ゲスト
喜田一成
株式会社スケブ 代表取締役社長
外神田商事株式会社 代表取締役
株式会社シーズメン CMO(Chief Metaverse Officer)1990年福岡県生まれ。筑波大学情報学郡情報科学類出身。ハンドルネーム「なるがみ」としてサブカルチャー業界で広く知られており、VRSNSの総滞在時間は4,500時間以上。2013年に株式会社ドワンゴに入社後、3Dモデル投稿サービス「ニコニ立体」を企画・開発。その後合同会社DMM.com、パーソルキャリア株式会社を経て独立。2018年に国内のクリエイターに対して世界中のファンが作品をリクエストすることができるコミッションサービス「Skeb」を個人で開発。2021年2月に「Skeb」を運営する株式会社スケブの全株式を10億円で譲渡。「Skeb」は2021年11月時点で総登録者数160万人を超える世界最大級のコミッションサービスとなる。2021年12月にシーズメンのメタバース事業を統括するCMO(Chief Metaverse
Officer)に就任。
聞き手
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)
「国文化がどんどん薄れる」メタバースの世界
白井:SNSやYouTubeなどのデジタル空間では、さまざまな国の人たちが、国境関係なく、コミュニケーションしています。人が集まれば、必ず文化が形成されて、人との関わり方のマナー、ルールがあり、そこでのヒエラルキーの形成を促すシステムが生まれます。
喜田さんが指摘するように、ゲームでも、VRSNSでも、独自の組織文化が形成されています。今後、多くの人がメタバースに参加し、それが人間社会の大きな部分を占めれば、そこでの組織文化やマナーはどうなっていくのでしょうか。
喜田:それぞれの国固有の文化は薄れていくと思います。VRSNS上で、私が日本人だと思っていた方がいたのですが、実際には日本語がペラペラの17歳の韓国人でした。どうやって勉強したのかを聞いてみると「VRSNSで日本人のグループにいたら話せるようになった」とのことでした。ほかにも、「心は日本人だと思っている」、「兵役には行きたくない」などと話してくれました。
これまで人は、家庭や学校、会社などの人間関係を築き、気候や風土、伝統などといったその国固有の要素に影響を受けてきました。しかし、VRSNSを観察していると、いままでの属地的な文化を離れ、デジタル上の飛び地での独自の文化が育まれているのです。
ヘッドマウントディスプレーをかぶれば、フランスに行かなくてもフランス人と仲良くできるし、日本に行かなくても日本人と仲良くできます。少し前であればボイスチャットだけでしたが、いまでは、身振り手振り、視覚情報、全身の動きなども、リアルタイムに同期された状態で交流することができます。
今後、デジタル上の文化的飛び地がどんどん増えるのではないでしょうか。デジタル上のチャイナタウンと考えれば、理解は容易かもしれません。
日本のサブカルの力は巨大
白井:有史以来、人間は個別で生活するより、集団による分業体制のほうが効率的であるため、集団を形成してきました。ひとたび人の集団が出来上がると、そのなかでのコミュニケーションのあり方やルールなどの組織文化が自然発生的に形成されます。現代の国民国家もこの延長線上にあると考えられます。
ウエストファリア体制以降、人類は、国民が主権者の地位につく国民国家を形成し、国旗や国歌、言語や文字の統制によって、国民のアイデンティティを育んできました。見方を変えると、閉じられた空間によって、組織成員の同質化を促すものであったと考えてもよいでしょう。
しかし、デジタル化によって文化の移転コストがゼロに近づき、将来的には、より魅力のある空間とその文化に、多くの人が集まるということになるかもしれません。メタバースが巨大化していく未来を見据えると、日本の国家戦略は、国家のあり方を見直すことで守りを固めつつ、より魅力的な文化を形成することで、メタバースでの影響力の増大が鍵になるかもしれません。
実業之日本フォーラムでは、日本の「国益」について考えています。国益とは、自分たちのポリシーに従い、他国から侵略されずに、自国民が経済的に豊かに暮らすということであり、そのために自国の生存領域の維持や拡大を行わねばなりません。このためには、自国の力(国力)を投射する必要があります。
国力は、ハードパワーとソフトパワーの2つに大別されます。ハードパワーは言葉のとおり、軍事や経済力で他国を従わせることであり、ソフトパワーは、自国の文化や魅力を、他国の理解や共感を得ることで、自国の影響力を増大させることです。日本が保有するソフトパワーでは、アニメなどのサブカルは非常に強力です。
2021年7月、マクロン大統領がG7出席のために来日した時には、『鬼滅の刃』の作者との面会を希望しているという話が大々的に報じられました。日本には、相当重厚なサブカル文化が形成されているはずであり、日本外交や文化戦略は、もっとこういうものを意図的に活用すべきだと思います。
これを力に変えていき、日本が好きだ、日本の言うことを聞いてみよう、日本の言うことは正しいはずだ、といったようにしていくべきです。韓流ドラマやアイドルなどの韓国のソフトパワーの躍進をきっちりと分析し、日本はもっと戦略的に動く必要があります。
喜田:確かに日本のソフトコンテンツのパワーは非常に強力です。ハードと違って、ソフトコンテンツは、積み重ねであり累積です。50年前の作品が突如として海外で流行ったりすることもあります。球数があれば強い。ハードと違って、消費されてもなくならないという特徴もあります。
日本はソフトコンテンツのバンク(貯蔵数)がすごく多いと思います。最近は中国も似たようなものを大量に作っていますので、年間の作品数はいずれ中国に負けると思いますが、それでも日本の強さは特筆に値します。
VRchat内での「第二言語は日本語」
世界最大のVRのSNSであるVRChatはアメリカ製ですが、第2言語は日本語です。流通しているアバターのほとんどが日本の個人クリエイターによる製作です。VRChatの運営陣は、日本のことが大好きで日本語を話す方もいらっしゃいます。
VRChatを始めた外国人の中には、日本語を勉強したいから、日本人がいっぱいいると聞いたから、という動機の方も多いようです。最近話題になったのが、日本人向けの初心者ワールドです。初心者向けに日本語でたくさん使い方や説明や記載されているのですが、日本人と交流したい外国人のたまり場となっていました。日本人と交流したくても、日本語ができなかったり、マナーや文化的に日本人となじまなかったりで、ちょっとしたトラブルが起こるくらい日本は人気なのです。
このような状況から、日本語話者向けの交流ワールドが作成されたのですが、これが人権問題だと提起されました。日本語話者だけを選別するために、入口に、漢字の読みや正しい文法を読み解けるかどうかという日本語のクイズが置いてあるのです。
白井:まだ、VRChatは発展期のはずなのに、さまざまな文化面の問題が噴出しているという状況なのですね。日本が、メタバースである程度の主導権を握りたいのであれば、できるだけ早くこの空間での現象を学び、ソフトパワー戦略を練る必要がありますね。
冒頭で触れましたように、フェイスブックが「メタ・プラットフォームズ」に社名変更して、メタバースに年間1兆円の投資を表明しております。彼らの提供する空間はどのようなものでしょうか。
喜田:Horizon Worldsですね。まだ詳しい仕様は分からないのですが、アバターは下半身が存在しないようです。性的な問題をはじめ、様々な問題を避ける目的だと思います。また、彼らは、ヘッドマウントディスプレイMeta Quest(旧Oculus Quest)を販売しており、ハードからソフトまで支配を強めていくでしょう。アバターの服なども、彼らの認めたものでしか販売できず、極めて抑圧的で専制的なワールドになるでしょう。アップルがiPhoneやMacで進めてきた戦略に近いと思います。
「表現の自由」をあらゆる面から守れ
白井:日本は、どのようにメタバースでの戦略を組み立てていけばいいのでしょうか。
喜田:ソフトコンテンツで日本が最も強い理由は、海外と比べて表現の自由が保障されているからです。必要なのは自由に創作できる環境であり、国がお金を渡せば作れるものではないでしょう。
権利侵害に対しては、権利者がスムーズに削除できるような仕組み、制度を構築する。あるいは、表現の自由をあらゆるものから守っていく体制づくりが大事だと思います。
日本の表現の自由は、過去何度か危機に瀕したことがあります。2016年には、TPPによる著作権法の改正がありました。表現の自由を守ることが日本のソフトコンテンツを守ることにつながると思います。
トップダウンでの助成や協力はしないほうがよいでしょう。伸び伸びと創作させることが大事です。助成金は絶対だめで、クリエイターがクリエイティブなことだけできる社会にすることが大事です。海外展開など代わりにやってくれるようなエージェント単位のものをたくさん作り、その企業に対して国が助成するというのは一案です。多言語対応とか審査面もサポートできるでしょう。
また、できることがあるとすれば、職業の貴賤のようなものをなくす法律を作ることでしょう。クレジットカードも作れない、住宅も借りられない自営業の方もいらっしゃいます。エロ漫画家の方で、家を買おうとしたら何件も断られたというケースもありました。漫画家の保証人を代行したり、あるいは担保したりする。ローンについても、サラリーマンと同じような地位を約束するような仕組みも必要でしょう。
白井:クリエイターの社会的地位をしっかり保障するということですね。スケブが取り組んでいることに近いですね。
喜田:そうですね。描くことだけに集中できる環境づくりという点では同じです。
日本で流行しつつある「日本的価値観で作られた中国産ゲーム」
白井:コンテンツ作りの競争という観点から、中国の現状をお聞かせください。
喜田:ビリビリ(bilibili・中国語では哔哩哔哩)は、当初、ニコニコ動画のクローンサービスでしたが、ニューヨーク取引所に上場しています。中国の人口は日本の10倍ですので、クローンサービスを作って模倣し、人の数で一気に進めることが日本よりも簡単です。日本で流行ったものが、そのまま中国でもクローンで出ている状況でした。
しかし、最近は変わってきています。中国のブラウザゲームやソーシャルゲームが日本に逆輸入されるようになりました。日本的な価値観で制作された中国産のゲームが日本で大流行したのです。中国語版も日本語版も日本の声優を使って、日本的な文化、日本的な作り方を採用しています。
アズールレーン、原神、アークナイツなどのゲームは、最近、日本で非常に流行っています。売上ランキングの上位のゲームは中国産で、日本のゲームが中国で流行ることは少なくなりました。中国の法規制や水準に合わせることが非常に難しい一方で、中国で日本的な文化(や価値観)で生まれたゲームが日本で流行りつつあるのです。
白井:競争が非対称的なのですね。中国に参入しようと思っても、中国のさまざまな規制があり、参入障壁が高いと感じます。一方、日本やアメリカは開かれた自由主義経済ですので、基本的にはオープンです。中国から日本やアメリカに参入するのは非常に容易であり、いろんな技術や文化の取得も合法的であれば制約はほとんどありません。
2021年7月には、中国のサイバースペース管理局が、100万人以上のユーザーデータを保有する企業は、海外に株式を上場する前に国家安全保障上の審査を受ける必要があると発表しました。
100万人以上を抱える中国のITサービスが海外に上場しようとしたら、個人データが盗まれる可能性があるという理由で、当局の審査が通りません。加えて、2021年10月に施行される海外上場規制では、中国で生成されたデータは外に出すことができなくなります。この非対称性は、コンテンツ戦略にとってマイナスと考えてよいのでしょうか。
喜田:それだけではなく、中国の起業家にとってもマイナスでしょう。彼らも本国での活動が非常に難しくなってきています。今後は、中国資本で作り、日本や韓国に輸出したほうがいいという判断になっていくでしょう。中国発のIPが日本でより普及していくことになるのではないでしょうか。人口が多いですから、中国モデルを重要視しつつも、比率がどんどん海外向けに上がっていく可能性はあるでしょう。ブラウザゲームとかソーシャルゲームで中国企業が儲けて、日本企業が食われていくことが始まりつつあると感じます。
「中国産への悪いイメージ」はもう古い
白井:過去において、中国が高速鉄道網を中国全土に整備する際に、日本やドイツは技術協力しました。いまや世界で高速鉄道の入札があれば、日本と中国は完全に競合しています。太陽光発電でも同じ構図でしたが、いまや日本は完敗です。サブカル分野においても、そういう構図になりますか。
喜田:彼らは非合法なことはしていないし、筋を通していないわけでもない。技術的な盗作や完全コピーのようなことは少ないです。彼らは彼らの中で、オリジナリティを見つけてきています。日本のコンテンツの文脈は汲みつつも、新たな中国発日本系作品のようなものが生まれています。過去の中国のイメージとは違い、盗作したり、特許を侵害したりはしておらず、実力がついてきて実際に強くなっているのです。
白井:非常に興味深いお話です。発展途上国は、先進国に追いつくまでは早いけれど、先進国に追いついてからはイノベーションで世界をリードする必要があり、そのようなギアチェンジを行えないと、持続的な成長が維持できないと考えられてきました。
加えて、中国の権威主義的な政治体制と社会のシステムのもとでは、イノベーションは起こしにくいと見られています。ところが、いまのお話は、日本に追いついて、かつ、イノベーションを起こし新たなものを生み出している。学びの対象であった日本よりも、優れたゲームをつくることができるようになったということのようです。面白いストーリーを作ることができる能力、技術力を持ったということですよね。
そのイノベーションの力はどこから生まれているのでしょうか。アリババ、テンセント、DiDiなどのテックジャイアントへの当局の制約が、去年からかなり厳しくなっています。これらは、イノベーションの芽を摘むという向きもあります。
また、中国の未成年に対するゲーム時間を、週3時間に制限しました。これは将来的な中国の人材輩出に大きく影を落としそうです。権威主義的な政治が、サブカルやゲーム業界に与えるインパクトはどうでしょうか。
喜田:ゲームは、若年層が多く消費しているという部分がありますので、当局は非常に関心が高いでしょうし、日本よりもかなり批判的です。社会の堕落の原因だと思っている節もあります。
中国でゲームを販売するときには審査が必要ですが、最近、審査が非常に滞っており、しかも審査が厳しくなっています。それをすり抜けるために、ゲームのロビー画面に共産党のスローガンなどを載せて乗り切るゲームなども登場しています。当局の思想がゲームにさりげなくサブリミナルのように入ってきている点は怖くもあります。
先日中国でボーイズラブの小説を書いていた作家は、逮捕され、懲役10年の判決を受けました。同性愛には非常に厳しいものがあります。その点では日本はすごく寛容です。中国のコンテンツホルダーは非常に息苦しく感じると思いますので、最初から中国ではなく、日本で売っていくこともあるでしょう。
多様性が制限される「ゲーム大国中国」
白井:ゲーム大国の中国は、多様性がどんどんと制限されていく。日本は、この自由を中核に据えて、競争力を高めていく。本来の実力は中国が上回ってきたわけですが、中国のオウンゴールによって、かろうじて日本は生存空間を維持できたと考えるのが妥当ですね。ただし、いまでも「日本大好き」というのがサブカル分野やメタバースでは支配的ですから、その中での日本シェアをできるだけ高めていきたいですね。なにかほかに障害になることはありますか。
喜田:法律だけではありません。例えば最近問題になっているのが、国際カードのVISAやマスターカードなどのクレジットカードが出版物の内容まで口出しをしてきている点です。一昔前の漫画や小説で「〇〇殺人事件」というタイトルのものがあったと思いますが、いまでは「殺人事件」と付けば取り扱わなくなりました。
支配的なプラットフォームが一方的にルールを決めており、それに従わないと削除(バーン)されます。GAFA全体やペイパルでも言えることですが、これは非常に脅威です。
白井:もはや、GAFA、クレジットカード会社、ネットフリックスやペイパルがないと、日本の企業や国民はデジタル上の存在が失われ、実生活にも大きく支障がでてきます。プラットフォーマーのルールが、他国民の生殺与奪権を握っているということですね。
メタバースにおいても、そうなる前に日本は生存空間を確保しておく必要があります。一方で、プラットフォーマーなどの権力を握っている人々の文化やルールを熟知して、バーンされないリスクマネジメントも必要になってきます。
出版事業でコンテンツ輸出していても、思いもよらないようなことでクレームが入り、話が破談になることもあります。中国では、ミステリーは勧善懲悪で、罪を犯した側が逮捕されないミステリーは翻訳出版許可がおりないし、少なくとも映像化は絶対できないという話を聞きました。日本だと、真犯人は別の人だったとか、悪女が生き残ってにやりと笑う、といったような結末は結構ありますが、そういうのはいま、一切認められないようです。これからのビジネスは、他の文化やルールを考慮して、戦略を組み立てる必要があるようです。
一方、デジタル化するまでのいままでの社会は、効率性の観点から少数派を切り捨ててきたわけですが、喜田さんのお話を振り返ると、これからはすべての人が包摂される社会が到来するように感じました。
クリエイターエコノミーやロングテールのコミュニティよって、自分の生き方も認めてもらえる、受け入れてもらえる、受容される社会が現れる。世界中の個と個がつながることにより、新しい産業を生み出したり、イノベーションや成長を牽引したりして、結果として、国益につながっていく。
個人の能力が高く、文化的な魅力が高い日本の、新しい成長の道筋なのかもしれません。本日は長時間にわたり、貴重なお話をいただきまして、ありがとうございました。
喜田:私も大変刺激になりました。ありがとうございました。
<編集後記>
白井一成
次なる巨大な成長マーケット「メタバース」に日本はどう挑む?
対談でも紹介したとおり、喜田さんと出会いは、2021年2月の実業之日本社によるスケブの経営の引き継ぎでした。実際に喜田さんにお目にかかると、私が想像していたイメージとは大きく違い、良い意味で期待を裏切られました。
サブカル分野はコミュニケーションが苦手な方が多い印象だったのですが、喜田さんは、非常にロジカルであり、強力なリーダーシップ力と高いコミュニケーション能力をお持ちの稀有な存在です。また、業界や日本を良くしたいという純粋な気持ちが強く、非常に好感の持てる若手起業家です。だからこそ、サブカルやメタバース業界でリーダー的存在として位置づけられているのだと思います。前回の対談の橋本欣典氏と同じ31歳であり、彼らのような若くて才能がある人たちと、その能力を開花させる社会システムが、日本の未来のためには必要でしょう。
この対談シリーズでは、日本の富の創造や競争力向上という観点を主要なテーマとしています。メタバースは、次なる巨大な成長マーケットであり、日本企業は最優先で事業開発に取り組む必要があると考えています。
2020年、人気ラッパーのトラヴィス・スコットによるフォートナイト内でのヴァーチャルコンサート「Astronomical」が、1200万人以上の視聴と20億円以上の売上を記録し、メタバースの大きな可能性を示しました。
暗号資産投資会社最大手のグレイスケールのレポートでも、メタバースは、次世代のデジタル空間であり、社会的な交流やビジネス、インターネット経済全体を変革する可能性を指摘しています。彼らは、メタバース全体の将来的な売上を1兆ドルと考えており、メタ・プラットフォームズ(facebook)のピボット(方針転換)が、他のテックジャイアントや投資家の参入を刺激させると予想しています。
Web2.0と呼ばれる現在のインターネット産業は、双方向で参加型であるものの、中央集権的に管理されています。そのなかで作られるメタバースにおいても、企業が管理する閉鎖的な環境となっています。一方、分散型であるWeb3.0時代のメタバースは、ブロックチェーン技術と暗号資産によりオープンで民主的であるとされています。
Web2.0でのゲームは、消費者が多くの時間と労力を費やしてゲーム内で富を築いても、ゲーム管理者であるプラットフォーマーは、その富をゲーム外の現実社会に移転させないようにしています。一方、Web3.0では、プラットフォーマーが強いていた資本規制がなくなるため、消費者が自由にプラットフォーマー間で富を移転できるようになり、また、現実社会にもその利益を自由に持ち込むことができるようになります。これらは、「Play to Earn」と呼ばれ、クリエイターエコノミーの進化と言えます。Web2.0企業は、このような変化に対応すべく、築き上げた自身のビジネスモデルを自ら破壊して、Web3.0に対応したオープンなエコシステムに昇華させる必要があります。
このようなパラダイムシフトは、既存のプレイヤーの今までの戦略的資産を負債化させるとともに、何も持たないチャレンジャーには、大きな機会を与えます。既存プレイヤーには、今回facebookが「メタ・プラットフォームズ」に社名変更してメタバースへ大きく舵を切ったように、現在の状態に満足せず、果敢でドラスティックなビジネスモデル変革への強い意志と実行が求められます。チャレンジャーには、ベンチャースピリットと、新たな市場での勝ちパターンの理解とその実践が必要でしょう。
野口悠紀雄氏が私との対談で指摘しているように、ここ数十年間、日本は、旧来の製造業モデルの破壊的創造を拒み続け、水平分業型製造業への転換やグローバルなインターネット産業の構築などを怠ったことで、アメリカの後塵を拝してきました。
日本は、1990年代まで築き上げた優位性を、自らの手ですり減らしてきたのです。
これらの競争状態は富の形成に直結しており、パラダイムシフトは富の大逆転を引き起こすのです。井上智洋氏との対談での編集後記で示した通り、ここ数十年の日本の家計資産が横ばいである一方、アメリカは大きく増加しています。
新たに勃興する領域にいる人は巨額の富が形成され、古い領域にいる人の富は相対的に減少しているのです。古い領域にいる多くの人は、自分の富の評価が法定通貨基準で変わらなければ、富の総量の変化に気づかないのです。加えて、昨今のデジタル化によって、デジタル関連の財とサービスのデフレが進行していることもあり、余計に富の評価を見誤るのです。
本来、富は相対的なものであるため、自身の富の総量は、他人のそれとの比較で評価すべきなのです。いま日本に求められていることは、他国との比較で富を増加させること、そのためにも新たな成長分野に果敢にチャレンジすることです。この数十年の失敗を繰り返してはいけないのです。
第3次産業革命から第4次産業革命にシフトしつつある現代において、労働の価値が減少するなか、資本力に加えて知や無形資産が産業競争力の源泉となりました。メタ・プラットフォームズ(facebook)が、巨額の投資によって、世界中のメタバース関連の知や無形資産を吸い寄せ、独占する可能性があります。
コンテンツを多く保有する日本は、今であれば有利なポジショニングをとることができます。メタ・プラットフォームズに日本のコンテンツを吸収される前に、日本は優先的にメタバース事業に取り組むべきでしょう。
今回の喜田一成さんとの対談でも話題が及んだように、日本は過去においてサブカル分野を始めとするコンテンツ関連で、確固たるプレゼンスを築いていましたが、最近になって中国や韓国から猛追を受けています。中国はサブカルやゲームでの開発力、韓国はドラマや音楽でのコンテンツ力と世界的なマーケティング力が突出しています。幸運なことに規制強化での中国のオウンゴールによって、日本には多少の時間的余裕が生まれたため、この間に日本はソフトパワー戦略の再構築に取り組むべきです。
デジタル上の競争では、限界費用ゼロとネットワークの外部性によって、独占か敗北かの2者択一になりました。企業間競争が健全な市場をつくり、複数の企業が生存を許される時代は、すでに過去のモノになっています。日本がメタバースでのプラットフォーマーを志向するなら、今すぐに参入し、メタ・プラットフォームズと同規模の投資を行う必要があります。
しかし、残念ながら、日本のどこを見渡しても、メタ社と同規模の投資を行える財務力と意思を持った会社はないのです。藤野英人氏との対談でも議論に上りましたが、アメリカと日本の企業の時価総額が、あまりにも違いすぎるのです。時価総額は資金調達力を始めとしたパワーの源泉なのです。
残された道は、喜田さんが対談で指摘するように、プラットフォームなどの大きい分野はアメリカ企業に任せて、日本はニッチ分野を獲得していく戦略でしょう。自分たちの力を冷静に見つめつつ、シェアを取れる市場を一つひとつ攻略し、最終的に大きな市場とプラットフォームを支配するという国家戦略を描きたいものです。
戦後の焼け野原から復興した日本は、巨大なアメリカ企業の向こうを張って、グローバルな自動車産業や電機メーカーを築き上げました。過去と比べて現代は戦い方が大きく変わっているものの、日本の総力を結集すれば、戦後復興と同じような復活劇を演じることができるはずです。