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2021.12.20 安全保障

IoTがもたらすデカップリング-UAEのF-35戦闘機導入の遅延-

末次富美雄

2021年12月14日、UAE(アラブ首長国連邦)がF-35導入に関するアメリカとの交渉を延期する方針であることが各種報道で伝えられた。UAEは、50機のF-35及び18機の攻撃型無人ドローンを約230億USドル(約2兆6千万円)で購入する予定であった。UAE政府関係者は「技術的要求、作戦上の制限、費用対効果の観点から再評価をすることとなったと」と述べたと伝えられている。報道では、UAEが国内5G通信ネットワークに「Huawei」社の技術を導入することを含め、中国との関係を強化しつつあることに、アメリカが不信感を持ったことが背景にあるとしている。

IoTという言葉が登場してかなり経過した。IT用語辞典によるとIoTとは「コンピューターなどの情報通信機器だけでなく、世の中に存在する様々な物体(モノ)に通信機能を持たせ、インターネットに接続し、相互に通信することにより、自動認識や自動制御、遠隔計測などを行うこと。」とされている。IoTの進化は急速であり、我々の日常生活においても、IoTは深く関与し、各個人に至るまで今まで想像できなかったような大量のデータを入手することが可能となってきた。そして、そのことは、我々の社会がサイバー攻撃に脆弱となりつつあることを示している。

軍事システムにおいてもそれは例外ではない。相手にとって情報の宝庫である軍事システムをサイバー攻撃から守るために、あらゆる手段が講じられている。その手段の中で、今まで有効と考えられてきたのは、外部のネットワークと物理的に隔絶した「閉ざされたネットワーク」とすることであった。これは「エアーギャップ」と呼ばれ、サイバー攻撃を受ける可能性は極めて低い。最近ではコンピューター等の漏洩電磁波から情報を窃取する技術が開発され、これに対し、重要システムには「漏洩電磁波対策」が講じられる等の「いたちごっこ」が続いている。

しかしながら、重要な軍事システムであっても、他のシステムと完全に切り離すことはできない。艦艇、航空機であれば海洋・気象に関する情報は作戦遂行上必須であり、それらのデータは他システムから入手しなければならない。この場合、連接するシステムとの間にセキュアな連接装置が使用される。高い秘密区分のシステムは、接続している全てのシステムのデータにアクセス可能であるが、低い秘密区分のシステムはそれより高い秘密区分のシステムのデータにはアクセスできないという機能を持つ。IoTが進んだ現在、システム同士の連接が多岐にわたり、あらゆる方向からシステムにアクセスすることが可能となっている。従って、この連接装置のセキュリティレベルが、接続されている全てのシステムのサイバー攻撃に対する脆弱性の有無を左右する。

第5世代戦闘機であるF-35は、高度にシステム化され、他戦闘システムとのネットワーク化が進んでいる。このため、極めて高いセキュリティ基準が適用される。今回UAEが「Huawei」の5GネットワークをUAE国内で使用するということは、中国がF-35システムに侵入する危険性が高まる。このことについて、アメリカ側がセキュリティ上の懸念を示し、UAEがこれに対応するためには、国内全てのネットワークの見直しが必要であり、これがF-35導入に躊躇している原因と推定できる。

トルコに対するF-35の売却中止も同様の事情によるものである。2019年6月に米国防省は、トルコがロシア製地対空ミサイルS-400の購入を進めていることに対し、NATOの防衛体制に亀裂を生じさせる可能性があるとしてF-35計画からトルコを排除する方針を表明している。

米中対立が激化するにつれ、政治分野だけではなく経済、最近では「民主主義の解釈」を巡って双方の違いが顕在化し、これが米中のデカップリングを進展させつつある。UAEは昨年イスラエルと国交を回復し、今年12月13日にはイスラエルのベネット首相がUAEを訪問、UAEの国政を担うムハンマド皇太子と会談している。イスラエルとUAEの国交回復は、アメリカ中東政策の成果といえる。米国防省は、12月15、16の両日ワシントンにおいてUAE国防関係者と年次会合を行ったことを伝えている。会合をつうじ、両国の防衛協力関係を強化することや米国にとって地域の安全保障上、UAEとのパートナーシップが鍵であることについて合意している。しかしながら、F-35売却の延期は、アメリカとUAEとの良好な関係の隙間風となる可能性がある。

F-35は海外輸出が可能となったアメリカの初の第5代戦闘機であり、イギリスを始めとするNATO諸国、日本等15カ国が導入または導入を予定している。高額な開発費が必要な戦闘機の開発は、複数国による共同開発が主体となっており、開発に成功した機体が世界市場の多くを占める可能性が高まりつつある。

F-35は今後西側の主力戦闘機となる。それだけに、F-35を導入する国は、高いセキュリティ基準を満足する必要があり、今回のUAEのように国内の通信ネットワークまで規制される可能性がある。このことは、IoTでつながる装備武器導入が新たな米中間デカップリングを助長する危険性があることを示している。

高度にネットワークが進んだ世界においては、取り扱うデータの量の多寡が、国家の格付けを決定する。データ取り扱いに関するポリシーの違いが国際社会のデカップリングを進展させると言われている。F-35戦闘機の導入は、単なる装備武器の導入ではなく、米中ロどこの社会システムに参加すするのかという決断を迫るものである。UAEのF-35導入延期は、IoTの進展により、装備武器がデカップリングの道具となりつつあることを示すものと言えよう。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄

防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:ロイター/アフロ