格上げし、2015年には自由貿易協定を締結している。しかしながら、2017年に中国企業からによる不正献金事件を契機に、両国関係は悪化、2020年には新型コロナ対応を巡り対立が激化している。
2021年にAUKUSが締結されたことにより、中豪関係がかつての蜜月関係を取り戻す可能性は遠のいた。今回の事件は、今まで政治経済的な対立であった両国が直接的な軍事対立にまで拡大したことを意味する。また、中国の南太平洋における活動活発化は、ニューカレドニア等に域外領土を持つフランスの直接的な脅威となることから、今後フランスをどのような枠組みに取り込むかという検討を進める必要がある。
世界の眼がウクライナ情勢に向けられているが、不安定な地域は東ヨーロッパだけではない。北京オリンピックを成功裏に開催し、自信をつけた中国が、資金力とワクチンを梃に、国内体制が脆弱な国々に触手を伸ばしてくることは必至である。2022年2月に公表されたバイデン政権の「インド太平洋戦略」においても、東南アジアおよび大洋州諸国との外交関係を拡大することがうたわれている。南シナ海における中国の違法な人工島建設に適切な手を打てず、既成事実化を許したことを太平洋において繰り返させてはならない。
豪州哨戒機に対する中国艦艇からのレーザー照射を、単なる事件に終わらせることなく、中国艦艇等の活動を引き続き注意深く見ていく必要がある。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:ロイター/アフロ