「マクドナルドのある国同士は戦わない」と主張したのはアメリカのジャーナリストであり、コラムニストであるトーマス・フリードマンである。その趣旨は「ある国の経済が、マクドナルドのチェーン展開が可能となるレベルまで到達した場合、それは分厚い中産階級が存在するということである。そのような国にとって戦争は、得るものよりも失うもののほうが多くなり、その国の国民は戦争をしたがらない。むしろ、ハンバーガーを求めて列に並ぶ方を選ぶ」というものである。
2021年12月9日から二日間にわたってアメリカが主催した「民主主義サミット」を巡り、米中が民主主義の解釈を巡り鋭く対立している。会議の冒頭で、バイデン大統領は権威主義国家の影響力拡大に懸念を示し、私たちの民主主義を強化しようと語っている。これに先立ち、中国は12月4日に「中国の民主」と題する白書を公表、中国は国情に応じ、中国の特色を持ちつつ全人類共通の民主主義を追求していると主張した。更に、民主主義はカラフルであり、唯一のモデルはないとアメリカの動きを牽制している。
「民主主義サミット」には、100を超える国及び機関が招待されているが、アメリカがどのような基準でこれらを選別したのは必ずしも明らかではない。アメリカに籍を置く国際NGOである「フリーダム・ハウス」は毎年、国と地域に関する自由度に関するレポートを公開している。2021年のレポートで「Not Free」と評価されているアンゴラやイラクが招待国に含まれているのに対し、それより高い「Partly Free」と評価されているシンガポールは招待されていない。ASEAN諸国ではインドネシア、マレーシア及びフィリピンの3カ国のみが招待されている。軍事政権であるタイ、ミャンマー、共産党政権下のベトナム、ラオス、そして独裁色の強いカンボジア及びブルネイはシンガポール同様に招待されていない。アメリカが進める「自由で開かれたインド太平洋」イニシアティブを進める上で、このようにASEANの分断を助長するやり方は決して好ましいものではない。
昨年の大統領選挙においてあらわになったアメリカ社会の分断は、アメリカ民主主義の正当性を大きく傷つけた。そのような中、アメリカ式民主主義を押し付けることは、中国の「民主主義には単一モデルはない」という主張に正当性を与えるだけである。特に、今回「民主主義サミット」に招待されなかった国や機関を中国寄りとする可能性がある。
全世界にチェーン店を展開するマクドナルドのメニューは、それぞれの国に応じた料理や材料が使用されている。イスラム教徒の多いマレーシアやインドネシアでは、イスラム教に許されている食品や製造法で作られた製品であることを証明する「HALAL(ハラル)」というマークが表示されている。日本人にとってアメリカ民主主義の象徴ともいえるマクドナルドであるが、従来のやり方に固執しない柔軟な戦略が全世界への店舗拡大を支える原動力となっている。このマクドナルドの戦略は、民主主義に関し世界を二分化するアメリカのやり方や、強圧的な中国の民主主義と一線を画す。
「マクドナルドのある国同士は戦わない」という言葉は、すでに、コソボ紛争や南オセチア紛争などいくつかの紛争で間違いであることが証明されている。しかしながら、世界第1位と第3位のマクドナルド店舗数を数える米中両国は、マクドナルドの戦略から多くを学び、決定的な対立を避ける工夫が必要であろう。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:ロイター/アフロ